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7月2日

お久しぶりです。

今回は少し短めの話です。


結局、俺はあの会議のあと学校を休んだ。とてもじゃないが、行こうという気にはならなかったのだ。だから、学校はどうでもよかった訳ではないが、休んだ。……正直、かなり欝なんですけど。あの内容は重いって……

 6月30日は取り立てて何も無かった。三野さんから連絡があって、昨日の資料のデータを久野さんに送信したということくらいか。それ以外は有り余るほどの平穏と、腐るような暑さから逃れるように冷房の効いた部屋で鬱々と天井を見つめていただけだ。

 7月1日。

 一応登校。その日退院してくるはずの松部の退院時期が伸びたと、少し沈んだ顔をした船上が教えてくれた。

「ユーナ、あんまり調子よくないんだって」

「……俺が無理言ったせいか?」

「そうかもね」

「できれば否定が欲しかった……」

「ごめん」

 まったくだ。

 ……俺が休んでいた間に、津岡と船上が派手にやり合っていた、というのを聞いたのは入れ違いに入ってきた中都方からの情報だった。どうも、この間の廊下の延長戦らしい雰囲気があったらしい。

「なんで『らしい』なんだ?」

「お前、おい、横路、考えてみろよ。学年1、2を争う声量の津岡と、お転婆な割にはあんまり激昂したりしない船上が廊下の真ん中で怒鳴り合いのガチバトルだぜ?木刀と木刀じゃなくて、ありゃ両方真剣の斬り合いだよ。生徒だけじゃなくて先生まで遠巻きさ。みんな、聞いて聞かないふりしてた」

 なるほどな、それは言えるかもしれない。そう言われてみると、船上が高校に入ってから本気で怒鳴っている姿は見たことはないかもしれない。そりゃ、誰でもびっくりするだろうな。しかし、船上もそこまで派手なことをやっておいてよく学校に出てこられるもんだ。気丈だよな、あいつ。

 ふと中都方を見ると、あいつは、なぜか神妙な顔をして俺を見下ろしていた。

「……なんだ?」

「横路、幼馴染のお前なら見たことあるのかもしれないが、船上は怒らせちゃいけないと、俺は思う」

「そりゃ分かるが……なんで?」

「教室の強化ガラス、割れてたろ」

「ああ、ドアのアレな。そこそこ分厚かったような気が……」

 ……え。おい、待て。待て待て待て……

「船上が叩き割った」

「……やっぱ?」

「素手で」

「素手……船上、怪我して、なかったよな?」

「一撃でガラスが粉々さ。怪我するほどの破片にならなかったってことだろ」

 ……なんつーか。ガラスを割るくらいならまだ納得いくのだが、強化ガラスを一撃で木っ端微塵ってのは、なんとなく納得いかない。女子だぜ?細腕とは言わないが、一応女子だぜ?いくら空手やってるからって言ったって、それでも女子だぜ?不可能だとは言わないが……でも、やっぱ、女子だぜ?

 幼馴染を怒らせてはいけません、きっと無様に床に落ちます。


 ……そんなこんなで7月2日。

 学校は、週末の休みに入ったところだ。っていうか、定期テスト前最後の土日。俺でも流石に追い込みに入る。気晴らしも兼ねて、俺は自転車を走らせて隣町の図書館まで来ていた。学生が大半を占める街であるせいか、図書館は参考書や学習室やらが充実していて、結構いい環境で勉強できるようになっている。中でも隣町は学習机が仕切られているため、結構好きにやりやすい。そういうわけで、俺は図書館に行く時は隣町に行くことに決めていた。

 昼時。

 近所のコンビニに財布だけを持って出かけた。まあ、とりあえず、腹減ったし。

 途中、電気屋の前を通る。誰が見ているでもないニュースがだらだらと流れていた。五分も外にいれば目眩がするほど暑いこの時間帯、昼間にもかかわらず人通りはまばら、というか、限りなくゼロだった。そんな中、どうして誰がわざわざ炎天下で足を止めて見るともわからないニュースが、通りに向かって流れているのかわからない。

「…………」

 素通りして、そしてふと、俺はニュースに目を止めて引き返した。

「……お?」

『……政府は公式に事故跡地半径15キロ圏外までの避難命令を解除、事態の収束を発表しました。これについては多くの専門家から疑問の声が――』

 蝉の声がやけに遠くに聞こえる。

 車一台、どころか人一人、猫一匹すら通らない通りで、俺はニュースを見ながら佇んでいた。

 安全宣言、ってことか?

 疑問符が頭の上をよぎる。いや、予想できないことではなかった。この間の講演会の内容からすれば、それは容易に予測がつく。近々、きっと、何らかのアクションが起こることくらい……

 じゃあ、この町の人口増加策って、一体何なんだ?とさらに謎が謎を呼んで、俺は軽い目眩を覚えた。意味が分からない。だって、避難解除したら、むしろ人は減るんじゃないか……だってここは、避難のために作られた町だぜ?この間の資料がもしも嘘なら……

「……っと」

 尻ポケットでバイブレーションが鳴ったのを感じて、俺ははっと我に帰った。

一体どれくらいぼーっとしてたのかさっぱり見当がつかないが……

「はい」

「お、横路か。僕だ、久野だ」

「あ…久野さん。これ、会社の電話っすか?見たことない番号だったから、取るか取るまいか迷いましたよ?」

「悪いな。携帯、ロッカーなんだ。だから手短にいくぞ?お前ら、期末が終わったその日の夜、いつもの会議場に集合できるか?」

 少し周りを気にしたような低い声で彼は告げる。

「いいっすけど…なんか急用っすか?」

「ああ。この間三野が書類送ってきただろ。アレについて話し合いたくてさ」

「それだったら、別に今日でもいいんじゃないっすか?」

「ばーか。学生の本分は勉強だ。社会出てから苦労するぜ?」

「……」

 まじめなんだよな、この人。電話越しにマジ説教始めた久野さんの顔を想像して、俺は思わず吹き出しそうになった。そんな場違いなことを思って、時間と場所の約束を聞いて、俺は電話を切った。

 気付けば、だいぶ長いことこの炎天下で佇んでいたことになる。あー……あっつい……アイス買うか。

 サドルやらハンドルやらがすっかり熱くなった自転車を立ちこぎしながら、俺はコンビニへと走った。



 図書館からの帰り道。

 八時間弱の籠城の末、図書館の閉館とともに勉強をあきらめ、適当な速度でサイクリング。暑さの割にはすっきりした空気だった。……どっかで空気の湿度調整でもしてるんだろうか。

「あれ、横路くんだ」

「松部?」

「ひさしぶり」

「ひさしぶりっても、そんな経ってないだろ」

「そうかな?入院してると、感覚狂っちゃって」

 総合病院の前を歩く松部が俺を呼び止めた。そっか、こいつまだ入院してたのか。

「元気?」

「俺はな。お前は?調子どうなの?」

「うーん…そんなに悪くはないんだけど、ちょっといろいろ精密検査かなぁ。変なところでかなり異常な値が出てるらしくって」

「そうか……じゃ、退院にはまだかかりそう?」

「うん。もう一週間くらいかかるかも」

「そうか」

 異常な値、ね。部位とか値の出方とかにもよるが……

 数日前に、あの、惨い、というか、遠慮も情もないあの文書を目にしている俺にしてみると、それが少しばかり気になった。たたでさえ松部はこっちに逃げてくるの遅かったし……

 考え込む俺の顔を松部がのぞき込んでくる。少しその表情を見つめた彼女は、「ああ」と合点がいったような声をあげた。

「事故の影響じゃないかって、こと?」

「んー…まあな」

「それなら、大丈夫」

 何の根拠が、と言い掛けた俺の言葉を先回りするように、彼女は続けた。

「血液検査には全く異常がないの。どっちかっていうと臓器の方で、なんだか私にもよくわかんないんだけど、肺に水が溜まりやすくなってるのと、脳への血流量がちょっと減ってる、ってことの原因調査で精密検査なだけだから」

「それも十分問題だと思うんだが……」

「あはは」

 まあ、そうなんだけどね、と松部は笑った。俺には何とも理解できない、ほんの少し遠くを見つめる笑みだった。

「まあ……でも、関連はあるんだと思う。元々みんなよりも免疫力ないから気付きにくいだけで、影響が全くないとは言い切れないのも事実だから」

 首を傾げると黒くて細い髪が額からはらりと落ちた。どこも見ていない目がアスファルトの下の地面を見ているように見えて、思わず喉元まででかかった言葉を飲み込む。そもそも、何を言おうとしたのだったか。

「この間……三日くらい前なんだけどね、私と同い年くらいの子が、入院してきたんだ。同じ病室で。ぱっと見、すごく元気そうな子だったの」

「へぇ……」

「けど、その子とやっと仲良くなれたって思った矢先に、その子、いなくなっちゃったの」

 目線を伏せたまま、松部は突然語り始めた。若干その意図が読めず、困惑しながら聞いていると、彼女はふい、と俺に目線を向け、ふっと笑みを浮かべてから再び語り始めた。

「検査から帰ってきたら、その子のベッドが空っぽで、私、最初はその子が退院したのかなって思ったの。私より後に入院してきて、私より先に退院する子なんて、いっぱいいたから。その子、凄く元気そうだったから」

 少し先が見えたような気がした。だからこそ、俺は相槌すら挟み込めなかった。

「でもね、聞いちゃったの。看護師さんたちが、その子のこと話すの」 ああ…お願いだ、もう、何も話さないでくれ。

 叫び出したい衝動に駆られ、俺は代わりに唾を飲み込んだ。

「その子、家がずっと事故跡地の近くで、一家全員避難したんだけど、安全宣言が出されるちょっと前に少しだけ帰宅したんだって、必要なものを取るために。軽装備だったって、言ってた」

 そうだろうと思った。そうだろう。どうせ一時帰宅が原因だろう。

「二時間自宅で作業して、地下に帰ってきて、その直後に急に具合が悪くなって病院に搬送されてきて、とりあえず経過観察だったらしいんだけど」



「――急死、したんだって」



 それはもしかしたらきっと、松部が、常日頃から死と隣合わせで生きてきたからこそ、淡々と語れる話だったのかも知れない、と思わざるを得なかった。

 俺にも途中から、展開は見えてはいた。見えてはいたけれど、その通りにはしてほしくなかった。

 実は、この間三野さんが持ってきた資料の調査結果の中に、屋外よりも屋内に多くの化学成分が濃縮されて溜まっている、という報告があった。密閉された空間に、気化した薬品が溜まっている、まあ、そんな寸法だ。

 それによれば、時に、屋内での一時間の作業が、屋外の事故跡地近くで一週間寝泊まりすることに匹敵することもあるという。それだけ、高濃度に濃縮されているのだ。壁紙や絨毯に吸い込まれ、知らぬ間に魔の空間を作り上げている、ということだろう。

 だから、その二時間は、とてもじゃないが、危険すぎた。

「急に症状が悪化して、昏睡状態になって、そのまま復帰せず、って事らしいんだけど、あまりに急でさ。正直、ちょっとショックだった」

 松部はまだ目を伏せたままそう言った。俺は、なんと声をかけていいのかもわからず、ただ黙って、その憂鬱そうな彼女の表情を見つめた。

 傾きだした夕日が、病院の壁を赤く染める。

 綺麗だけど、物悲しい、そう直感的に俺が感じたのも、多分、その病院の前に松部があんな表情で立っていたからだろう。

「人間ってさ、儚いよね」

 お前が言うなよ。

「自分が作り出した物にすら、太刀打ちできないなんて」

 まったくだ。

「私もいつか、あんな風になっちゃうのかな」

「そ、そんなことない!こうやって逃げてきてるんだ、お前は、大丈夫だよ」

 反射とも言える速度でそう言い返した俺を見て、松部は一瞬驚いたような顔をして、それからちょっと微笑んで、ありがとう、と言った。

「とりあえず、そんなに心配はいらなさそうだから、大丈夫」

 俺の根拠のない戯言に、彼女はとりあえず、しかし、とりあえずだとしてもそんな返事をした。

「ねえ横路くん」

「ん?」

「横路くんは、レジスタンス、なんだよね」

 松部が少し俯き加減に、声を潜めて問いかけてきた。俺は一瞬返事に躊躇い、詰まり、けれど、事実は事実なので小さく頷いた。

「ねえ、私も参加できるのかな」

「え?」

「守りたいの」

 真っ直ぐな目が、俺に向けられる。覚悟を決めた、曇の一点もない、真っ直ぐな瞳。夕陽の輝きが、いっそ妖艶とも言える反射を見せて、俺の目は釘づけになった。

「私は、私の大切なものや大切な人を守りたい。あのね、横路くん、滅多に病院来ないから知らないと思うけど、差別的な言い方になっちゃうけど、所謂、奇形児って呼ばれてる子、ずいぶん増えたんだよ、ここ何年かで急に」

 それは、表側だけとは言え、病院内の様子を長きにわたって見続けてきた彼女の、実測だった。

 毎日のように、産婦人科の方から絶望した母親の慟哭が聞こえる。産声の聞こえないお産が続く。やつれ切った産科医達が、苦虫を噛み潰したような顔をして廊下を通り越していく。気がつけばそこは、ただの地獄だった。

 喜びに満ち溢れてしかるべきの両親の顔は、どことなく浮かない顔をして、まるで、子供を隠すようにして退院していく。それを見送る医師たちは、手放しには笑っていない。

「私が廊下ですれ違ったあの子には腕がない。あの子は脚がねじ曲がってる、あの子は異様に頭が大きい、あの子は顔面崩壊しちゃってる。私は、入院してるあいだにそんな子をいっぱい見てきた」

「松部……」

「私は、自分の子供にそんな思いさせたくない」

 それは、誰もが抱く願いだろう。

「だから、私でも何か出来るなら、私も参加したいの、横路くんの居る、その組織に」

 でも……

 そんな言葉を呟きかけて、あまりに鋭いその目線に、思わず引っ込める。

「だめ……かな」

「や、俺は一向に構わないんだけどさ」

 正直、深夜の活動が多いので、松部にはかなりきついんじゃないか、と俺は危惧しているのだ。参加者が増えること自体は、別に構わない。

 俺は、正直にそのことを彼女に話す。すると、意外にも、彼女は「そっか」と言って、あっさりとその言葉を受け入れたのだった。

「まあ、お前には無理して欲しくないから。でも、手伝って欲しいことがあったら、言うよ」

「いつでも言ってね。結構暇してるんだ。…気遣ってくれてありがとね、横路くん」

「……おう。船上が寂しそうにしてるから、早く元気になって出てこいよ」

「うん」

 小さく頷く松部に手を振って、再び自転車をこぎ出した。

 真夏の空気に汗ばんだ額や体が風を切るも、先程までの清々しさを感じる余裕は俺にはなかった。


 船上エミが電話をかけてきたのは、夜十時を回ったところだった。

「船上?」

「タク、機械というか、パソコンというか、インターネットというか、そういうの、得意だったよね……?」

「まあ……」

 得意というか、外法な使い方をしているというか。

「ちょっとしたトラブルなら自分で対応できる程度には」

「そっか……」

 よかった、と彼女は続けた。

「なんで?」

「ん……ちょっとブログが大変なことになっちゃって。タクなら何かわかるかなって」

「大変って、どんな?」

「えっとね」

 それから15分。俺は彼女の説明を聞きつつ対処法をあれこれ試してみたが、結局直接俺がいじった方が早いだろうという結論に落ち着くこととなった。まあ、予想通りっつーか、案の定っつーか……

「しかし、何でこんなんになってんだ?」

「わかんない。心当たり、ないんだよね……」

「考えられるとすれば、なんか、こう……一気に注目を集めるような題材を載せたとか、だけど」

 電話の向こうからの沈黙。

 しばらくして、やっぱり心当たりなんてないな、と呟く声がした。

そうか……心当たりがないなら俺も手助けのしようがない。最近何を載せたか、船上が覚えていれば話は早かったのだが、大した話題でないならいちいち覚えちゃいないだろうし。

 ……本当は、船上から管理コードをききだして、こっちのパソコンで今すぐいじる、なんて手もないわけではなかったが、変態呼ばわりが避けられないのと、双方の安全の面を考慮すると彼女が直接管理コードで管理ページに入っていじった方が良さそうだった。

「そしたら、明日の放課後とか、試験後だからさ、うちに来てくれない?それでいじってもらえると助かるかな……」

「わかった。確認だが、管理者ページからなら自分の過去の記事とか見られるんだよな?」

「そう。時々見られないのもあるんだけど……。でも、外部からは日記ページに完全に入れなくなっちゃったの」

「わかった」

 そういって俺は電話を切った。

 考えられることはいくつかあるが、まあ、実際いじってみないことには何も言えない。それが現段階で俺が下した答えだった。

 ……なんか今日、考えることの多い日だったな。

 そのまま目を閉じた俺は、あろうことか、そのまま眠りに吸い込まれていった。

 テストなど、忘れていた。


次回からいろいろ動かしていけたらいいのですが、私の構成力がどこまで追いつくかが不安です、はい。

更新がいつになるかはわかりませんが、もう少しお付き合いいただけますと幸いです。

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