6月30日
お久しぶりです。
更新させていただきました。
日付の変わる少し前に、俺は寮を抜け出した。
どうせ、管理の甘い寮のことだ、抜け出すのは造作もない。そこまで高度な技術が無くたって、インターネットとかで調べれば、センサーの騙し方くらい出てくるしな。
必要とあれば、足場さえ組んであれば二階にだってよじ登ることは可能だ。まったく、男子高校生なめるなよ。
アチラコチラで、うるさいくらいに室外機が音を立てて回っているせいか、外は夜だというのにまとわりつくようなむっとした空気で満たされていた。ほんの少し外を歩いただけなのに、背中は既に汗ジットリだ。
前からの人影に、思わずパーカーのフードを頭からかぶって顔を隠した。やましいことをしているわけではないが、足がついても困るから……何やってんだ、俺、と思う瞬間ナンバーワン。
やたらと眩しいコンビニの前に差し掛かる。よくある漫画のように、入口の自動ドア前には学生が数人、アイスを食べながらくだらない与太話に興じている。その脇を縫うように抜けて、その明かりから離れるように気味の悪いほどに静まり返った通りを突っ切り、そのまま直進。
女子寮が集まっている一角を避けるような形で、裏通りを左に折れ、最低限の街灯ですら心もとなくて、暑いくせに妙に寒々とした通りを過ぎる。――人のいない通りは昼間と打って変わって奇妙に静まり返っていた。
別のコンビニが見えてきたところで、俺はその建物の間に潜り込むような形で路地に入り込む。とたんに視界は闇の中。足元では、正体が既にわからなくなっていそうな何かがごろごろしている感触。まあ、わからない方がいいものもあるんだろうな、これ、きっと。
奥に行けば行くほど狭くなる裏路地と、悪くなる足場に悪戦苦闘しながら突き進んでいくと、道が突然開けた。それは、俺が出てきたこの一帯が工事中の土地の比較的多い地域だからだろう。生暖かい風に促されるようにしてフードを外せば、重機や資材がそのまま放置された荒涼とした工事現場が広がっていた。――この辺の工事が頓挫したということは、つい最近聞いたことだ。予算不足だとかなんだとか……。
「えっと、入口、どこだ」
近くまで来ると自動的に登録したアドレスにのみ送信されるメールを開くと、思ったとおりと言うか、予定通りというか、一通の新着メール。メールを開けば、簡単な暗号で書かれた指示がズラリ。
「っと……」
鉄パイプに躓きながら、資材置き場のフェンスをくぐり抜ける。今回の入口分かりにくいな……
五分ほどフラフラと歩き回っていると、どうやら目的地付近についたようだ。メールの指示は全部こなしたし……
「…で、これ?」
俺の目の前には、人が一人ゆうに通れる大きさのマンホール。
さくっと、地下の説明をしておくと、俺たちが今基地、というか本部として使っている地下空間は、ここに本来立つはずだった建物の機械室になるべきはずだった空間、らしい。そこに、リーダーが自分の趣味でパソコンを持ち込みだしたのが発足の大元だ。機械室にするために作られていたのだから、当然、十分な電圧の確保された電源も存在していたし、一応蛍光灯の照明もあったし、点検のために作られていた入口も幾つかあるわけで。コンクリートは打ちっぱなしで、なかなか快適というのは難しいが、地下にあるためか、温度変動は小さくて結構楽。そこに学校から払い下げられていた机やらホワイトボードやらをなんとか持ち込んで、会議ができるような状態にしたのが今の本部である。
で、その入口の一つがこのマンホール、というわけなんだけど。
「どう見たって、軽くは、ねえよな」
ご丁寧に、蓋の穴に引っ掛けて開けるための金具も二本用意してあるから、開けて入れってことだろうけど。普通、これ、一人で開けるもんじゃなくねえか?
……とはいえ、メンバーがメンバーだから、全員定刻までに来る保証もねえし。既に中に入ってる奴もいる可能性を考えると、とっとと開けたほうがよさそうだ。
「……でも、やっぱ軽くはねえよなあ……」
手にした金具で試しにマンホールの蓋を叩いてみると、ご丁寧によく響く金属音だった。
「……やるっきゃないか」
金具二本をシャキッと構えた俺は、覚悟を決めて蓋に思い切り力を込めた。
背中が冷たい。局所的に。
「いてぇっ!」
「我慢しろよ、しょうがねえんだから」
「って言ったってよ、おかしくねえか、絶対おかしくねえか、マンホールの蓋が発泡スチロール並みに軽いってどういうことだよ!」
「まあ、ビクとも動かせなくて、中に入ろうにも入れないよりは格段にましだろ?」
「マシだけどさ……それでも、死ぬほど軽いってのはどういうことだよ」
今からざっと十分前。
俺は、蓋を引き上げたままの姿勢で後方にふっとんだ。
というのも、あまりにその蓋が軽かったからだ。拍子抜けするほど軽いその蓋に、死ぬほど重いものを持ち上げる覚悟で渾身の力を込めたらどうなるか。……わかるよな。
有り余ったエネルギーを持て余し、後方への推進力へ見事に変換した俺は、綺麗に吹っ飛んでしたたかに腰を地面に打ち付けたのだった。
で、湿布薬を塗ってもらっているというわけ。はっきり言って痛い。ものすごく痛い。
「ホント…ありゃねーって」
「まあまあ、そう怒るなって、俺はおかげで二の轍踏まずに済んだんだからよ」
「俺は損しかしてねえよ」
「だな」
そういって笑うのは岬原リュウヤ、俺の二つ上(でも、タメ口でいいって言うのでタメ口)で、見かけにそぐわぬ天才肌。コンピューター系のことなら何でもきやがれ!みたいな人。ハッキングプログラム開発者の一人。
「本当さぁ…誰だよアレ作り替えたの……」
「草上寺さ。あの人んち一応土木系の会社だったから」
「うわー」
「オレがなんかしたかい?」
「……どうも」
草上寺ユキヒコ、大学二年。土木工系の家庭に生まれながら、電子工学の道をひた走る大学生。
……名前と見た目がごついので、俺は密かに恐れている。岬原とは旧知の仲で、SIRのプログラムは大半がこの二人ともう一人、久野アキラという、24歳の会社員の手で組まれている。
「草上寺さん、あれ、もうちょっと重くならないんですか?あんなんじゃ誰でも開けられて危ないんじゃ……」
「そうか?みんながみんな開けられた方がいいだろ?」
「そうだぜ、横路、お前、女性幹部のこと忘れてないか?」
「そのうち一人はは負け知らずの剣道部女主将じゃんかよ……ちょっとでも長いもの持たせたらすぐに殴りかかって…」
「あたしが何かした?」
「すいません雨ヶ崎先輩!なんでもないです俺の勘違いです!」
音もなくいきなり俺の後ろに現れたのは、雨ヶ崎リン、俺と同じ高校に通う高校三年、剣道部女主将。性格は凶暴だが、これでなかなか美人なために学校内ではちょっとしたアイドル的な存在。高校生最多の一本勝ち連勝記録を更新中の負け知らず女王。……ホント、この人見た目だけなんだよなあ……。
「こんばんは、岬原さん、草上寺さん」
「こんばんは。雨ヶ崎、今日は珍しく遅かったな」
「んー。ちょっと、私の寮でろくな知識も持たずに脱走したバカがいてねー。警備が厳しくなっちゃってたから、出にくくて」
岬原の言葉に、先輩はぺろっと舌を出して応じた。
「そういえば三野も言ってたな。ただでさえ厳しい女子寮なのに……って」
「先輩なら問題無いっすよ……」
「うん、だからこうして抜け出してこられたわけなんだけど」
えらい自信家がいたもんだ。
「出るのは案外簡単なのよ。ただ、入るのがねー。そのための小細工が面倒ってわけ」
「なるほど」
それを聞くたびに俺は、つくづく女子寮でなくてよかったと思うのだった。
そこまで会話が進んだところで、俺はふと、あのURLのことを思い出して岬原に近づいた。
「なー、岬原」
「あん?」
「ちょっとさ、知恵っつーか、知識っつーか、力借りたいんだけど」
「いいけど、古典文法なんか持ってきた日には丸投げするからな」
「勉強じゃねえよ。これ、このURLのことなんだけど」
そう言って、昼間届いたメールを彼に差し出す。岬原は「んー?」と言って画面を凝視したきり黙り込んだ。
「これ、地上から来たURLだよな。どこでこんなの手に入れたんだ」
「昼間。いきなりメールが来たんだ。中都方にも届いてる。一応足がついたら困るからネカフェのパソコン使ってアクセスしようとしたんだけど、繋がんねーし、俺らの使ってるハッキング用のコネクタ使っても繋がんねーし。どうしたもんかと思って」
更に俺は、それがどう考えても地上支部の人間からのものではないこと、やり口からして素人だが、バックアップについているのはどう考えても玄人だと思うこと等、考えていた考察を岬原に話した。彼は、それも聞いた上でまたしばらく黙り込む。やがて、画面から目を離さないままに彼は立ち上がった。
「はー。あれでもダメだったか……横路、携帯借りるぞ」
「え?あ、おう」
俺の承諾を得るか得ないかのうちに、彼は携帯を持って本部の奥に鎮座しているスパコンに近づいていった。(なんであんなもんがあるのかとか聞いたら負け)
「よし、そろそろ始めようぜ。スコットはすぐそこまで来てるし、三野もあと五分くらいしたら到着できるそうだ。横路に雨ヶ崎は今日も学校だろ?」
「ええ、まあ」
「あれ?久野さんは来ないんだ?」
「あの人、仕事じゃないっすかね……」
一応会社員だし。
「まあ、いつもどおり仕事だろ。多分」
「あ、スコット来たよ」
雨ヶ崎先輩が指差す先には、日本人離れした顔つきの……ていうか、外国人の青年が立っていた。彼はスコット=レイチェル、留学生で、実に七ヶ国語を自由自在に操る歩く翻訳機。この一人いるだけで翻訳サイトが職務放棄しても問題無い。ただ、俺は、なんとなく、馴染めない。国際化バンザイとか言ってんの誰だよちくしょう。
「ハーイ!リンさん、今日もホントウにお綺麗ですネ!」
「あはは、ありがとスコットさん」
「おい、そこ、始めるぞー」
草上寺の苦笑いと共に、本日の会議が開催された。
「んっと、じゃあ、まず、報告会から行こうぜ」
報告会というのは、文字通り報告会である。それぞれが集めてきた事故に関する情報を交換し合うだけだ。デモや裁判なんか、大きなことをする場合は報告会だけでなくその準備をしたりもするのだが、今はそこまで大きな動きが地上にも地下にも見られないために、そこまでいろいろやってねーんだよな……ぶっちゃけ暇。
「……オレはこんなところだ。まあ、目立った動きは特になしって感じだな。ちょっと気になるのは、俺たちとは別のところで派手に過激派が動き出してるってことか。つい最近まで下火になってたってのにさ」
「それは、もしかしたらあちら側が先に何らかの情報を手に入れている可能性もありますね」
いつの間に到着して会議に参加し始めた三野さんの相槌に岬原もうなづいた。
「次、スコット、なんかあるか?」
「そうですネ。私が大学で情報を集めている限りでは、学生の方には大きな動きがありませんヨ。ただ、新都市圏の教授数名が、どうも地上に出ようとして関門で捕まって取り調べを受けた、と聞きました。何でも、学会に向かう途中だったようデス。大方、事故関連の論文を、発表しようとしたんじゃ、ないかナ」
……今日も、ここまでを聞いている限りでは報告会に終わりそうな雰囲気だった。……アホみたいに眠い。俺は若干夢うつつに話を聞きながら会議を聞き流していた。
「私も集める限りでは特に大きな変化はなかったです。あ、でも、唯一最近で気になることがあるとすれば、バカちゅうす……じゃなくて、学校視察に来た政府要人の人数が増えてた、ってことですか……ね、横路」
「え?あ、ああ、はい」ちくしょう、先輩絶対わざと俺に振ったな……「これまでがだいたい多くて四名だったのに対して、ついこの間の学校視察には七人……だったかな。今までを考えると少し多いんじゃないかな」
「それに、私のクラスではクリップボードに何やら書き込んでいきました」
「え、それ、俺のクラスでは見てないっすよ」
その言葉に、雨ヶ崎先輩はきょとんとした顔をして首を傾げた。
「全部のクラスでやってると思ったんだけど」
「雨ヶ崎さん、あなたのクラス、お休みが多かったんじゃないかしら?
三野さんの問いかけに、先輩は少し考え込むように視線を宙に泳がせてそれから答えた。
「そうかもしれません。午後だったから、ほとんどの人が予備校とかに行っちゃってたかも……」
「だったら、担任の先生に聞いてご覧なさい。きっと生徒の欠席の理由を事細かに聞かれているはずだから。きっと、あなたなら本当の理由を隠してうまく先生に聞けると思うの」
やたら自信ありげに微笑みながら三野さんが言う。
三野ミノリ、大学一年生。彼女は自分は普通の大学生だと言い張っているが、実は親のコネで、というより、親が政治家で、中枢に関わっているため、とんでもない爆弾情報をたまにもたらすビックリ大学生。俺たちのハッキングの切り口を作ってくれたのもこの人。
「三野、どういうことだ?」
「実は先日、お父さんのパソコンを簡単にハッキングしたのよ。そうしたら、まあ、とんでもない情報がちらっと出てきたので……」
「三野、足はつかないようにしたよな?」
「ええ、岬原さんに教わったとおりにしましたわ」
相変わらず綺麗に微笑んだままに彼女は言う。そして、その笑顔のままカバンの中から紙の束を取り出した。机の真ん中にどさりと置かれたそれを俺たちは凝視する。ちなみに、俺たちが使っているハッキング技術は、すべて久野さんと岬原が開発したもの。ほんと、この二人は才能の無駄遣いもいいところだ。いや、久野さんはそうでもないんだが。
三野さんが続ける。
「お父さんのパソコンのファイルに入ってたものですの。ロックもなにもかかってないから、ちょっと拍子抜けしましたわ」
コロコロと笑う三野さん。……よく笑う人だ。
表紙は題名もなく、完全な白紙。そうとう重要な資料なのだろう。人数分ありますから、どうぞ。と言われ、俺たちは各々資料を手にした。
何が書かれてるんだろ……?
ちょっと期待。軽い気持ちで表紙をめくり、最初の数業を読んだあたりで、俺は、金属バットで頭を突然殴られたような感覚に襲われた。
――実験目的は事故の際問題とされた化学物質“テトラパラビン酸ノルフィルトリオール”の安全性の確認。実際使用する際に、環境アセスメント法の言及に十分な対応のできうる量の情報を収集することが最優先の目的。健康被害、環境汚染度など、多角的な面からの臨床実験を兼ねた検証を行う。
“テトラパラビン酸ノルフィルトリオール”常温ではわずかに揮発性を持つ無色透明の液体で、液性は中性、多量に凝縮するとメントールのような刺激臭を持つ。水溶性でかつ、エーテルにもよく溶ける。可燃性で、気体の状態ではよく燃える。酸素と5:7で反応した場合、場合によっては、爆発的な勢いで反応し文字通り爆発する。
実験、の二文字を見た瞬間、俺の背筋には空寒いものが走った。まさか、とは思った。
よくある話でもあるのだ。安全地帯に人を避難させて、そこをそのまま臨床試験地域としてしまう例が。
この新都市もその疑いが持たれていたが、事実に変わるのかと思うとなんだかやり切れない。
さらに言えるのは、謎の物質と言うほど謎ではないということだ。意外と性質もわかっているし、爆発の条件もわかっている。……つまり、…いや、早計か。
手の震えを押さえ込んで、俺はページをめくった。
――“テトラパラビン酸ノルフィルトリオール”は殺菌性に優れており、なおかつその性質からペンキ等の溶媒としても有用視されている。これにより、殺菌塗料としての研究が進められていた。また、これまで反応させるのが困難であった単原子分子の結合に重要な役割を果たすため、これを媒体に、より優れた有用物質の開発に期待がかかっていた。
が、生物実験の際、植物をはじめとして、動物などに何らかの身体機能障害が多発。因果関係は不明であるが、生体への影響が激しく懸念される。そこで、人体への影響を直に調べ、改善と有効利用の価値があるかどうかを検証することとする。
被検者は、爆破汚染区域半径30〜35キロ圏内の住民計67万人。事故経過後十年現在、新都市人口が3万5千人弱を記録し、当初予定値に満たないため、緊急の人口増加策を施行、これにより更に1万5千人の増加を見込む。ただし、避難解除の法令に伴い減少も見込まれるので、その点に関しては追々対策を取る。
増加策…何のことだろうか。既に施行されてるということは、もう何らかのアクションがあるということか?
――更に、現在新設、或いは改装中の建築物については、その工程をすべて中断し、あいた予算を検査・測定機器の充実に充て、より正確なデータの収集に活用する。
方法としては、健康診断、健康調査という名実で無償の検査、診察を特定の医療機関で行う。治療費は被験者負担として、政府からの公的な助成はあくまでも検査、診察にとどめる。
経過後十年の中間報告。
・半径五キロ圏内。
汚染レベル6+、土壌1キログラム当たり、平均1749ppmが検出。
死亡率の急激かつ顕著な増加。特に、二十代〜三十代前半の若年層の生産労働人口層が突出して多く、次いで三十〜四十代となっている。男女を比較すると、平均して女性の方が10.3%高い率となっている。
主な死因は心筋梗塞、クモ膜下出血、脳卒中、ガン。また、突然の持病の悪化など。非遺伝子性の血友病による多量出血も多い。新生児突然死症候群も増加しており、稀ではあるが出産時に母子ともに命を落とすケースも報告されている。
この区域の健康状態は他地域と比較しても極めて悪く、全体での有病率は196.8%、事故当時、3歳〜12歳であった住民は201.9%となっている。
主な疾病として、各部ガン、高血圧症、動脈硬化、白血病、血友病、貧血、糖尿病、各種アレルギーなど。また、遺伝子性の疾病の発現率も急増しており、血友病、赤色色覚異常、低身長症など。
新生児に関しては、先天性四肢欠陥、ダウン症、小児麻痺など。死産のケースも報告されている。
・半径10〜15キロ圏内
…………
同じように症例が並んでいく報告書。今後についてはまだ何も書かれていない。しかし、先は見えたような気がした。
その無機質に書き連ねられた文字が、政治の魂胆にある冷徹なものを映し出している気がして、気付けば先ほどまで暑く感じていた会議室は痛いほどの沈黙と、奇妙な寒気に包まれていた。
俺は、妙に震える指で、もう一度白紙の表紙ページをめくり、――何を期待しているのだろう――最初の数行を黙読した。しかし、紙に印刷されたそれは、その内容を変化させているわけもなく、同じ文を俺に投げつけてくるばかり。
「…………」
「…………」
人はここまで残酷になれるのだろうか。途中まで読んだ段階で半ば察しはついてたけど……こう突きつけられると……
「……これって、許されるのか?」
「…………」
「…………」
岬原が低い声で唸るように言った。誰も、答えることはできない。明らかに何かが間違ってはいるのだ。何というか、その間違いが多すぎて、もう指摘できないというか……
「三野…お前なんつーもん持ってきてくれやがったんだ……」
草上寺の声が、どこか苦しげに聞こえる。俺は顔を上げることもできないまま、ただじっと、紙の束を見つめていた。目を、離せなかった。
「これ、オレたちに対する死刑宣告みたいなもんじゃねえかよ……」
「わ、私も、こんな、そんな、こんなもの持ってきたつもりじゃなかった、の、に……」
「わかってる。わかってるよ……けど、…でも……こんな…」
隣から今にも泣きそうな雨ヶ崎先輩の声。その気持ちは俺を含め全員の顔ににじみ出ていたことだろう。
「……みなサン、ここは、我々だけでどうにかなる局面じゃナイですヨ」
スコットが分かり切ったことを言う。
「日本人ではナイ私の目から見ても、この書類は問題ありマス。――リンさん、そんな顔しないでくださいヨ。Ms.ミノリ、この書類、お父さんのパソコンから取ったそうですネ?」
「……はい」
三野さんがぎこちなく頷いた。
「では、この情報を、我々独自のネットワークで、早急に久野さんに送信したほうがいいでしょう。こういう情報、みんなで共有するべきデス」
「そう……ですわね」
「それに、これが広まることがなければ、まだ、混乱は避けられマス。それは、唯一の救いネ」
「あー……それなんだけど」
岬原が言いにくそうに切り出した。そして、その手にあるのは俺の携帯電話。……まさか。
「横路が持ってきたURL、ちょっと別のパスコードに変換して開いてみたんだが……。これと――」――そう言って書類を指さす岬原。――「――大差ない内容……なんだよ。どこの誰が発信源かわからない。ただ、一つ言えるのは……」
「情報、漏洩……」
自然と、俺の口をついて出たその言葉は、俺自身を完全に打ちのめした。これが広まり出したら、世間は混乱とパニックどころでは済まない。そうなると、どうなるかなんて、考えたくもなかった。
大人たちの決めたことが、わずかな希望さえ粉微塵にしてくのが手に取るように見える。なんだよ、なんなんだよ、どうなってんだよ。そんなやるせない気持ちが後から後から溢れ出して、俺は思わず机を殴りつけた。
「横路、落ち着け」
「草上寺、さん……」
「……それじゃ何も解決しねえよ」
「…………」
まったく、その通りだった。
握り拳に込めた力を少しずつ緩める。しかし、気持ちの方はなかなかそうもいかなかった。
やっと落ち着いてきたところで、昼間、船上が呟いた問いが、再び俺を突き刺した。
――あたしたち、これからどんな世界を生きていくの?
今はもう、答えたくもなかった。
どうしようもなく重苦しい沈黙は、俺たちの小さな会議場を完全に制圧して、そこにいつまでも居座り続けていた。
いかがでしたでしょうか。なんだか重たい雰囲気に終わってしまいました……
……これから先ですが、今まで以上に更新速度は落ちると思われます。
ですが、頑張って書き続けていきたいと思います。
どうぞ、よろしくお願い致します。