当て馬お断り
「やっと来た! お姉様がいないと決められないから待っていたのよ」
メイドに追い立てられて渋々やって来た私を見るなり、オクサはぷうと頬を膨らませた。
そうは言われても「部屋の片づけで忙しいからお茶会には出られない」とずいぶんと前に伝言と手紙を送ったのだけれど。まあ、気まぐれな異母妹に文句を言っても時間の無駄だ。
「決められないって何のこと?」
「もちろん、デビュタントで着る衣装のデザインよ」
にっこり笑うオクサの目の前のテーブルにはデザイン画がこぼれんばかりに置かれ、両隣にはいつも通り幼なじみのオットーとダナンが座っている。
デビュタントは16歳になった貴族子女が国王陛下と王族の方々に挨拶をし、貴族として認められる儀式だ。ドリエック伯爵令嬢の私アネッサとオクサも今年デビュタントを迎える。
幼なじみたちを呼んで衣装の打ち合わせをしているということは、オクサは父ではなく彼らのどちらかにエスコートを頼むのだろうか。でも、なぜ自分を呼んだのだろう。
「そうなのね。悪いけれど、私は流行に疎いからデザインの相談には乗れないわ。お義母様に聞いてみたらいいんじゃない」
「そんなことわかっているわよ。4人で衣装のデザインを合わせたいから、お姉様も呼んだの」
――デザインを合わせたい? 私もオットー様かダナン様にエスコートをお願いしろって言いたいのかしら? 嫌だわ、面倒なことになりそう。
オットーとダナンは伯爵家の令息だ。優秀で家柄も良い2人は昔から父のお気に入りで、2人もオクサに会いに頻繁に遊びに来ている。
でも、私は昔から彼らが苦手だ。2人もまたそう思っているようで私とはほとんど喋ったことがない。
が、思い込みが激しいオクサは私もまた2人と仲が良いと思っているらしく、彼らが遊びに来ると必ず私も呼びつける。
幼なじみ3人たちの楽しい時間を邪魔しないように気を遣うだけでも疲れるのに。苦手な相手にデビュタントのパートナーを頼むなんて絶対にお断りだ。
「私の分はいらないわ。デビュタントには参加しないから」
「まあ、お姉様ったら。デビュタントへの出席は16歳の準成人になる貴族子女の義務なのよ。社交が苦手だからといつも断っているパーティーと違って欠席は許されないわ」
良い理由が思いつかず正直に事情を明かして断ると、オクサは私がわがままを言っているかのように呆れた顔をする。
そんなことを言われても参加できないのだけれど、他家の人間の前で本当の理由を言うのもためらわれる。
何と言おうか困っているとそれまで無視していた2人が私を見る。
「オクサの言う通りだ。いつも妹に甘えて社交を怠けているんだ。こんな大事な時ぐらい、いつも跡取り娘として家を継ぐためにがんばっている妹の役に立ったらどうなんだ」
「そうだよ。普段は家に引きこもっている君が、人生で一番の大舞台に呼ばれて緊張するのは当然だけれど。16年間、ドリエック伯爵令嬢としてぬくぬくと生きてきたんだ。寛大な伯爵と妹にその恩を返すと思ってがんばりなよ」
気の短いオットーが叱りつけるように大声で言うと、微笑みながらも目が笑っていないダナンが皮肉っぽく続ける。
彼らの忠告は普通の令嬢ならば受け入れるのかもしれないけれど、私は違う。
私とオクサは同じ齢の異母姉妹だ。
私の母は先代伯爵の命令で父と正式に結婚した妻で、オクサの母は父が愛して密かに囲っていた女性だ。
6年前、10歳の時。母が亡くなったことをきっかけに父はオクサの母と正式に結婚し、オクサ母娘をドリエック伯爵家に迎え入れた。
私はオクサに跡取りの座を譲って権利も放棄する代わりに、家のことには一切関わらないと父と魔術誓約を結んだ。デビュタントに出席しないことも誓約の1つだ。
まさかオクサはそのことを忘れてしまっているのだろうか。困った私はやんわりと説得した。
「もちろん、デビュタントが貴族たち、特に家を継ぐあなたにとって大事な場だとはわかっているわ。でも、私のことは自分でやるから気にしないでちょうだい。
それに、あなたはドレスの準備はもちろん、正式なパートナーとの打ち合わせもあるし、やることが山ほどあって忙しいでしょう。自分たちの準備に集中して取り組んでちょうだい」
オクサの気を逸らすついでにちょっぴり嫌味も付け加える。
どんなに仲が良くてもパートナーはどちらか1人しか選べない。
そして、デビュタントの場で身内以外がパートナーを務めるということは”婚約を予定している”と周りにアピールする特別な意味がある。
今までオクサは2人との婚約話が持ち上がってもはぐらかしていたけれど、今回はそうはいかない。
オクサにはいつものように3人でじっくり話しあって、大事な決断をしてほしいものだ。
そう忠告したつもりだったのだけれど、彼女は聞き分けのない相手を見るかのように私に向かって首を振る。
「もう、お姉様ったら。本当に察しが悪いんだから。もういい、はっきり言うわ。
お姉様はお父様と仲が悪いから、いくらデビュタントでもエスコートを頼めないでしょう。だから、オットーとダナンが気を遣ってお姉様もエスコートしてくれるって言ってくれたの。お姉様だって社交には慣れていないのだから、2人がいたら安心でしょう」
「オクサの頼みなら仕方ないからな。手を貸してやるよ」
「もちろん私もですよ。オクサが晴れ舞台で活躍するためですからね。今回は特別に手助けしてあげましょう」
――なるほど。それでわざわざ私を呼びつけたのね。
デビュタントは将来伯爵家を継ぐオクサにとって自分を売り込む絶好の機会だ。
周りに社交に不慣れな異母姉を気づかう優しい令嬢というアピールをしつつ、人気の貴公子らしい2人に大事にされ堂々と社交界に現れる姿をライバルの令嬢たちに見せつけたいのかもしれない。もちろん、私にも。
――でも、この3人に付き合わされるのはもうお断り。
オクサは私をライバル視しているようで、昔から何かにつけてマウントをとってくる。まったく興味がないオットーとダナンと会う場にいつも呼んで仲良しぶりを見せつけているのもその1つ。
今までは争うのも面倒で流していたけれどここは1つ言い返しておこう。これ以上貴重な時間を無駄に使われるのも嫌だし。
2人ともありがとう、と感謝するオクサとうれしそうに笑う2人。3人の温かな空気をかき消すように私ははっきりと告げた。
「そうだったのね。でも、さっきも言ったように私はデビュタントには参加しないわ。
……あなたは忘れているようだけれど。私は16歳になった時にこの家と縁を切ると、6年前にお父様と魔術誓約を結んでいます。だから、誓約通りデビュタントの前に私は家を出るわ」
オクサは最初何を言われているのかわからないと言ったようにぽかんとしていたけれど、我に返ると悲鳴じみた声を上げる。
「なっ、本気なのっ!? だって、家を出たらただの平民になるのよ!? 何の取り柄もない上にお父様に嫌われているお姉様が、何も持たずに家を追い出されて生きていけるわけがないじゃないっ」
「大丈夫よ。隣国の叔母の養女になったから」
私の母は先代ドリエック伯爵によって父と無理やり結婚させられた。父は最愛のオクサの母との仲を邪魔したと母を理不尽に憎み、私が生まれると家を出て愛するオクサ母娘の元に入り浸った。
それからしばらくして病が見つかった母は、自分が死ねば父がかつての自分のように私を政略の駒として利用して、不幸な結婚をさせるかもしれないと心配した。
幸い、この国では正式に結婚した妻との子が優先的に家を継ぐ権利を持つ。
母はそれを利用して”跡取りの座と権利を異母妹に譲る代わりに、準成人となる16歳になったら家と縁を切って出て行く”と、父と魔術誓約を結ぶように準備をしてくれた。
母が亡くなった後、私は言いつけ通り渋る父を説き伏せて魔術誓約を結び、ひっそりと隣国に住む叔母に連絡をとった。
叔母は16歳になったら私を養子として迎え入れると約束してくれ、魔術誓約書を預かってくれた。
案の定、父はすっかり忘れていたのか、それとも後ろ盾のない私など脅せば簡単に言うことを聞くと舐めていたのか、縁を切って家を出ると言うと激怒したけれど。
叔母夫妻が、誓いを守らなければ”母を亡くしたばかりの幼い正妻の娘を脅して、かわいがっている妾の娘に跡取りの座を譲ると無理やり魔術誓約を結ばせた”と社交界に広めると強く言うと、ようやく諦めた。
ちなみに、オクサは家のことを何もしようとしない私を毛嫌いして私を”役立たず”と罵っている。
だから、邪魔者の私がいよいよ家を出て行くことを知れば喜ぶと思ったのだけれど。なぜか少し悔し気な顔をしつつもまだ引き留めるように言いつのる。
「で、でも、そんなの子どもの頃に周りに言われて決めたことでしょう。そんな昔の誓約、無効よ。
それに、お姉様は世間を甘く考えすぎよ。家を出たって幸せになれるわけじゃないのよ。
隣国に行ったってお姉様が苦手な社交をこなして、デビュタントを迎えて一人前の貴族になって、誰かを選んで婚約しなければいけないんだから。
そんないくらお父様と仲が悪いからって、何も考えずに飛び出して見ず知らずの国に行ってもうまくいくわけがないわ。
だったら、好きに過ごせるこの家に残って、知っている相手と婚約した方がよっぽど良いわよ。
私だってお姉様が手伝ってくれれば助かるし、そうでなくても貴族令嬢の義務を果たしてくれれば良いわ。
後でお父様にもとりなしてあげるから、そんな馬鹿げたことやめなさいよ」
――嫌っている私に好きにさせるのは嫌なのね。でも、それは私も同じよ。
私のためだとばかりにもっともらしいきれいな言葉を必死に並べ立てるオクサに私は笑った。そして、同じ言葉を彼女に返した。
「確かに、あなたの言うこともわかるわ。いつまでも考えなしで生きているわけにはいかないわね」
「でしょう。だったら……」
「だったら、あなたは昔からあなたを愛して婚約を望んでいるオットー様とダナン様、どちらを選ぶの?」
3人が目をそらし続けてきたことをずばりと指摘すると、ほっとしたオクサも私を牽制するようににらんできていた2人も目を見開いて凍りつく。
私は3人に言い聞かせるようにゆったりと続けた。
「デビュタントは国王陛下と王妃陛下、そして王族の方々に貴族として挨拶をし、臣下として忠誠を誓う大事な儀式の場。そのパートナーは当然、将来を誓う相手だと見なされるわ。
あなたはさっきから私のことばかりを心配しているけれど、婿をとって家を継ぐあなたこそまずは大事なデビュタントのためにパートナーを決めるべきではなくて?」
「そ、それは……。お姉様が心配で……」
「それなら大丈夫よ。私は家を出てあなたとは他人になるのだもの。これからは自分のことに専念してちょうだい」
「で、でも、お姉様だってオットーとダナンが好きなんでしょう!」
私は一瞬驚いたけれど、オクサを安心させるようににっこり微笑んだ。
「まあ、そんなことないわ。お2人のことは昔からあなたの婚約者候補だとしか思っていないわ。
ああ、一応言っておくとお茶会にはあなたに呼ばれて仕方なく来ていただけよ。
それに私、デビュタントの時には好きな方と一緒に過ごして踊るのをずっと夢見ていたの。この家を出て叔母様のところに行ったら、必ずその夢を叶えるわ。
だから、あなたもオットー様とダナン様、愛する方と素敵なデビュタントを迎えられるように祈っているわ。お幸せに」
オクサは悔し気に唇を噛みしめ、2人はショックを受けたように私を見つめる。私は何ともいえない重苦しい空気をただよわせる3人を置いてさっさとその場を離れた。
*****
朝からご機嫌な叔母は私を見るなりニコニコと話しかけてくる。
「おはよう、アネッサ。良い知らせよ。あなたの元異母妹、やっと婚約したそうよ」
「おはようございます、叔母様。まあ、良かった。これでやっと静かになると良いけれど」
叔母の家に来てから3か月になる。
あの面倒なお茶会の数日後、荷物をまとめた私はしつこく引き留めるオクサを振りきって叔母の家に移った。
叔母が友人から仕入れた情報によると、私がいなくなった後オットーとダナンはオクサに自分を選んでほしいと必死にアピールするようになり、それまで仲が良かったのが嘘のように顔を合わせると大ゲンカをするようになったらしい。
また、オクサも2人の鬼気迫るアピールと延々と終わらないいがみあいに疲れ、家に引きこもりがちになってしまったそうだ。
彼女からはしつこく愚痴を書き連ねた手紙が届いたが、一言「がんばって」と返して受け取りを拒否している。
デビュタントのパートナーには結局ダナンを選んだそうだ。
しかし、オクサがぎりぎりまでパートナー選びに迷ったため、選ばれなかったオットーのパートナーは決まらず、嫁いだ姉に頼む羽目になったらしい。
ちなみに、デビュタントの時には優秀な貴族子女はほとんどが婚約者を決めている。プライドの高いオットーの婚約者選びは厳しいものになるだろう。
案の定、自分たちも豊かな伯爵家への婿入りという欲をかいていたのに。オットー一家はオクサの優柔不断のせいでとんだ恥をかかされたと、オクサと父の悪口を言いふらしているらしい。
そのせいで父もオクサも社交界で面白おかしく陰口を叩かれ肩身の狭い思いをし、ダナンの家にも婚約を渋られていたが、何とか頼みこんでやっと婚約したらしい。
「異母妹が選ばなかった方をアネッサの婚約者にしようだなんて、あの強欲な男には本当に腹が立つわ。自分の悪行のせいで手痛い目にあって良い気味だわ」
傲慢な父はオットーとダナンどちらの家とも繋がりを欲していた。
そして、オクサへの婿入りをちらつかせて2人をキープしつつ、両方の家を煽って良い条件を引き出そうとしていた。選ばれなかった方は私と婚約してオクサの身内になればいいと2人に吹き込んでいたらしい。
ちなみに、叔母が聞いた噂によるとオットーとダナンは私が2人を好いていると思いこんでいたらしい。ほぼ話したことがないのにどれだけうぬぼれやなのかと呆れてしまった。
オクサと2人もまた居心地の良い関係を少しでも長く続けたくて、ずるずると婚約の決断を引き延ばしていた。
デビュタントの日が近づくとさすがに親にもせっつかれて焦ったようだが、オクサが「どちらかが社交に不慣れな異母姉をサポートして、4人でデビュタントに出席すればいい」と言ったことで、また現実問題から逃げた。
そして、その甘えと傲慢のツケを私がいなくなったことで一気に払うことになった。
まあ、これからはいろいろと大変だろうけれど、元々は3人とも仲が良かったのだ。
いろんな意味でたくましいオクサには、恋を盛り上げる当て馬として都合よく利用していた私抜きでがんばってほしい。
「さ、アネッサも準備をしないとね。今日の方はあなたと同じで旅行小説が好きなんですって。話が弾むと良いわね」
「そ、そうですね。がんばります……」
顔の広い叔母は次々とお見合いを勧めてくる。どこからこんなにたくさんの素敵な男性が現れるのか、人慣れしていない私はたじたじだ。
でも、じきに良い方と出会ってデビュタントを迎えられる。そんな予感がする。
私はドキドキと期待に弾む心のままにお見合いの方が待つ場に向かった。




