99回殺された悪役令嬢は、100回目に世界を終わらせる
「ローゼ!お前との婚約は破棄とする!」
赤い顔をして勝ち誇って告げるのは、この国の第一王子デミオン様。
婚約者である私ではなく、別の女の肩を抱き、私を睨みつける。
二人にとって、私は邪魔者でしかない。
ええ、知ってるわ。
またこのパターンかと、私は恭しくそれを受け入れる。
「聞いているのか!」
「はい、殿下」
「お前の、その生意気な態度が気に入らない!」
何をしても、結局は気に入らなかった癖に。
でも今回もバッドエンドだったわねと、私はあきらめの境地で処刑台に上がる。
この国では、公開処刑は庶民の娯楽。
この広場も、埋め尽くすほどの人々が私の死を楽しもうと見守っていた。
首に縄をかけられるのは何回目か?ああ、前回は火あぶりだったわね。
視線の先で、群衆に交じった一人の男が笑いながら手を振った。
両手を後ろで縛り付けられているので、苦々しい気持ちで睨みつけるしかない。
大丈夫……苦痛は逃れられず、やがて終わりが来ることを私は何度も知っている。
そして、ダン!という衝撃と共に、私の意識は闇に堕ちた。
目を覚ますと、馴染んだ真っ白な空間にいた。
側にいるのは、処刑を見守っていたこの男だ。
目を引く美貌なのに、スッと気配を馴染ませて目立たないのが特徴の男。
人は出会うと目を引かれる癖に、数秒後には忘れてしまう。
黒髪と黒い瞳は闇を思わせるのに、その笑顔はどこまでも無邪気なままだ。
ニコニコと笑顔の男が、私に尋ねて来た。
「そろそろ、やめる?」
「まだよ。もう一度コンティニューして頂戴」
ここはゲームの世界、私はある意味バグみたいなもの。
悪役令嬢として何度もゲーム世界に転生しては、自らのハッピーエンドを目指すのだ。
諦めれば魂は消滅し、ゴールすればやっと平穏に生きていける。
「もう99回目だよ?」
「何回だってやるわ」
私の気合に、男は苦笑した。
「そんな君に、最後のお知らせです」
ゲームマスターのこの男は、この世界を司る神のような存在だ。
初めて死んだ時に現れたこの男は、この世界の真実を教えてくれた。
それにより、私は前世を思い出す。
確かにこの世界は、前世で流行した『ざまぁは正義をループする』の世界観だ。
私という断罪確定の悪役令嬢役の存在に、彼はチャンスを与えてくれたのだ。
「君のコンティニューは、あと一回。つまり、君の命は最後の一個です」
「最後の……一個」
ゴクリと私は唾を呑む。
「次が最後のチャンス。失敗したら魂は消滅するのは覚悟してね」
「わかってるわよ」
「じゃ、再スタート!」
パン!と手が打ち鳴らされ、私は目を開く。
またこの世界で時を巻き戻す。シナリオがスタートする。
あの男の楽しそうな顔が浮かぶ。
ずっと私を見守っていた彼は、死ぬ度に楽しそうに私を見つめていた。
100回目を迎えたら、きっと彼にとっては最高の娯楽のクライマックスで腹を抱えて笑うはず。
再び始まった自室のベッドの上。
窓からは爽やかな日差しが溢れ、愛された存在だった私は間もなく両親に呼び出され王子との婚約を伝えられる。
そして王子と婚約して、ヒロインに横取りされたあげく、私が処刑される世界だ。
私は何度も処刑回避のために、色々と試したのだ。
婚約を拒絶しても強行され、家出しても連れ戻され、ヒロインと仲良くしても裏切られる。
何をしても、私に処刑を逃れる術はなく、いつも私は断罪の場にいた。
なぜなら、この世界は私が断罪されるのが正義なのだから。
どれだけ試しても、最後は結局裏切られてしまう。
家族にも、ヒロインにも、そして何より王子にも。
愛情などなく、ヒロインと結ばれるなら結ばれて欲しいと動いても、全てを悪意に変換されて足元をすくわれる。
逃亡しても捕獲されたし、動かなければ向こうから来る。
人を信じて裏切られ、やってもいない罪を着せられ、誰も私の言葉に耳を貸さない。
愛されようと努力した、信じようと頑張った。
だけど……。
この世界は、何がなんでも私を消し去りたいみたいだった。
『仕方ないよ、君はバグみたいなものだから』
本来なら、この世界で存在したローゼの魂を押しのけて、私の魂はこの器に入ったらしい。
けれど、そんなものは知らない。
私は普通に生きて、普通に地球で病死しただけ。
たまたま入院中に最後にしたのが、このゲームだけだ。
健康な体が嬉しかった。
自由に動ける人生が楽しかった。
ゲームの中で、恋もしたかったし、マルチシナリオの全てをクリアしたからベストエンディングにいく自信もあった。
「よって、ローゼ!お前との婚約は破棄をする!」
何度も画面で見たクライマックス。
ここに存在する私にとって、痛みも苦しみも幻ではない現実なのだ。
心が擦り切れて、残った最後の一つの希望も絶望に変わる。
そして最後の幕があがる。
クスクスと今回も笑いながら、ヒロインは王子の腕にしがみ付いた。
「やだっ、ローゼ様がまた私を睨んでいますわ。怖い!」
「貴様は本当に反省すらしないのだな。更生の余地なし、よって処刑が相応しい」
断罪の場は、今回は卒業パーティーだった。
とうとう迎えた、100回目の結末はこうして確定した。
一番平凡なバッドエンディングに着地したみたいだ。
周囲が突然の処刑宣告に動揺が走る。
そんな周囲にすら、私は冷めた目で見ていた。
彼らも、私が誤解されていても助けもせず、この後の処刑には胸躍らせて見学に来るんだもの。
この世界に味方なんていない。
抵抗しても無駄、流された悪名を信じた両親は、娘の卒業パーティーにすら姿を見せない。
現れて救済するはずの国王も不在、姉妹のように育った使用人は追放されている。
つまり詰んだ。
最後の願いに、私は王子に懇願したのだ。
99回分の想いを込めて、私の記憶の全てを伝えた。
この世界がゲームである事、ヒロインへの善意が悪意に変換される事や、私自身が王子に99回殺されている事。
どこかで最後には信じたかったのかもしれない。
もう、あなたは私を殺し尽くしたのだと。
せめて信じなくてもいい、少しでも私の言葉に耳を貸して欲しいと。
けれど、結果はコレだ。
頭が狂った扱いをされたあげく、私の訴えは全て虚言で処理された。
これで私の長い苦しみも終わる。
100回も繰り返した悪夢に終止符が打たれる。
それでも……このゲームのファンだった私は、幸せになりたかった。
そんな想いも、小さく萎んで消えていく。
「王子、せめてローゼ様は苦しみのない死をお願いします」
「お前は優しいな……あれだけ虐げられたのに」
私が何をしたと言うの?全てデタラメ。
そんな言葉は100回伝えた、もう言わない。
「だが、ローゼは次期国王である俺を侮辱した」
もう何も届かない。わかっていたはずなのに。
だから何も言い訳しなかっただけだ。
それが侮辱?言っても言わなくても結果は同じ。
希望が絶望に消えた心に、深淵の闇が染みていく。
どうせ私の魂はここでおしまい。
これこそがフィナーレなのだ。
「殿下、せめて殿下の足元に謝罪と王家への忠誠を込めて、跪いて礼をする事をお許しください」
あえて震える声で懇願した私に、二人は勝ち誇ったように頷いた。
「いいぞ、最後に犬のように這いつくばれ」
私は王子の言葉と同時に駆けだした。
油断した王子の元へ。
そして、体重をかけて王子の胸元を持っていたナイフで貫いた。
「ぐぁ、うあっ……どうして」
崩れていく王子と、騒ぎ出す群衆。この展開は初めてのはずだ。
私はヒロインに血まみれのナイフを投げつけて、遠巻きに見ていたあの男に叫ぶ。
「これで悔いはないわ!」
最後の一個で自分の願いを叶えた私は、暗闇に堕ちる。
「良くできました。次は最後の仕上げに進もう」
男の笑い声が聞こえた。
世界が一瞬で暗闇に染まる。
あの白い部屋が私の心の色に染まっただけだ。
私は清々しい気持ちで、男を見つめた。
「死ぬのよね?」
「うん。でも、ちょっとシナリオがねじれたから延長戦だね」
「やだ、面倒なのは嫌よ」
「そうかい?せっかく、最後の一つが輝く時なのに」
堪らなく愉快だと、男は背中から黒い翼を広げた。
妖しく光る赤い目が、私に宣言した。
「ゲームマスターとして許可する。君が苦しんだ99回分の苦痛の全てを、この世界全てに与えてもいいよ」
「どうして?まさか、その為に私を苦しませたの?」
「まさか、本当に偶然だよ。君がここに転生したのも、バグを修正する為に99回も試させたのも」
でもねと、男は肩をすくめた。
「この世界の歪みは、君の99回の努力では報われなかった。真のハッピーエンドは、君も含めて幸せな世界線だったのに、頑張ったのは君一人。だから、もうあきらめて破壊しよう」
「どうやって?」
「だから、君に99回分の苦痛を力に代えて与えたから、好きにしていいよ」
私はそこで自分の姿が異形の者に変化している事に気づいた。
それと共に、強大な魔力と溢れる破壊への期待に、ブルリと体を震わせる。
「世界の歪みも、もう限界だ。さあ、今度こそ君が主役だ!行っておいで!」
私は大きな翼を広げて、黒く染まった体で羽ばたいた。
目指すべき場所は一つだけ。
ああ、まっていてみんな。
私を愛してくれなかった全て、今会いに行く。
あなた達の最後の一つの魂を、全て私の物にする。
そして、やっと私は独りぼっちではなくなるのだから。
暗い闇から飛び出して、光の中に飛び込んだ。
世界は美しく泣けるほどだ。
そんな心が残っていた自分に、また泣けた。
けれど向かった目的地が見えた時には、もうそんな心は霧散する。
高い空から見下ろすのは、かつて暮らしていた王城だ。
私は目指すべき者たちが、どこにいるのか知っている。
何度も病室で見たエンディング、二人は幸せにそこで暮らしているはずだから。
残念ながら、王子は一命をとりとめていた。
彼らは、シナリオに守られているのだから。
……今までは――
大きな異形の影に、人々の悲鳴があがる。
音を切り裂くスピードで、私は城の一角にドカンと突撃した。
激しい衝突音と、土煙によって破壊された壁から飛び込んだ私の姿が霞む。
人々がハッキリと認識できない隙に、ベッドで抱き合っていた二人を両手でそれぞれ掴み羽ばたいた。
既に回復した王子とヒロインからすれば、私は突然現れた魔物。
人ならざるモノとして、皮膚は漆黒の鱗に覆われ、鋭い牙や角すら生えている。
三階建てのビル程度に並ぶ巨大化した魔王、それが99回の苦痛の果てに手にした全て。
「化け物!いやぁーっ!」
「誰か!とっとと退治しろ!」
心地よい二人の恐怖に、巨大化し魔物となった私は喜びに打ち震えた。
本能のままに、またもや高く舞い上がり、大きく息を吸う。
両手に王子とヒロインを掴んだままに、胸に溜まった業火を城に放つ。
「うわぁあああーっ!」
「ひぃぃぃーっ!」
城はすぐに火が付き燃え尽きていく。
ただの熱ではなく魔王の炎に、人々は成す術もない。
こんなに愉快なものかと、私はそのまま炎を噴き出し街を焼き払っていく。
水などで消せない火によって、たちまち地獄と化していく。
最初は騒いでいた両手の二人も、いつしか声を失くしている事すら気づかず、私は夢中だ。
見知った建物、かつて住んでいた家に見覚えのある顔が並んでいた。
遠くなっていく記憶では、確か親だった者たちだが、私は感謝をこめて念入りに炙ってやった。
今までの苦しみや悲しみが、全て昇華されていく。
楽しくて仕方なく、一通り焼き尽くした後は、笑いが止まらなかった。
そうか、私の死を見て楽しむ人々の気持ちがやっとわかった。
これだ、これなのだ。
確かに、愉快でたまらない。
首都を破壊し、私は静かに炎が見える平原に着地した。
すると、あの男が優雅に待っていたのだ。
「気が済んだかい?ローゼ」
その言葉に、我に返った王子が、握られたままもがき怒鳴る。
「ローゼだと!」
「そうだよ殿下。君が拒絶して、貶めて捨てた元婚約者殿だ」
「こんな化け物が……」
「いやぁああーっ」
釣られてヒロインも必死でバタバタと藻掻くが、大きな両手は二人を掴んだままだ。
男の存在と美貌に気付いたヒロインは、必死に媚びを売る。
「助けて、私は殿下に唆されただけなんです!」
「へぇ、ずいぶん楽しそうにローゼを悪者にしてたけどな?」
「だって、私だって幸せになりたいんだもの」
「ローゼもそうだけど?」
だらりと垂れ下がった魔王の手の下で、三人が会話を始めているが、ローゼ本人は恍惚とした気持ちのままに遠い炎を見つめるばかりだ。
掴まった二人は、目の前の男がローゼとの関係者だと見抜き、必死で自らの主張を繰り返す。
それは、何度もローゼが繰り返してきた懇願と同じだ。
男は黙って、ニコニコと聞き流すばかり。
「笑ってないで、俺の意見をちゃんと聞いて助けろ!」
「え?君達だって、ローゼの話を聞き流して笑っていたじゃないか?」
心から首をかしげる男は、ケラケラと笑う。
「最後にローゼが打ち明けたのにね。この世界はゲームで、繰り返しローゼは死んでいるってさ。ちゃんと彼女の目を見れば、嘘じゃないってわかったんじゃないかな?少なくとも、ゲームはわからなくても、聞こうとする態度だけで、全てが変わったと思うけど?」
「そんな戯言は知らん!信じられるはずがない!」
「そうやって突き放した結果、彼女は99回の苦痛を味わったんだ」
男は、隠していた黒い翼を広げた。
その禍々しさに、やっと二人は、この男も魔物なのだと理解して青ざめた。
男はパンパンと手を打ち鳴らし、ローゼの意識を覚醒させた。
「ローゼ、聞こえるかい?君の最後の復讐だ。100回目を迎えた君は。幸せになる権利がある」
ゆっくりと、男と視線を合わせたローゼは呟いた。
「幸せ……」
「そうだよ」
誰よりも優しく、男はローゼに囁いた。
「僕もね、何度も醜悪に同じ事を繰り返すこいつらに飽き飽きしてたんだよ。こいつらの正義は、ローゼを犠牲にする事で成り立つ世界。シナリオという仕組みだと知っていても、あまりの理不尽さに、白かった僕の羽根も黒くなってしまった」
「……そう」
「本来のローゼも、最後は耐えきれず消えたいと願った所に、君の魂が来たんだ」
「……」
「バグである君の魂を空になったローゼに入れた。この世界に迷い込んだ君に、世界が変わる事を期待したんだけど、君を苦しめただけだった。魂もこんなに擦り切れてごめんね」
「もう……いいの」
「うん、最後の仕上げだ。君には復讐する権利がある」
その言葉に、二人は大きく体を震わせた。
「どうする?この二人、スッキリするといいよ。握りつぶす?燃やす?剣が欲しいなら用意するし、食べるならよく噛んで食べるといいよ」
「そう……」
「なんなら、最大限に苦痛を感じられるようにしようか?」
「いらない」
「ん?」
ローゼはボトリと、掴んでいた二人を地に落とす。
ドスンと音をたてて落ちた二人は、腰が抜けてヒクヒクと息をするばかりだ。
逆に、不思議そうな顔をするのは男だった。
「ローゼ?君は幸せになる権利があるんだよ」
「うん、もういい疲れたから。あと、また世界をリセットしてあげて」
それがローゼの全てだった。
男は絶句してローゼを見つめる。
そして数秒思案した後に、ゆっくりと頷いた。
「君は本当に優しいね。……わかったよ」
全てはまた元通り、ただローゼだけがいない世界線が始まるだけ。
きっとまた、シナリオの為に別の悪役令嬢が誕生するだろう。
もう自分には関係ないが、きっと新たな魂は上手くいくはずだ。
なにしろ、この男は残酷だが優しいゲームマスターだからだ。
男は、うずくまる二人の元に手をかざす。
淡い光が二人を包み、少しずつ彼らの姿が消えていく。
「君達にも、100回の命のチャンスをあげるよ。君達が過ごす時間軸は、魔王復活後。どうか頑張って魔王に命乞いをして、100回目までに許しを得て生き延びるんだよ?」
優しく諭す男に、二人は意味が解らないという顔をする。
「どういう意味だ!」
「魔王に命乞いって何よ!」
クスクスと笑う男は、消えかかった二人に別れを告げた。
「99回の苦しみの果てに、ローゼのように幸せを掴めることを祈るよ」
既に声と共に、二人はスッと姿を消した。
魔王ローゼは、黙って静かに見守っている。
何も心が感じないのは、魔物化の影響のせいだけだろうか?
男は、今度はローゼに光を当てる。
途端に、ゆるゆると今度はローゼの闇が消えていく。
体は縮まり、鱗も牙も消えて一人の少女が姿を現した。
人の姿に戻ったローゼだが、寝ぼけていたかのように目が虚ろのまま。
そんなローゼの手を引いて、男は優しく頬にキスをする。
「さあローゼ。今度は君が君らしく幸せになれる世界に行こう」
「ん……、私だけ?また一人?」
「いいや、僕も一緒だよ。これからはずっと、君の隣に僕がいる」
二人が手を取り合って宙に浮く。
そして輝かしい光に向かって消えて行った。
新しく生まれ変わるために、私はまた一から幸せを始めるのだ。
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