第十三話 「もう一人の朝霧カイ」
鏡の中。
“もう一人のカイ”が笑っていた。
現実のカイは動けない。
だが鏡側のカイは、ゆっくりこちらへ歩いてくる。
ペタ……ペタ……。
鏡の内側を。
「やめろ……」
カイが後退する。
その瞬間。
鏡の表面が波打った。
ドロリ。
水みたいに歪む。
そして。
“もう一人のカイ”が、鏡から足を踏み出した。
生存者たちが悲鳴を上げる。
「出てきた!!」
複製カイは、現実のカイと全く同じ顔だった。
同じ制服。
同じ声。
違うのは。
目だけ。
黒目の奥が、赤く光っていた。
「やっと会えた」
複製カイが笑う。
「俺」
カイは息を呑む。
木更が即座に銃を向けた。
「下がりなさい」
複製カイは肩をすくめる。
「ひどいな」
「同じ“生存者”なのに」
その時。
カイのスマホが震えた。
【人格複製率】
52%
数字が増えている。
速すぎる。
「……なんで俺なんだよ」
複製カイは静かに答えた。
「この区域が、お前を選んだから」
「選んだ……?」
「お前、“適合率”が高いんだよ」
意味が分からない。
だが複製カイは続ける。
「人間は恐怖で壊れる」
「でも、お前は壊れながら適応してる」
その言葉に、木更の表情がわずかに変わった。
複製カイは彼女を見る。
「羽川木更も同じだ」
「だから何度も再利用される」
カイが振り返る。
「再利用……?」
木更は答えない。
代わりに。
通路奥を睨んでいた。
そこから、“何か”の音が聞こえている。
ズ……ズズ……。
大量の何かが這う音。
複製体の男が笑った。
「来た」
次の瞬間。
鏡の壁すべてにヒビが入った。
バキッ!!
無数の手が、鏡の内側から突き出される。
白い腕。
黒い目。
割れた鏡の向こうには、大量の“複製失敗体”が蠢いていた。
顔が崩れている。
手足の数がおかしい。
人間になりきれなかった怪物。
「うわぁぁぁ!!」
生存者の一人が逃げ出す。
だが床に映った鏡面から腕が伸び、足を掴んだ。
ズルッ!!
「助け――!!」
男は鏡の中へ引きずり込まれる。
残ったのは絶叫だけ。
木更が叫ぶ。
「走るわよ!!」
全員が通路を駆け出す。
背後では鏡が次々と割れ、大量の複製失敗体が這い出してくる。
カイも走ろうとした。
その瞬間。
複製カイが腕を掴む。
「なぁ、本当に知りたくない?」
「お前が“何回目”なのか」
カイの動きが止まる。
「……何を言って」
複製カイは耳元で囁いた。
「朝霧カイは、もう一度死んでる」




