表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔の花嫁 エルフの花婿 〜悪魔のぼくと美人なエルフのお姉さん〜  作者: よるねこ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/20

第九話 天才美少女魔導師ユーナと会った日の話(一部過大広告有り)


 通りの真ん中でいきなり魔道具を撃ち込まれたせいで、シロウはすっかり肩を縮こまらせていた。


 元々、知らない土地も知らない人も苦手だ。そこへ来て、初対面の相手に何の前触れもなく魔法をぶつけられたのである。無傷だったとはいえ、心が追いつくはずがない。


 ローブの奥で視線を泳がせながら、シロウは半歩、いや一歩、しっかりとリテュシアの後ろへ下がった。


「リテュシアさん」


「何ですか」


「この人、怖いです」


 声が小さい。


 だが、聞こえないほどではなかった。


「聞こえてるよ」


 女魔導師はけろりと言った。


 年齢はどう見ても成人前だ。せいぜいシロウと同じくらいか、少し上。そのくせ態度だけは妙にでかい。焦げ跡のついた外套をひらひらさせ、片手にはさっきシロウを撃った魔道具をぶら下げたまま、まるで昔からの知り合いにでも接するような距離でついてくる。


 リテュシアはうんざりしたように目を細めた。


 危ない。うるさい。距離感がおかしい。


 それが今の印象のすべてだった。


「聞こえるように言いました」


 リテュシアが冷たく返すと、女魔導師は少しだけ肩をすくめる。


「正直だねえ」


「あなたが正直に危険人物だからです」


「危険人物はひどいなあ。わたしはただの研究者だよ」


「通行人を的にする研究者を、一般には危険人物と呼びます」


 その間にも、シロウはじわじわと距離を取っている。だが、女魔導師はその分だけ当然のように詰めてくる。詰められたシロウがまた下がる。するとまた詰めてくる。


 いたちごっこだった。


 もう気にしない方が早いと判断したリテュシアは、そのまま歩き出した。シロウも慌ててついてくる。女魔導師もついてくる。


 しばらく無言で進み、通りを二つ曲がったところで、その女は何でもない調子で言った。


「えー、でもそっちの彼、悪魔でしょ」


 足が止まりかけた。


 シロウは本当に止まった。


「え」


 情けないほど素直な声が出る。顔色まで変わったように見えるのは気のせいではないだろう。ローブの奥で尾が小さく揺れ、完全に怯えているのが分かった。


 リテュシアの胸の内では、一瞬で警鐘が鳴った。


 まずい。


 自分が慣れすぎていた。


 シロウの姿にも、行動にも、この少年が悪魔であることにも。自分が日常として受け入れ始めていたせいで、他者の目を前提にした警戒が鈍っていた。


 リテュシアは表情を変えず、即座に言葉を返す。


「未開地から来ただけです」


「えー」


「辺境の蛮族は珍しくありません」


 未開地には、街の論理とは違う部族がいる。見た目も、文化も、常識も、街側から見れば何もかも異質だ。シロウの異形さを完全には隠せなくとも、そこへ押し込めればぎりぎり言い逃れはできる。


 少なくとも、普通の相手なら。


 だが、この女は普通ではなかった。


「えー、でも」


 楽しそうに首を傾げる。


「そっちの彼、違う世界から来たアーシアンでしょ」


 今度は、二人とも止まった。


 シロウは理解が追いつかずに固まり、リテュシアは理解した上で止まった。


 アーシアン。


 聞いたことのない言葉だった。だが、文脈だけで十分だった。


 違う世界から来た。


 それを、知っている。


 リテュシアはゆっくりと振り返った。


 女魔導師はその瞬間、ほんのわずかに表情を変えた。ふざけた軽さは消えていない。だが目の奥だけが、一歩引いた。気づいたのだ。今、リテュシアの中で何が起きたかを。


 殺気だった。


 声もなく、露骨でもなく、それでも確かに。


 リテュシアは一歩も動かなかった。だが、その場でこの女を消すことを、ほんの一瞬、真面目に考えた。


 面倒だが、それが最善かもしれない。


 知りすぎている。


 軽すぎる。


 危険すぎる。


「大丈夫、大丈夫」


 女魔導師は両手を上げた。


「敵意ないから」


 その言い方が軽すぎて腹立たしい。だが、怯えてはいない。いや、怯えながらも誤魔化しているのではなく、本当に敵意がないらしい。そこがまた腹立たしい。


「わたし、別に言いふらす気もないし、害する気もないよ」


 リテュシアは何も答えない。


 女魔導師はその沈黙を許可と取ったのか、少しだけ声を落とした。


「他にもいるから」


「何がですか」


 リテュシアの声は静かだった。


「悪魔も。他のアーシアンも」


 シロウが小さく息を呑む。


「……他にも」


 その呟きに、女魔導師は頷いた。


「いるよ。珍しいけど、いないわけじゃない」


 リテュシアは相手の顔をじっと見た。


 嘘をついている顔ではない。


 悪意も害意も感じない。


 ただ、純粋に好奇心と探究心だけで行動している。そういう種類の危険さだと理解するのに、時間はかからなかった。


 むしろ、その方が厄介かもしれない。


「アーシアンとは何ですか」


 リテュシアが問うと、女魔導師は少しだけ嬉しそうに目を輝かせた。


「研究者の間で使う言葉。地球由来の転移者とか転生者とか、そういうのまとめて呼ぶ時のやつ」


 地球。


 それもまた初耳だ。


 リテュシアは知らない単語を顔に出さず、ただ頭の中に留める。


 横ではシロウがますます不安そうになっていた。


「リテュシアさん」


「何ですか」


「やっぱり、この人、怖いです」


「分かっています」


「なら」


「ですが、話を聞く価値はあります」


 はっきり言うと、シロウは困った顔をした。


「ええ……」


 嫌そうだ。


 分かりやすいほど嫌そうだ。


 そこへ女魔導師がぐいと顔を寄せてきた。


「大丈夫だって。怖くないよ」


「近いです」


 シロウが即座に後ろへ下がる。


「え、そんなに」


「そんなにです」


 また詰めようとした女魔導師を、リテュシアは手で制した。


「シロウに触らないでください」


「触ってないよ」


「これ以上近づくなという意味です」


「厳しいなあ」


 ぶつぶつ言っているが、そこで一応は止まる。


 リテュシアはシロウへ向き直った。ローブの奥の目は完全に警戒している。知らない相手に弱いのは前からだが、今回は理由が理由だ。怖がるのも当然だった。


「シロウ」


「はい」


「話だけ聞きます」


「でも」


「大丈夫です」


 断言する。


 シロウは迷う。だが、その迷いは長くない。


「わたしがいます」


 その一言で、シロウの肩から少しだけ力が抜けた。


 完全ではない。だが、受け入れる準備はできたらしい。


「……分かりました」


 小さく頷く。


 それを見て、女魔導師が妙に感心した声を出した。


「え、すご」


 目を丸くし、それからまじまじと二人を見る。


「完全に信用してるんだ」


 シロウはその言葉に、なぜか少し胸を張った。


「当たり前です」


 言い切ったあとで、本人だけが一番自然な顔をしている。


 リテュシアはその横顔を見て、少しだけ困った。正面からそう言われると、反応に困る。


「シロウは」


 照れを誤魔化すように、先に口を開く。


「わたし以外と、ほとんどまともに話したことがありません」


「え、そうなの」


「はい」


 シロウが頷く。


「ぼく、一人だと無理なので」


 堂々と言うことではない。だが、事実だ。


 リテュシアは続けた。


「わたしたちは助け合っています。それだけです」


 すると女魔導師は、ふうん、と鼻にかかった声を出してから、にやりと笑った。


「ラブラブなんだね」


 空気が止まる。


「違います」


 リテュシアが即答する。


「違うんですか」


 シロウがなぜかそちらに反応した。


「そこは黙っていてください」


「はい」


 シロウはすぐに口を閉じたが、耳の辺りが少し赤くなっている。


 女魔導師はますます面白そうだった。


「でも、そう見えるよ」


「あなたの目が節穴なんです」


「ひどいなあ」


「事実です」


 そのやり取りをしている間にも、周囲の視線が少しずつ気になり始めていた。大通りの真ん中で立ち話を続けるには、内容が内容だ。


 リテュシアはすぐに話を進める。


「用件を」


「え?」


「何が目的ですか」


 聞くと、女魔導師はぱっと表情を変えた。


「じゃあ、うち来る?」


「行きません」


 即答だった。


 相手の研究室だか住処だか知らないが、信用できない相手の支配領域へ自分から入る理由はない。


「早いなあ」


「当然です」


「話だけでも」


「それも断ります」


 女魔導師は少し考え込む仕草をしたあと、顎に指を当てる。


「じゃあ、人のいないとこで話す?」


 リテュシアは一瞬だけ沈黙した。


「……どこですか」


「近くの森でいいかな」


 その言葉を聞いた瞬間、リテュシアははっきりと理解した。


 賢い。


 あるいは、悪知恵が働く。


 森なら街の外だ。街の外へ出るには門を通る。門を通れば確実に顔を見られる。つまり、この女と一緒に出た事実が残る。そのあと森で消されたりしたら、女を最後に見たのが自分たちだとすぐに分かる。


 こっそり始末する余地を潰された。


 無自覚かもしれない。だが、結果としてそうなっている。


 リテュシアは相手の顔を見た。にこにこしている。たぶん自覚は半分もない。だが、それでも厄介さは変わらない。


「そこが、ぎりぎりの妥協点です」


 リテュシアが言うと、女魔導師はぱっと明るくなった。


「じゃあ決まり」


 決めるのが早すぎる。


 横でシロウが、まだ事態を半分も理解していない顔をしていた。


「森、行くんですか」


「行きます」


「なんで」


「話を聞くためです」


「この人の」


「この人のです」


 シロウは明らかに不服そうだったが、それ以上は言わなかった。納得はしていないが、リテュシアが決めたなら従う。そういう顔だ。


 三人で街の外れへ向かう。


 魔道都市の通りはやはり落ち着かない。どこから何が飛んできてもおかしくない空気が常にある。途中で金属の塊を抱えた集団が道を塞ぎ、別の路地では妙な煙を吐く筒を振り回している男がいた。誰も彼も少しおかしい。


 門番は行きと同じ顔で三人を見たが、特に止めることはなかった。ユーナは顔見知りなのか、軽く手を振るだけで済ませている。そこでもまた、この女がこの街にきちんと根を持っているらしいことが分かった。


 門を抜け、人目が減ったところで、リテュシアは足を止めた。


「ここからは飛びます」


 シロウが、嫌な予感を隠そうともしない顔になる。


「飛ぶんですか」


「歩くより早いでしょう」


「それはそうですけど」


「わたしと、彼女を抱えてください」


 シロウの顔が引きつった。


「二人」


「ええ」


「無理です」


「できます」


「やったことありません」


「今やります」


「高いところは嫌です」


「高く飛べとは言っていません」


「でも二人ですよ」


 珍しく言い返しが多い。それだけ本気で嫌なのだろう。自分一人で飛ぶだけでも好きではないのに、二人抱えるなど未知そのものだ。


 ユーナはその横で、興味津々という顔をしていた。


「おお、本当に飛ぶんだ」


「静かにしてください」


 リテュシアは短く制し、再びシロウを見る。


「大丈夫です」


「何がですか……」


「わたしがいます」


 その言葉に、シロウは一度だけ目を閉じた。


 諦めるように、深く息を吐く。


「……やります」


「ええ」


「落としたくないので、絶対に暴れないでください」


「わたしは暴れません」


「わたしも暴れないよ」


 ユーナが楽しそうに言うと、シロウはますます不安そうになった。


 それでも逃げない。


 リテュシアを先に抱え、次に少し迷った末、ユーナも反対側の腕へ抱える。二人分の重さが乗る。シロウの肩と腕に一気に力が入った。


「ほんとに大丈夫かな……」


「大丈夫です」


「言い切るんですね」


「言い切らないと飛べないのでしょう」


「はい……」


 それは認めるらしい。


 次の瞬間、背中の皮膜が大きく開いた。


 風が起こる。


 地面が遠ざかる。


 シロウはやはり嫌そうな声を喉の奥で漏らしたが、それでも飛んだ。二人を抱えたまま、ぐらつきながらも、きちんと前へ進む。


 ユーナが楽しそうに笑う。


「すごい、本当に飛ぶ」


「うるさいです」


 シロウが即座に返した。


 その声に、リテュシアはほんの少しだけ口元を緩めそうになった。


 魔道都市を背に、三人は森へ向かう。


 これから聞く話が、何を変えるのかはまだ分からない。


 だが少なくとも、もう後戻りはできなかった。

よろしければ評価、ブックマークお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ