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相合傘無料

作者: けん
掲載日:2026/03/04

「ゆらり」


ゆらり、ゆらり

夕方のベランダでタバコに火をつける。

赤く燃える夕日が強く私を照らす。

一日をリビングに置いて一息つく。

この時間が好きだ。私の全ての役割を剥がしてくれるこの時間が。

ふと夕日に視線を感じる。

なんだろうか、何か遠くから、いや、近いのか。

目を移すと、黒い影。

ゆらりゆらり、無形の影が一つ、こちらを覗いている。


冷たいような、懐かしいような、不思議な視線を感じる。


帰路につくサラリーマン、学生、皆影を気にしない。気にせず影を踏みつける。革靴もスニーカーも、影の頭を踏みつける。


ゆらりゆらり

タバコの煙が空へと消える。形をもった煙は、空に昇る道の中でその形を失って、空と一つに混ざりあう。


影がぬっと起き上がる。さっきよりも小さくなった。その目には涙が浮かぶ。

必死に立ち上がり、そしてまた押さえられる。小学生が振り回す。中学生が無視をする。高校生が踏みつける。大学生が踏みつける。社会人が踏みつける。


ついに影は、立ち上がることをやめた。


振り向くとそこには、夕日に照らされた、私の影。

社会の服を着た、もう一人の私。


灰皿にタバコを押し付けて、私はベランダの引き戸を閉める。

ゆらりゆらり、灰皿から一筋、煙がのぼり消えてゆく。



「相合傘無料」


「相合傘無料」


ビニール傘を持った凛とした女性が一人、歩道の端にまっすぐ立っている。

不思議な看板をぶら下げて。


カメラを向ける人、一瞥して過ぎゆく人、怖いもの見たさというか、面白がっているというか、皆注目はするが、その傘に入る人はいない。

寂しさに沈んでいた私は、どうにでもなれと声をかける。


「あの、これって」

「相合傘無料です。やりますか?」


声をかけたはいいものの、皆注目している。

どうしたものか。


そんなことを考えているうちに、ビニール傘が私の頭上を守っていた。


「何でこんなことをしてるんですか?」

「特に何も、ただなんとなくです。」

「皆私たちを見てますよ。私が入る前から皆見てました。」

「そうですね。」

「恥ずかしいとか注目されて嫌とかないですか?」

「ないですね。私が何となくやってみたかったことをしているだけなので。」


彼女の横顔を見る。

彼女はまっすぐ前の道を見続けている。ゆらぎのない整然とした表情で。


私はどこか、大きな柱に身を委ねているような、そんな安らぎを覚える。


「雨、止まないですね。」

「そうですね。」


この安らぎにずっと縋っていたい。

ふと人の目を気にしなくなっている私に気づく。


「時間です。」

「時間?」

「はい、今日はこれでお終いです。」


そう言うと彼女は、看板を外し、傘を閉じる。


「ありがとうございました。」

「こちらこそ。」


私は礼を言って帰路に着く。

雲の隙間から微かな光が差していた。



「潜水」


音がうるさい。文字がうるさい。

心が、うるさい。


私はスマホを机に置いて、海に潜る。


音がない世界に、身を沈める。

視界には黒の海底。

海水が目に染みて、目を閉じる。

音も視界もない真っ暗な世界。


置いてきたはずの心がざわつく。

不安だ、心配だ。


ざわつきを探るも、息が苦しくてうまくいかない。

もういいや、そう思えた途端に静かな眠りに落ちる。

口から吐く息が泡となって上昇する。

海の中では重力はない。おもりは仕事を果たさない。

私は少しダンスして、目を開け空に顔を出す。

世界の音が、ほんの少し、遠くなった。


「波紋」


丸石を一つ手に取る。

サイドスローで湖に投げる。

石は三回、跳ねて落ちる。

小さな波紋が三つ広がる。

また一つ、丸石を手に取る。

さっきの波紋が静まる。

また投げる。

今度は一回、大きな波紋を広げて落ちる。

どちらの波紋も朝の光でキラキラ輝いている。


さらにもう一度。

今度は十回、新記録だ。

一つ一つの波紋は、小さい。


石がなければ、湖面は静かだ。

意思がなければ、生涯は静かだ。


さてと、最後の石を私は手に取る。

おおきく振りかぶって、湖面に投げる。

あなたの生涯はどんな波紋を広げるだろう。



「告白代行」


「あなたの告白、代わりに私が行います!」


なんだこの広告。そんなものに今はあるのか。

最近は奇抜なことをすれば良いという風潮が流行りすぎて、どうもおかしい。


私には今、好きな人がいる。

次が三度目のデートだ。

世間的には三回目で告白という風潮があり、私も例に漏れず、次に告白しようと思っている。

正直、怖い。その先にどうなってしまうのか。もう関係が終わってしまうのではないか。種々の不安が私を縛る。


話を聞くだけ、そんな言葉が聞こえる。

気づけば私はサイトの番号に電話をかけていた。


翌日、彼はやってきた。

清潔感のある、いわゆるイケメンというやつだ。

「この度はご依頼いただきありがとうございます。」

「こちらこそありがとうございます。具体的にはどういったことをしてくれるんですか?」

「はい、あなたがデートをして、その最中に合図を送っていただければ、私が代わりに告白します。」

「告白の言葉はどういう?」

「私どもの方での調査をもとに、最も成功率の高い文言で行います。」

「なるほど、あの、絶対付き合いたいんですけど、絶対成功しますよね?」

「はい、必ず。では、当日、左手をポケットに入れていただければ、それを合図としましょう。」

「分かりました。よろしくお願いします。」


三日後、三度目のデートの日。

私たちはドライブをし、夕飯を食べ、山からの夜景を見に行く。

あの人も違和感のないように、後ろをつけていた。


「綺麗だね?」

「うん、そうだね」

「星もすごいし、こんな所初めてきた!」


ああ、好きだ。叶うならずっとそばにいてほしい。

しばらく夜景を眺め、取るに足らない会話をする。


「寒くなってきたし、そろそろ帰る?」

「あ、ちょっとだけ待って。トイレだけ行っときたい。」


私はそう言って、その場を去りながら左手をポケットに入れる。


彼は私とすれ違い、彼女の元に歩み寄る。


「告白代行のものです。」


その言葉だけが聞こえる。

その後のやり取りはうまく聞き取れず、ヤキモキしているうちに彼が去っていった。

私は彼女のそばに戻る。


「これからよろしくね!」

「ありがとう、こちらこそよろしく」


どうやら成功したようだ。

私はこうして、晴れて彼女と付き合えたわけだが、何か心から大きなものが失われているような感覚に陥る。

私は彼女を手に入れたわけだが、それと同時に何か大事なものをなくしてしまった。

それが何かは告白から逃げた私には分からない。

これでよかったのだろうか。

そんな違和感を持ちながら、これからも彼女の側に居続けることを誓う。



「既読スルー」


「明日18時に大阪駅でいい?」


私はLINEを送信する。

明日の遊びの約束のために。


まあ、流石に明日のことだし、すぐ帰ってくるでしょ。

5分後、既読がついた。

よかった、これで決まりそう。


しかし、一向に返事がこない。

普通、見たらすぐ返せるよね?

10分、15分、時間が過ぎてもスマホは沈黙を貫いている。


一旦シャワーでも浴びて自分の生活をしよう。

風呂から上がって服を着て、再びスマホを手に取る。

通知はなし。既読はあり。

なんで?どういうこと?

追いラインしていいものか、でも相手を急かすのも良くないよな。


しばらくは見ずにいて、時刻は24時。

そろそろ寝ようかと思いスマホを見る。

通知はなし。既読はあり。


心にもやを残しつつ、私は眠りに落ちる。


翌朝、アラームを止め、スマホを見る。

通知はなし。


どうしようか、昼まで待って、何もなかったらまた連絡しよう。


12時、通知なし。

「これでいい?」

その一文を送る。


15時、通知なし。

LINEを開くと、さっきのメッセージにも既読がついている。

え?なんで?


学校を終え、気づけば18時。

もういいよね、向こうが返事しなかったんだし、行かなくても。


翌朝、スマホを見る。

昨日もし向こうが来てたら悪いなという気持ちで、「ごめん、昨日忙しくていけなかった」と事後報告。


翌朝、スマホを見る。

また既読。返信はなし。


1週間後、通知が来る。

「ごめん、寝てた」


そんなわけあるか、なんだったんだ、この時間は。


感情を押し殺し「了解」の二文字を送り、そっとスマホを机に伏せた。



「お別れ屋」


別れはつきもの。

人生のどのフェーズにおいても必ず付きまとう。

卒業、失恋、退職、死別。

そこには悲しさ、寂しさ、晴れやかさ、様々な感情が混ざり合う。


そんな別れを見送る、励ます。

それが私の生業だ。


今日もまた一人、別れ人が訪れた。


「こんにちは、ここがお別れ屋さんですか?」

「ええ、そうですよ。」


リュックを背負った少年が一人、扉を開いて入ってくる。


「どのようなお別れですか?」

「僕が引っ越すことになって、」


少年はそう言ったと思うと、途端に瞳に大粒の涙を浮かべ始める。


「それでね、、ずっと友達の、友達にお別れしなきゃいけなくて」

「分かりました。ゆっくりで大丈夫ですよ」

「うん、明後日が引越しで、最後にありがとうって言いたくて」

「良い心がけですね。分かりました。明日、もう一度訪れてください。お別れの練習をしましょう。」

「分かりました。ありがとう」


少年はゆっくり扉を開けて帰っていった。


翌朝、少年が訪れた。


「おはようございます。昨日、家に帰ってお別れの言葉を考えてきました。」

「おはようございます。いいですね、是非お聞かせください。」

「今まで仲良くしてくれてありがとう。引っ越してもこうくんはずっと友達だよ。また遊ぼうね!」

「良い言葉です。それをそのまま伝えると、こうくんも喜んでくれることでしょう。」

「でも、僕、絶対に泣いちゃうから、ちゃんと言えない気がして…」

「泣いたってかまわないんですよ。それだけ、その気持ちが本当のものだと言うことです。

途中で詰まっても、泣いても、最後まで伝え切りましょう。それが正しいお別れというものです。」

「うん、わかった。明日は一緒に来てくれる?」

「お二人に見えるところにはいられませんが、必ず見守っています。」

「ありがとう」

「いえいえ、これが私の仕事ですから。」


今朝は雲ひとつない晴天だ。

別れとは程遠いような、晴れやかな天気。


私はコートを羽織り、みどり公園に向かう。


別れ人とこうくんがベンチに座っている。

私は近くの木の影に佇む。


「こうくん、話があるの。」

「知ってるよ。りゅうくん、引っ越すんだよね?」

「そう、それでね、」


りゅうくんの目にはすでに涙が溢れる。

私は二人を見ながら、しかし助けには入らない。


「それでね、今までありがとう。仲良くしてくれて、ありがとう。」

そこまで言って、涙が決壊する。

晴天に降る雨のように。

私は、その様子をそっと見守る。


「引っ越しても、こうくんはずっと友達だよ。

また、遊ぼうね!」

「もちろんだよ!また遊びに行こ!」


返事をするりゅうくんの目にも涙が溢れる。

その後いくつかの言葉を交わし、りゅうくんが公園を離れる。


私は木陰を出て、空いた席に腰を下ろす。


「よくがんばりました。素晴らしいお別れでしたよ。」

「ありがとう、お別れ屋さんが見てくれてるって思ったら、頑張って言えたよ」

「ええ、ちゃんとお別れをさせてあげる。それが私の仕事です。それでは、これからも末長くお元気で。」


そう言って私もみどり公園を後にした。


店に帰り、ホットコーヒーを飲みながら、さっきの余韻に浸る。

うん、素晴らしいお別れでした。


カランカランと扉が鳴って、また一人新たな別れ人が私を訪ねてきたようだ。



「隣、座ります」


「隣、座ります」


そう書かれた段ボールを首からぶら下げて、彼女は改札口に立っていた。まっすぐ前を見つめながら。


その強さに魅了されて、私はつい、声をかけてしまった。


「あの、今から帰るのですが、隣に座ってもらえますか?」

「ええ、行きましょう。」


彼女はそう言うとすぐにICカードをタッチしてホームに歩を進める。


「あの、あなたは目的地とかないんですか?」

「ないです。今日は誰かの隣に座る。ただそれだけです。」

「何の為にそんなことしてるんですか?」

「理由はないです。ただ私がしたいと思ったからしてるんです。」


やはり強い。この毅然とした態度、自分がしたいからそうする。いつからだろうか、その感覚を失ったのは。

ただ毎日会社に行って、しなければいけない仕事をする。そこに自分がしたいなどと言う意思はない。


帰宅ラッシュの中を抜け、いつもは乗らない普通電車のシートに腰を下ろす。

流石に車内ではダンボールは外すようだ。


衝動的に頼んだはいいものの、いざ隣に座ると話すこともない。当然だ、今日初めて会ったのだから。

彼女の方を見ると、背筋を伸ばしてまっすぐに前を見ている。


「家はこっちの方面なんですか?」

「いえ、違います。」

「え、じゃあ同じ方面の人を待った方がよかったんじゃ」

「それはできないです。私に声をかけてくれた人の隣に座る。そう決めていますので。」

「そうなんですか」

何だかこの人に全てを預けてみたい気持ちになってきた。


「今日ちょっとしんどいことがあって、あなたはしんどいことがあったらどうしますか?」

「しっかりと休みます。しんどい時は、休むに限ります。」


そうか、そうだ。しんどい時は休むんだ。


「でも休んだら会社に迷惑かけるかもしれないじゃないですか?」

「しんどい時は休む。復帰したら前以上に頑張る。それでいいと思っています。」


何も言えない。その通りだ。


「今の仕事、あんまりやりたい事じゃないというか、だけど仕事をしなければ生きれないし、転職も上手くいくか分からないし。」

「そこは割り切りです。私はこうして、仕事外の時間にやりたいことをしています。これで満足です。では、ここで降ります。ありがとうございました。」

「あ、ありがとうございました。」


颯爽と歩く彼女の背を私はただ呆然と見つめていた。

最寄り駅の改札を抜けると、いつもより星が輝いていた。



「単発応援」


「単発応援」


そう書かれた看板のそばに、一人の綺麗な女性が立っている。


公園をランニング中のお兄さんが声をかける。


「応援してくれるんですか?」

「はい、一回だけ。」

「お願いします。」

「まだまだここから、ラストスパート頑張っていきましょう!」

「ありがとうございます!」


そういうとランナーは以前より速いペースで駆けだした。

意外にもしっかりと大きな声ではきはき応援するんだ。


昼休憩中の会社員が今度は声をかける。


「ちょっと仕事でミスしてしまって、応援いいですか?」

「ミスしたものは仕方ないです。ここから挽回していきましょう!」

「ありがとうございます。怒られてばっかなので、励ましてもらえてうれしいです。」


会社員は空を仰いで、公園の奥に消えてゆく。


大人って大変だなあ。

中学生の僕にはまだわからない。

僕は今年受験で、中々成績も伸びず、志望校にも遠く及ばなさそうだ。

気晴らしに公園に来てみたら、こうして妙な看板に出会った。


応援してもらおうかな、でも知らない人だしな。

そんなことを考えてうろうろしていると、今度は大学生くらいの女性が声をかける。


「私、失恋して、もう恋愛なんてこりごりなんです。何か応援してくれませんか?」

「あなたは素敵な人です、きっといい人生を過ごせます!」

「ありがとうございます。」


そんな無責任な、その人と今あったばかりでしょ?

そう思ったが、女性はどこか晴れやかな表情で歩き出した。

そういうものなのかな。


意を決して僕も声をかけることにする。


「あの、応援してくれますか?」

「はい、一回だけですが。」

「僕は今高校受験中で、志望校にも届きそうになくて、成績も毎日勉強してるのに伸びなくて。」


言いながらわずかに涙腺がじんとするのが分かった。


「どうすればいいでしょうか?」


思いがけず質問になってしまう。これじゃ応援できない。


「諦めたらだめです。君の努力は必ず実を結びます。結果いかんに関わらず、今後の人生に良い影響を与えることは間違いありません。これからも頑張ってください!」

「ありがとうございます。」


なんだろう、今初めて会ったのに、ここまではっきり言いきってくれるとなんだかできるような気になる。

そうか、皆こんな気持ちになったんだ。

僕は深くお辞儀をして塾に向かって歩き出す。

掌に太陽に照らされた雪が降り落ちる。

後ろからは「応援してください。」の声が聞こえてくる。

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