ゴブリンロードとお酒
ドルンはマチルダをシュトルツに乗せることにした。彼女の方が彼よりも軽く、魔物の負担を減らせるからだ。 突然、遠くから「オーリファルク」の鳴き声が聞こえてきた。
オーリファルクは、二本の角を持つ黄金色の小さな鳥だ。その鳴き声はピアノの音色に似ており、森の中にピアニストがいると思い込んだ者を誘い出す。彼ら自身に悪意はないが、恐ろしい「ゴブリン・ロード」たちに利用されることが多い。彼らはオーリファルクを使って人々をおびき寄せ、略奪した後に殺害するのだ。
マチルダ:「なんて綺麗な音…森の中でピアニストに会えるなんて珍しいわね。」
ドルン:「あれはピアニストじゃない。オーリファルクだ。音に惑わされるな。…俺がいなかったら、今頃ふらふらと行っていたんだろう?」
マチルダ:「だって、あんなに美しいメロディを奏でるピアニストがいたら、誰だって見に行きたくなるわよ。」
ドルン:「お前の言う通りだ。だが、もし行っていたら死んでいただろう。オーリファルクは、よくゴブリン・ロードに使われているんだ。」
マチルダ:「ゴブリン・ロード? 何それ、鎧ちゃん(アーマーちゃん)。」
ドルン:「獣人の無知さには驚かされるな…。いいか、ゴブリン・ロードについて講義してやる。その名に反して、彼らは君主でもなければゴブリンでもない。見た目は人間に似ているが、肌が緑色なのでそう呼ばれている。さらに、彼らは他のどの魔物や種族よりも10倍は賢い。その知能ゆえに恐れられているんだ。彼らはオーリファルクを利用して旅人を誘い出す。音色に見惚れた旅人は、自分が狼の口(死地)に向かっていることにも気づかない。」
マチルダ:「なるほど…。あなたが教えてくれなかったら、私、死んでたかもしれないわね。」
ドルン:「ああ、その可能性は高い。だが、オーリファルクが単独でいることもある。周りにゴブリン・ロードがいない場合もな。」
マチルダ:「ゴブリン・ロードって、普段はどこに住んでいるの?」
ドルン:「森の中だ。そして、ここは奴らの縄張りかもしれん…。」
マチルダは唾を飲み込んだ。
マチルダ:「えっ、じゃあ急がないと!」
ドルン:「怖がるな…。ゴブリン・ロードは獲物の『恐怖』を察知する。お前が怯えれば、すぐに気づかれるぞ。」
マチルダ:「そんなの無理だよ、鎧ちゃん! もう十分怖いし、もうすぐ夜になっちゃう…。夜の森が一番怖いの!」
ドルン:「恐怖を制御しろ…。」
マチルダ:「無理だってば!」
ドルンはため息をついた。
ドルン:「仕方ない、戦うことになるかもしれんな。はぁ…戦うなんて1000年ぶりだ。」
マチルダ:「ごめん…本当に怖いの。」
夜が訪れた。ドルンとマチルダは森の奥深くへと進んでいた。木々が軋む音、枯れ葉を踏む音、暗闇で見えない動物たちの気配…すべてがマチルダを恐怖させていた。
ドルン:「ここで寝るぞ。」
マチルダ:「ええっ!? 正気? なんで今すぐ森を抜けないのよ。」
ドルン:「平原に戻るまで、まだ10時間は歩く必要があるからだ。」
マチルダ:「でも、もし狼やゴブリン・ロードが来たらどうするの?」
ドルン:「言っただろう、俺が戦う。」
マチルダ:「わかったわ、鎧ちゃん…。」
ドルン:「水と蜂蜜を汲んでくる。すぐに戻る。」
マチルダ:「気をつけてね。」
材料を集め、ドルンは仮のキャンプ地に戻ってきた。
ドルン:「よし、料理にするぞ。」
マチルダ:「何を作るの?」
ドルン:「美味い蜂蜜酒だ。」
マチルダ:「はあ!? 私のは?」
ドルン:「『私のは』とはどういう意味だ?」
マチルダ:「ビールなんて飲まないわよ、ちゃんとした食べ物を食べなきゃ。」
ドルン:「何を言っている? 蜂蜜酒以上に美味で純粋なものなどない。」
マチルダ:「飲むだけじゃ足りないの! 食べなきゃダメ、鎧ちゃん。」
ドルン:「いいや。酒さえあれば、あらゆる生命は満たされる。」
マチルダ:「誰がそんなこと教えたのよ…。」
ドルン:「不死者は空腹を感じれば、ただ酒を飲む。他の種族も同じだと思っていたが。」
マチルダ:「鎧ちゃんも不死者ちゃんも、食生活に関しては本当に無知なんだから! あはは!」
ドルン:「なぜ笑う?」
マチルダ:「だって、私は普段果物や肉を食べるわ。あなたは食べないの?」
ドルン:「ないな。我らは蜂蜜酒しか口にしない。」
マチルダ:「一億年(?)も生きてきて、多くの勇者パーティーに同行しておきながら、そんなことも知らなかったの?」
ドルン:「奴らが食事をしている間、俺はいつも見張りをしていたからな。」
マチルダ:「一生、その蜂蜜ビールだけ飲んできたってこと?」
ドルン:「不死者はそれしか飲まん。」
マチルダ:「他の飲み物も、肉の一片も食べたことがないの?」
ドルン:「ああ。」
マチルダ:「信じられない! 不死者って、この広い世界で一番のアル中種族じゃない! あはは! 鎧ちゃんたちはみんなアル中なんだ!」
ドルン:「…………。」
マチルダの笑い声に混じって、突然奇妙な唸り声が響いた。ドルンは素早く立ち上がり、低い声で言った。
ドルン:「くそ…来たか。」
マチルダ:「え、なんて言ったの? 鎧ちゃん。」
ドルン:「何でもない。材料を一つ忘れただけだ。気にするな。」
それは少女を怖がらせないための嘘だった。ドルンは脅威が近づいていることを察知していた。
ドルン:「少し森を見てくる。」
マチルダ:「早く戻ってきてね。」
ドルンは音がしたと思われる方へ進んだが、そこには何もなかった。しかし、殺気は感じられる。暗闇で視界が悪いため、彼は「爆発蛍(松明代わりになる小さな生物)」を放った。 光で周囲を照らしたが、やはり何もいない。ふと空を見上げると、木の上にゴブリン・ロードがいた。奴は蜂の巣から蜂蜜を貪っていたが、ドルンと目が合うと叫び声を上げ、地面に飛び降りた。 それは太っているが筋肉質で、草のように緑色の肌をしていた。 奴はゴリラのように胸を叩くと、木を引き抜き、ドルンに向かって投げつけた。ドルンはそれをかわしたが、衝撃で地面が揺れた。怪物が再び咆哮すると、異変に気づいたマチルダが叫び返した。
マチルダ:「何があったの、鎧ちゃん! 転んだの!?」
ドルン:「心配するな、すぐ戻る!」
ゴブリン・ロードはマチルダの声を聞き、その高い知能で察した。目の前の相手は不死者であり、殺すことはできない。ならば標的は、無防備な狐の少女だ。 怪物は木々に飛び移り、枝から枝へとマチルダの方へ向かった。
ドルン:「くそっ、待て!」
怪物は嘲笑うかのように吠えた。
マチルダ:「鎧ちゃん、誰かが木の上から近づいてくる音がする!」
ドルン:「落ち着け。俺の合図でタイミングよく『ロイエ(火)』を使え!」
マチルダ:「えっ、なんで!?」
ドルン:「いいから言う通りにしろ!」
マチルダ:「……!」
ドルン:「三、二、一、今だ!」
影がマチルダに飛びかかった瞬間。
マチルダ:「ロイエ!」
火球が怪物を直撃した。
ドルン:「シュヴェルトクンフト(剣技・魔剣召喚)!」
ドルンの右手に光が走り、道筋を描く。その光が剣の形を成すと、実体を持った本物の剣がその手に現れた。
マチルダ:「ご、ご、ゴブリン・ロードだわ!」
ドルン:「チッ、頼むから逃げてくれ。邪魔になる。」
凍りついていたマチルダは、弾かれたように走り出した。
怪物はドルンを無視し、再び木を引き抜いて逃げる少女へ投げつけようとした。 しかし、ドルンがそれを阻止し、怪物の両手を切り落とした。 だが、ゴブリン・ロードには再生魔法がある。
ドルン:「チッ…。」
怪物は再び叫び、また投げようとしたが、その度にドルンに手を斬られる。 10回ほど繰り返した後、怪物はドルンを阻止しなければならないと理解した。 ドルンは脳と心臓を奪うべく突撃する。 怪物は引き抜いた大木を盾にして、ドルンの魔剣を防いだ。 不意にドルンの隙が生じ、怪物が振り回した大木が彼の兜を直撃した。土煙と共にドルンが地面に倒れ込む。
マチルダ:「鎧ちゃんーー!!」
ドルン:「クソ……痛てぇな。」
兜が壊れていないことに驚愕する怪物。
ドルン:「今回はやりすぎだぞ、閣下。」
ドルンは再び「シュヴェルトクンフト」を唱え、左手にも二本目の剣を出現させた。 二刀流で攻め立てるドルン。怪物は木で防ごうとするが、ドルンはその両足を鮮やかに斬り落とした。 苦痛に悶え、怪物の守りが崩れる。 ドルンは一本の剣を心臓に、もう一本を脳に突き立てた。
剣先が青い心臓と脳の一部を貫き、ドルンが魔法を解くと、二本の剣と共に臓器が地面に転がった。 怪物は完全に絶命し、崩れ落ちた。 ドルンは疲れ果てて息をついた。
ドルン:「マチルダ、戻っていいぞ。死んだ。」
遠くの木の陰に隠れていたマチルダが戻ってきた。
マチルダ:「やったのね……」
死体と地面に転がる臓器を見て、マチルダは悲鳴を上げた。
ドルン:「悪い、グロいのは分かっているが、こうするしかなかったんだ。」
マチルダ:「助けてくれてありがとう、鎧ちゃん。なんだか好きになっちゃいそう。」
ドルン:「よせ。お前のために言っておくが、俺を好きにならない方がいい。」
マチルダ:「そういえば、魔法が使えるなんて知らなかったわ。」
ドルン:「俺が使えるのは『シュヴェルトクンフト』だけだ。」
マチルダ:「それだけでもすご過ぎるわよ…。さて、今度こそ食べましょう?」
ドルン:「ああ、飲もう。」
マチルダ:「違う、食べるの!」
その後、二人は眠りについた。




