いらない子のようなので、出ていきます。さようなら♪ その3
アンディは、生まれる前の記憶、いわゆる前世記憶を持って生まれてきた。
前世も今と同じ国である、バラナーゼフ王国で生き、そして若くして死んだ。
それは父親である国王に、殴られて頭部を打ち付けられた脳内出血によるもので、死んだ実感もないほどあっと言う間のことだった。
彼の当時の名は、アルフォーデ・リル・バラナーゼフ。これがアンディの前世であり、正当なる王妃レイカの第一王子だった。
現世から5代ほど前に遡るこの国では、女好きな暴君が多くの側室を侍らせる、秩序の崩れた状態にあった。
王妃である彼の母親は大国の第二王女で、政略結婚の為にこの国に送られた。普通ならば畏れ多い存在であるものの、それが通じる場所ではなかった。
当時の国王ジャンクール・リル・バラナーゼフは、驚くほどの強大な魔法を瞬時に繰り出し、敵をなぎ倒す力を持っていたからだ。
おまけに治癒の能力も高く、毒を盛られても自力で治し、即座に相手に報復にでるような胆力を備えていた。
◇◇◇
そんな彼だが、生まれは力ない側室の第四王子で、母子共に蔑ろにされ、古びた離宮でひっそり生きていた。
それと言うのも彼の母は一応貴族だが、裕福でない家にお金を送り幼い弟妹の教育を助け、結婚をせずに文官として働いていたからだ。
元々側妃の候補にも入らないような家柄の出だから、他の妃達に反感を買っていたのだ。
そもそもが既に側室も2人いる国王が、彼女の美しさゆえに無理矢理妃に加えた為に。
「身分が違います。それに私には、養わねばならぬ弟妹もおりますので、何とぞお許しを」
深く頭を垂れ懸命に国王へ願うも、願いは聞き届けられない。弟妹の教育費はくれてやるとばかりに、国王は彼女の生家に大金を送りつけて、娶ってしまう。
そんな美醜に左右される国王だから、彼女が妊娠し体型が崩れると、すぐまた違う女性に目移りしたのだ。
「大丈夫じゃ、今度は結婚はしない。平民など金を渡しておけば、満足するだろう」と、王妃には言い訳を繰り返すばかり。
そんな碌でもない男だったが、政務は熟すので周囲は強く言えないようだった。何より側室にと言わなくなり、まあ仕方ないと思われていた。
その代わりにジャンクールと母はその後、城の端にある離宮に送られたのだった。
それまでいた宮内とは違い、代々廃妃が送られる古ぼけた建物。
それでも様々な悪意に晒されていた宮内より、ずいぶんとマシだった。
共に付いて来てくれた使用人のマリラが、彼らに深く同情したからだ。彼女は50代のベテランだが、平民出身であり昇給はしていなかった。
位の低い側妃に付くことをみんなが嫌がり、彼女が押し付けられたようなものだが、彼女はここに来られて良かったと思えた。
庭はまるで草原のようで小さな花が咲き乱れ、手入れがされていない風避けの木には、果物がなっていた。
肥料の少ない果物はすっぱかったけれど、ジャンクールが木に登り取ってくると、みんなが喜んだ。
「うわっ、またすっぱかったみたい。美味しいのじゃなくてごめんね」
「ご苦労様。これは砂糖と混ぜてパイにして貰いましょう。きっと甘酸っぱくて美味しいわ」
「うん、ありがとう。楽しみだよ」
「お任せ下さい、坊っちゃん。とびきり旨いのを作りますから」
「うん。マリラのお料理大好き」
「それは嬉しいですね。では、早速作りますか!」
小太りの彼女は、体を揺らして笑顔で駆けて行く。笑顔で答えてくれるその様子に、母子も顔を合わせて微笑んだ。
宮内にいるよりも、ずっと幸せだった。
けれどその幸福は、母の突然の死により幕を閉じた。
離宮で過ごす彼らを見ていた、年の近い側室が毒を盛ったのだ。
「あんた達がいないせいで、宮内では私が一番身分が下になった。
そのせいで今度は、私が標的となり虐められる。
離宮に送られたのだから、もっと悔しそうにしていれば……こんなことしなかったのに…………ぐすっ」
罪を犯した側室は捕まり城内に謹慎、彼女の子は生家に養女として戻された。毒殺のことは外部に発表されず、ジャンクールの母は病死とされた。
毒の入ったお菓子を送った側室は生家の身分が高く、死罪にすることもできなかったらしい。
ジャンクールの母の生家が、力ない貴族家と言うこともあったのだろう。
裏の取り引きも、あったのかもしれない。
毒味薬のいない離宮。
ジャンクールの母は、他妃の差し入れをマリラに毒味をさせることをせずに、いつも少量を自分で口にして、貰った感想を文に認めて送っていた。
食べずに無視することで、後で問題が大きくなることを避けたのだ。
今までは施しだと、嫌みの文が入っている混入物のない物か、イタズラ的な下剤が入っているだけだったので、死ぬとは思っていなかった彼女。
そんな感じの別れだったから、「……ごめんね……ずっと傍に居られなくなって……」と、僅かな言葉が遺言となった。
「お母様、僕を置いていかないで。神様、他に何もいらないから、お母様だけは奪わないで! うわ~ん」
彼の慟哭に寄り添うのは、マリラだけだった。国王さえ死を悼む様子も、久々に会う彼にかける言葉さえもなかったのだから。
ジャンクールとマリラは、ジャンクールの母の死因が毒だと知っていた。けれど誰にも怒りをぶつけずに、マリラと泣き腫らす日々を送った。
その時にはもう、言った分だけ自分が痛め付けられることを、知っていたからだ。
「酷い! 奥様は悪いことはしていないのに。こんな風に殺されるなんて! うっ、むごいです」
「しっ、マリラ。誰かに聞かれたら、責められるのは君だ。僕には何の力もなく、庇うこともできないから」
「そんなこと……言わないで下さい。勿論です。庇うなんてしないで下さい。
坊っちゃんはこんなに幼いのに、母と別れてしまって……私はそれが苦しいんです! こちらの方こそ、専属のメイドなのに抗議もできず、申し訳ありません」
マリラとジャンクールは抱き合い、母の眠る墓前を何度も訪れ、涙を流すのだった。
母の死因である毒に怯え摂食障害になったり、心ない王妃や側妃の子供らに罵りを受けたが、彼は心身を病むことはなかった。
彼の中にある強大な魔力が彼を生かし、母の死以上に辛いことはなく気持ちが動かなかった。
マリラだけが彼の心を支え、身の回りの世話をした。
悲しみを乗り越えた彼は、国王に願い魔法の勉強を始める。その才を認められ、戦場に身を置くのはそれから2年目の12歳の時だった。
彼は男児であることで、母の生家に戻ることはできなかった。
◇◇◇
そんな彼は他国との戦争で功績を上げ、いくつもの勲章を授けられた。
それと共に王位継承権の高い兄達から疎まれることになるが、彼は相手にしなかった。
それどころか、必ず勝てると言われていた勝ち戦に赴いた次兄と三番目の兄が戦士し、王太子も流行り病で亡くなったことで、第四王子のジャンクールが王太子となった。
王妃と側妃は悔しげな顔で彼を睨んだが、国王は彼の活躍に満足していた。
「ジャンクールは、死線で何度も生き抜いた。
素晴らしき魔法の力は、この国の次の王に相応しい。
さすが我が息子である。はははっ」
そして彼が王位に就く前に、彼の父である国王が王妃と側妃を貴族牢に入れた。秘密裏に。
表向きは流行り病に倒れたと周囲には伝えて。
「貴方、どうしてこんなことを! いったいどうしたと言うのですか?」
「私は国王を愛しております。今までずっと、お尽くししてきたじゃありませんか! 酷いですわ!」
牢に入れられる妃達は、そう言って叫んだ。
国王に考え直すように、縋り付きながら。
けれど国王は呆けた表情で、同じことを呟くのだ。
「声が聞こえるんだ……亡くなった側妃の声が……甘く優しく……俺を許すと言って……ジャンクールに任せれば良いと……だから俺は……あいつに任せた……これはジャンクールの指示……………………。
声が聞こえるんだ……亡くなった側妃の声が……甘く優しく……俺を許すと言って……ジャンクールに任せれば良いと……だから俺は……あいつに任せた……これはジャンクールの指示……………………」
繰り返す声に従う国王と、その側近達は、王妃と側妃の処分について尋ねると、途端におかしくなる。
けれどそれが、ジャンクールの仕業だと言える証拠はない。
いくら王妃が騒いでも、国王から王太子と同じ流行り病だと言われれば、家族も面会にも来なかった。
今度は王妃と側妃が、孤立させられたのである。
プライドの高い彼女らは、綺麗なだけの部屋に幽閉されて心が病んだ。彼らの世話は今まで通り、彼女が家から連れて来た侍女が就くことに。
その後彼女らも病が移ったと嘘の話をして、家族との連絡を取れなくした。
家族には国王の側近達が「大事な娘さんを病に巻き込み、大変申し訳ない」と謝罪し、侍女の生涯年俸ほどを慰謝料に渡せば、「それが娘の仕事でしたでので、受け入れております。却ってこんなに丁寧にして頂き、申し訳ありません。お役半ばで倒れ役目を全うできず」との言葉を受けとることに。
他の貴族家でも多額の慰謝料があったせいか、不満を漏らすものはいなかった。
彼女達は王妃らと纏めて幽閉され、ジャンクールの気の済むまで、閉じ込められるのだろう。
何の憂いなく王位に就いたジャンクールは、寄せ入る敵を彼1人で前線に立ち、特大の火力で丸焼きにし続けた。
それに恐れをなした各国は、姫を人質のように送り和平を結ぶことに。
南の大国からは美しいと評判の第二王女が嫁いで、王妃となり男児を成したが、側室を拒まない彼は10人を越える女性を傍に置いた。
だが子供時代にトラウマのある彼は、表面上は穏和だが、大人になっても高位貴族を心の中で憎悪していた。
レイカ王妃は優しく美しい女性であったが、その裏には自分に対しての汚い蔑みや、他者を貶める狡猾な面が潜んでいると疑っていた。
だから彼女には決して心を許さず、母親と同じような身分があまり高くなく、家庭で(貧しい、または虐められるなどの)問題のある女性ばかりに気を許したのだ。
本当は頭の回転が良く、笑顔の綺麗なレイカが大好きだったのに。
彼の態度は使用人にも伝わり、次第にレイカは侮られることになっていく。
アルフォーデは優しい母が不憫で、でも王妃足る器を持ち颯爽とした彼女が大好きだった。
政務に手を抜かず、アルフォーデにも熱心に教育と甘えを許す母は、いつも凛としていた。
だからこそ自身の不調にも、気付くのが遅れたのだろう。病に気付いた頃には既に時遅く、ジャンクールにも体調を隠していたレイカが彼に会ったのは、死ぬ間際だった。
ジャンクールは最低限しか彼女に関わらなかったから、いつも凛とした彼女の異変に気付いていなかったのだ。
「な、なんで言わない。俺の力があれば、治ったかもしれないのに。ここまで酷い状態では無理だ…………」
それを聞いてアルフォーデは怒りを顕にした。
「貴方がそれを言うのですか? 母はずっと待っていました。それなのに誕生日の贈り物どころか、顔も合わせることすらなく放置して置いて!!!」
怒りに燃えるアルフォーデは、我慢ができなかった。
彼は次期王太子として、勉学も、剣技も、さらに魔法学も優れていた逸材だった。
謙虚さを兼ね備え、機嫌に左右される国王からも、その身を守ってきたのに。
「うるさい、うるさい!!! 子供の分際で、生意気な。
大人にはいろいろあるのだ。その俺を非難するとは、何様だと思っている!!!!!」
行き先のない憤りは、まだ13歳の少年に襲いかかり、突き飛ばされた彼の体は魔力が加わり、壁に打ち付けられた。
「ガハッ、僕は貴方を認めな、い………………」
「まだ言うのか、忌々しい奴め!」
ジャンクールの怒りは鎮まらず、ただただレイカの手を握って死ぬなと声をかけていた。
当のレイカは手を振りほどける力もなく、ただ息子の安否を気にしていた。
「あ、アルフォーデ…アルフォー、デ……怪我は……ああ、誰か…あの子を…助けて…お願い…お願いよ…………」
命が消える瞬間まで心配で涙を流し、ジャンクールを見ることなくアルフォーデを見つめていた。
彼女が「アル、フォーデ……」と呟いて命を閉じた頃、アルフォーデもまた、間もなく命の火を消したのだ。
駆けつけた医師が彼を診察すると、脳内の出血により呼吸の神経を徐々に圧迫していった。さらに全身が打ち付けられ、臓器から出血し機能不全をおこしていた。
手の付けられない状態だったのだ。
「そ、そんな、脆弱過ぎるだろ? 嘘だ…………」
まさかのことに膝を突き、茫然自失のジャンクールは、この日王妃と王太子を亡くした。
レイカはジャンクールを愛していないが、政治バランスと強さには惹かれていた。
彼は母親似の美しい顔だったから、ずっと憧れてはいたのだ。
いつか年寄りになってからでも、その頃の話をしたかったと思うくらい。
そしてジャンクールも気付いていた。
自分が好んでいた女達は、金と権力だけが目当てで、自分のことを愛してはいないと。
心から望んだのは、レイカだけだったと。
けれど………………。
そのレイカは、最期まで息子だけを見ていた。
ジャンクールを瞳に映すこともなく。
そして彼女の愛した息子は、自分が殺してしまった。
「そんなつもりじゃなかった。死ぬなんて、思ってなかったんだ………………」
◇◇◇
この日、王妃、王太子が亡くなり、国王はその悲しみで正気を失った。
「国王はきっと、心だけでも王妃を追いかけて行ったのだろう。いつも瞳は彼女を見つめていたから」と、誰かが呟いた。
その後。
国全体が悲しみに包まれ一時的に混乱したが、優秀な宰相により事なきを得たと言う。
◇◇◇
次は何故、今のアンディになったのか?
生まれた生家での話になります。
一度に書けなくてすいません。