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第8話 魔術師の兄弟


「あ、あの! あのあのあのっ!」

「……何だよ、うるさいな」


 昼寝をしようとまぶたを落とした瞬間、生徒の一人に声を掛けられた。


 真っ赤な髪を一つ括りにした少女。

 彼女は爛々と目を輝かせながら、俺の頭からつま先までを舐めるように見回す。


「すごい……本物だっ! 本物のヴァイスさんだ……!」

「見世物じゃないんだ。静かにしてなきゃ、その舌燃やすぞ」

「うわっ、生の悪態つかれた!! 本物カッコいいー!!」

「……」


 凄む俺を見て、なぜかキラキラと目を輝かす。

 何だよその反応……怖がれよ、何て言ったらいいかわからないだろ。


「ふふっ。ヴァイス様、顔が赤いですよ。カッコいいと言われて照れました?」

「そ、そんなわけないだろ! 変なこと言うな!」


 悪戯っぽく笑いつつ、俺の頬をつつくスピカ。


「夫婦仲は良好……っと、なるほどなぁ……」

「何だよそのメモ!? 今すぐ消せ!」

「い、嫌ですよ! あたし、ヴァイスさんのファンなので!」

「…………は?」

「ナーシャって言います! あの……あ、握手してください……!」


 わけがわからず目を見開いたまま硬直していると、「どもどもー」とスピカが勝手に俺の手を掴んで差し出した。握手を交わしたところで、ハッと我に返る。


「ファンとか適当なこと言いやがって……お前、何のつもりだ?」

「いや、本気ですから! 魔術師は血統が全てと言われる中、たくさんの差別を受けながらも路上暮らしから〝神話級魔術師プラチナ〟にまで登り詰めた努力の鬼! ちょー尊敬です! マジリスペクトですよ!」


 確かに魔術師としての能力に血は欠かせない要素だし、俺に魔術を教えてくれるようなやつはいなかったし、そういった障害を自力で突破して今の地位に着いた。


 だが、それを面と向かって褒められたことがなく、頭の中がただ混乱する。

 どう反応すればいいのかわからない。


「あたし、普通の農家の生まれで……たまたまちょっと魔術ができたからこの学校には受かったけど、全然周りについて行けなくて。だから、ヴァイスさんに憧れてるんです! 少しだけでもいいの、魔術、教えてください!」


 口早に言って、深々と頭を下げたナーシャ。


 ……何が憧れてるだよ、バカバカしい。

 俺がこれまで何して来たのか、ちゃんとわかってるのか。憧れられるような生き方なんて、一つもしてないんだぞ。


 大体、俺が受けたのは護衛の仕事だ。

 講師を頼まれた覚えはない。


 たいした金も貰ってないのに、そんなのやってられるか。


「ヴァイス様は、『よしわかった、俺に任せておけ』とおっしゃっています」

「待て待て! 俺がいつ、そんなこと言ったんだよ!?」

「頼られ慣れていなくて困っていたご様子でしたので、妻として心の声を代弁させていただきました!」

「ありがとうございます、ヴァイスさん――いえ、師匠!!」

「誰が師匠だ!! 誰がっ!!」


 ナーシャは爛々と目を輝かせ、スピカはいつものやわらかな笑みを浮かべていた。


 ……この調子だと、どうせ断ってもスピカに何だかんだ言いくるめられそうだな。


 昨日も一昨日も、そうだったし。

 俺、こいつにだけは勝てる自信がない。


「はぁー……わかった。同じことは何度も言わないから、一度で理解しろよ」

「は、はいっ! ありがとうございます!」

「あと……おい、お前ら」


 と、こちらを興味あり気にうかがっていた他の生徒たちに視線を向けた。


「聞くなら聞く、聞かないなら聞かないでハッキリしろ。そうやってチラチラ見られるのが一番鬱陶しいんだよ」

「つまりヴァイス様は、『皆の成長の手助けをしたいから、できれば聞いて欲しいな』とおっしゃりたいわけですね?」

「今の発言のどこをどう切り取ったら、そんな解釈になるんだ!?」

「あまりない機会だと思うので、ささっ皆様、もっと近くへ! どうぞどうぞ!」


 スピカの優しい声と表情に空気は和み、ゾロゾロとやって来て俺の前に座った。

 引率の教師陣までもが隅の方に座って、興味津々にこちらを見つめている。


 ……聞いてないで、お前らはちゃんと仕事しろよ。別にいいけど。


「んで、ナーシャ。お前は俺に何を喋って欲しいんだ?」

「え、えーっと……少ない魔力で、効率的に魔術を行使するにはどうすればいいのかなとか! そういうのです、師匠!」

「あー、はいはい……」


 命乞いをされた経験は腐るほどあるが、教えを乞われたのはこれが初めて。


 あの村の連中とは少し違う目。違うが……不快感はない。

 背中を羽で撫でられたように、むず痒い。


「よかったですね、ヴァイス様」


 何もかもわかったような顔で、スピカは微笑む。

 俺は何も言い返せず、咳払いをしてナーシャたちに向き直った。




 ◆




 正直、驚きだった。


「――ってな理屈で、魔力の節約ができるんだ」


 あたしを含めこの場の全員が知るヴァイスさん――いや師匠は、ハッキリ言ってメチャクチャなひとだ。


 世界中の大きな争いごとには決まって呼ばれ、彼を引き入れた陣営が確実に勝利する。魔術師による犯罪組織の壊滅にもひと役買っており、その功績は教科書にも載っている。裏社会の頂点に君臨していて、どんな悪いひとも師匠とだけは揉めないようにしているらしい。


 だから……というわけじゃないけど、教え方も大雑把なものだと思っていた。

 机に座って勉強するより実際に動け、的な。


「詳しくは、『近代魔術の基礎』の第四章と『生活と魔術』の第六章を読め。バカでもわかるように書いてあるから」


 信じられないくらい論理立てられていて、学校の先生たちよりも数段わかりやすい授業だった。


 あたしだけじゃなく、クラスの子たちも目を丸くしている。

 後ろの先生たちは……うわぁ、自信無くした顔しちゃってるよ。ちょっと可哀想だな。


「驚きました……ヴァイス様って何と言うかこう、脳筋なひとだと思っていたので。頭、使うんですね!」

「喧嘩売ってんのか!?」


 誰もが言いたくて、だけど怖くて聞けなかったことを、スピカさんが口にした。

 あたしも皆もプッと噴き出し、師匠は呆れたように息をつく。


「……ん?」


 眉をひそめた師匠。

 直後、激しい音が鳴り響き、船が大きく揺れた。


 え、なに!?

 ちょっと待って、なにが起こったの!?


 誰かの悲鳴が響く。

 あたしもつられて声を上げそうになった、その時。


「――――お前ら、伏せてろ」


 突然の出来事に誰もが混乱する中、師匠の声は誰よりも落ち着いていた。

 冷たく静かな声には、他人に言うことを聞かせる強制力があった。


 その立ち振る舞いに、本当に優秀なひとなのだと否応なく理解する。

 あたしだけじゃなくて、たぶん皆も。


「ギャハハ!! 悪ぃなガキども、楽しい遠足を邪魔しちまってよぉ!!」

「大人しくしてろよ!! アニキは怒ったら、何するかわかんねぇからな!!」


 船の上。

 太陽を背にして浮かぶ絨毯型の魔導具と、それに乗る三人の男のひと。


 取り巻きっぽい二人に視線を向けられ、真ん中の大柄のひとはフンと腕を組む。


「オレは第二のヴァイスって呼ばれてんだ!! 余計なことしたら焼き殺すからな、覚悟しろよ!!」


「「「「「………………は?」」」」」


 クラスメートも先生たちも、皆が一斉に首を傾げた。

 師匠はハハッと喉を鳴らし、好戦的に口角を上げる。その手に滾る炎は、メラメラと燃え盛っている。


「第二のヴァイス? ……へぇ、面白いな、お前」


 あの男たちがどうしてこの船を襲ったのかはわからないが、きっとロクでもない目的だろう。そうとわかってなお、


「――――俺を笑わせた褒美として、お前を殺すのは最後にしてやるよ」


 あたしは……いやこの場の全員は、心底彼らに同情した。 








「第二の、ヴァイス様……!? えっ、まさか双子!? ヴァイス様のご兄弟ですか!? ご挨拶しなくちゃ……!」

「スピカさん……! ぜ、全然似てないよ、よく見てあげて……!」


 今まで会った中で一番綺麗で、お母さんよりも優しそうなスピカさんは、わりと天然さんらしい。


 これもメモしておこっと。



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