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第7話 邪神は夫の付き添い


「おい、あんた」

「ひぇえ!?」


 生徒への紹介が終わったところで、俺は女教師に声をかけた。

 まさか話し掛けられると思っていなかったのか、情けない声をあげて腰を抜かす。


「俺が護衛に合格ってどういうことだよ。常識的に考えて落選だろ」

「え、えっとえっと! もし仮に落としたら私たち殺されるんじゃないかなとか、そんなこと考えてませんよ!? ただその、護衛としてこの上なく適任だと判断しただけで! 生徒たちが〝神話級魔術師プラチナ〟の方と接する、貴重な機会にもなりますし! ほ、本当に自己保身とか、そんなことは微塵もないですから!!」

「…………もういい、わかった」


 要するに、俺が怖かったわけか。


 ……まあ、悪い噂しかないやつが二束三文の護衛の仕事に応募とか不気味だし、万が一落として大変なことになっても困るしな。


「「「「「…………」」」」」


 俺を見て硬直する生徒たち。


 王立魔法学校は、ここら一帯の国の中で最高峰の魔法の学び舎。

 そこに通う子女たちは、ほぼ全員が魔術師の家系の生まれ。将来を約束されたエリートたち。


 だからこそ、俺が誰で、これまで何をして来たのか、いくらか知っている。故にその目には、明らかな恐怖の色が浮かぶ。


 ……はぁー、ったく。

 これじゃあ、遠足どころじゃねえだろ。


「ヴァイス様の妻の、スピカと申します! 今日は夫の付き添いで来ましたっ、よろしくお願いします!」


 冷めた空気を一掃するように、スピカの明るい声が響いた。


 黄金の髪を揺らしながら深く一礼して、蒼い瞳に爛々とした光を宿し優しいスマイル。生徒たちはパチリと目を瞬かせ、彼女に向かって軽く会釈する。


「何でスピカまで来るんだよ。宿で待ってりゃいいだろ」

「だってヴァイス様、寝不足でしょう? もし倒れてしまわれたら、私がしっかりと介抱しないと……!」

「あんたが綺麗な金じゃなきゃ嫌だって言うから、掃き溜めみたいな安宿に泊まるハメになって、まともに寝られなかったんだろうが!!」

「夜のこの通りは治安がよくないからと、私に危害が及ばぬようずっと見張っていてくださいましたよね」

「……め、面倒なことが起こってからじゃ遅いから、そうしたまでだ。ってか、そんなことを大勢の前で言うなよ!」

「ということで皆様、ヴァイス様は本当はとてもよい方なので、どうかよろしくしてあげてください」


 俺の背中を軽く押して、お辞儀をするよう促す。


 よりにもよってガキども相手に誰がそんなことを、と睨みつけるが――。

 スピカの瞳は底抜けの温もりに満ちていて、刺々した気持ちが溶け失せる。自然と頭を下げてしまう。


 何だよこいつ……!!

 何だって、こんなに可愛いんだよぉー!!


「で、では、ヴァイスさんの紹介も済んだところで、早速出発しましょう!」


 女教師の指示の下、生徒たちは校庭に鎮座した巨大な船に乗り込む。


 遊覧飛行用の魔導具。

 しかも、百人は乗れるデカいタイプ。

 かなり値の張る代物だが、こんなのをたかが遠足で使うとか流石は王立魔術学校だな。


「これ、本当に乗っても大丈夫ですか……? もうあの、ビュンビュンは嫌ですよ……?」

「いや、これは俺よりも早く飛ぶぞ」

「ふぇっ!? そ、そんなぁ……!」


 嘘を真に受けて、おっかなびっくり乗船するスピカ。

 動き出してしばらくすると嘘だと気づいたようで、「んもーっ!」と頬を膨らませながら俺をポカポカと殴る。


 ガキどもは俺にビビッて静かだし、スピカと二人空の旅だと考えたら、まあ悪くはないか。こんな天気のいい静かな空じゃ、護衛としての仕事が回って来ることもないだろう。


 んじゃ、昼寝でもするかな。




 ◆




 一週間前。


 王都の路地裏。

 低所得者や浮浪者、犯罪者が集う暗い通りに面した、一軒の酒場。

 

「――――今度のターゲットは、王立魔術学校のガキどもだ」


 柄の悪い大柄な男の発言に、仲間二人は酒を片手にニヤリと笑った。


 男たちは、大陸を渡り歩くひと攫い。

 攫っては売り払い、もしくは身代金を要求する。そうして、あちこちを転々としながら大金を稼いでいた。


「今度、初等部の遠足がある。魔道具で優雅な空の旅……オレたちは、そこを狙う。あそこに通う連中は、どいつもこいつも有名魔術一家の生まれだからなぁ。身代金でガッポガッポ! ついでに売り払えば、二重で儲かるって算段だ! 最高だろ?」

「確かにそいつぁいいが……でもアニキ、相手はガキでも魔術師なんだろ? 自分らの魔術だけで、何十人もまとめて捕まえられるかどうか……」


 仲間からの真っ当な指摘に、男はチッチッと指を横に振った。


「テメェら、オレが誰だかわかってんのか? 言ってみろよ、オレの通り名を」


 男の自信たっぷりな表情に、仲間二人は顔を見合わせて笑顔を浮かべた。


「……だ、第二の、ヴァイス……!!」

「その実力は、〝中級魔術師シルバー〟の中でも最高峰……! 〝上級魔術師ゴールド〟に上がれなかったのは、アニキの実力を恐れて不正に点数を操作されたから、ですよね!?」

「おう、よくわかってるじゃねぇか。……あのアーサーとかいうクソガキ、オレを実力不足とか言いやがって。思い出しただけでムカムカしてくるぜっ」


 忌々しそうに奥歯を噛み締め、パチンと指を鳴らした。

 同時にガラスのジョッキが炎上し、中に入っていた酒が蒸発。ジョッキも跡形もなく燃え尽きる。


 第二のヴァイスという通り名の所以を見せつけられ、仲間二人はパチパチと拍手を贈る。


「とにかく、安心しろって。《《護衛》》がいるようだが、そいつを焼き殺せばガキどもも言うこと聞くだろ」

「「確かに……!!」」

「第二のヴァイス様の力を、存分に見せてやろうじゃねえか!!」

「「うおおぉー!!」」


 酒場にこだまする、悪意と欲望に満ちた声。

 第二のヴァイスはフンと鼻を鳴らし、勝利を確信した笑みを浮かべた。





 護衛が誰なのか、まるで知らずに。


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