堕天—The first necromancy—
愛する夫を亡くした。村で蔓延った流行病だった。
初めは咳が出て、立っていることもままならなくなって、そのうち血反吐を吐くようになって。あっという間に彼は死んでしまった。病の蔓延を防ぐために夫の体は村人たちによってすぐに焼却された。私はそれを拒んだが、無理矢理に夫から引き離されてしまった。
夫が死んだことが信じられなかった。少ししたら農作物を片手に、私の前に現れるんじゃないかと。そんな気さえしていた。そんな私に村人たちは現実を突きつけてきた。
「彼は天に旅立ったんだ。きっとあの世で元気にやっているよ」
「麿子はお腹の中にいる子のためにもしっかりしないと。あの人が浮かばれないよ」
そんなこと、心の底ではわかっている。わかっているけど、受け入れられない。あの世で元気にやっている? だったらこっちに戻ってきてよ!
ふと、私は子供の頃に誰かから聞いた話を思い出した。生物の血や肉を捧げて死者をこの世に降ろす。そんな魔術がある、と。
私はすぐに取り掛かった。猪や鳥の死体を集めては神棚に向かって祈った。
どうか夫に会わせてください。どうか夫をこの世に降ろしてください。
毎晩のように祈りを続けた。それでも、夫が帰ってくることはなかった。
やり方が間違っているのだろうか? 供物が足りないのだろうか?
私は儀式の正しいやり方なんて知らない。それでも、私はやり続けた。たくさんの動物の死体を捧げ、祈りを続ける。夜遅くに隣の村に出向いて、小さな人の子供を連れてきて、捧げるようにもした。夫は帰ってこない。
もう、村の人たちが私の所へ訪れることもなくなっていた。
ある日、人の子を連れ帰ると、家に知らぬ男がいた。白いローブのような服を着た端正な顔立ちの男。私は、誘拐がバレてしまったと思い、大きく動揺した。しかし、彼は私の行いを咎めることはなかった。
彼は自らをベリアルと名乗った。通りすがりの天使であると。彼が私に向けた笑顔は美しく、そして不気味でもあった。
ベリアルは私の話を相槌を打ちながら静かに聞いてくれた。夫の死を一緒に悲しんでくれた。そして、ベリアルは私に降霊のすべを教えてくれた。
まず、彼は私に天使の力を与えてくれた。その力がなければ降霊術はできないと。力を与えられた瞬間、私の周りには多くの黒い子供たちが居た。驚く私をベリアルは見て、「君はそれだけ恨まれるようなことをしてきたんだよ」と笑っていた。私は周りにいる子供たちを無視して、ベリアルの話を聞き続けた。
降霊術を行うには、次に『魂の力』が必要であると。ちょうど良い事に、私の周りには複数の魂があった。儀式にはこれらを使うことにしよう。
最後に床に、五芒星柄の魔法陣のようなものを、自らの血で描いた。そこに黒い魂を集めて呪文を唱える。
「これであの世の魂が一つ、堕ちてくる」
私はベリアルの言葉を信じて呪文を唱え続けた。すると魔法陣から光の柱が昇り、一つの黒い魂が降りてきた。
ああ、やっと彼に会える。
そう思ったのも束の間。その黒い魂はみるみるうちに黒い霊体へと姿を変えていった。足がなく、体のパーツはあちこちが歪。夫であるかどうかも判断がつかない。
「あば、うばば、けへ」
霊体は呻き声を上げている。その霊体を見て、私は直感した。『これは夫ではない』と。
私がベリアルを目を向けると、彼はヘラっと笑いながら拳をおでこにコツンとぶつけて見せた。
「降霊術で降ろせる霊は特定の人物ではなく、無作為に選ばれるんだ」
すると、黒い歪な霊体は呻き声を上げながら、私に向かってきた。恐ろしくなった私は、その霊体から逃げるように家から飛び出した。
私は騙されたのだ。都合良く死んだ夫に再び会えるなんて、そんなことがあるわけがなかったのだ。私の元に来た彼は天使なんかじゃない。悪魔だ。私は悪魔に魂を売ってしまったのだ。あの男の低い笑い声が、いつまでも頭に響いている気がする。
私は後悔と懺悔の念に苛まれながら走り続けた。どこまでも、どこまでも走り続けた。
余談ですが、この物語の世界線とゴーストパラダイスの世界線は同じだったりします。