二、入京
泡沫戦記 二、入京
「恋春ちゃんの正式な協力が得られたわけだし、早速色々説明したいんだけど心の準備はいい?」
「う、うん」
恋春は開き直ることにした。諦めたと言った方が正しいかもしれない。家族の命が掛かっているとなれば意地でもその未来を阻止しなければならない。家族第一に考えることで心の迷いはすっかり消えた。
幸は背景や予備知識を話すことなくいきなり本題に入った。
「あたしのご主人様、空乃様は今封印されてるの。玉国を守るためにご自身を犠牲にされて、結果最小限の被害で済んだ。でもね、空乃様が封印される直前まで戦ってた奴の力で空乃様がみんなの記憶から消えちゃいそうなの。あたしは空乃様の印が入ってるから絶対に忘れることはないけど、他のみんなは違う。空乃様の声も顔も名前ももう覚えてないんだって。ただ『存在してた』ことだけ覚えてるの。」
幸は次第に涙ぐんでいく。握る拳に力が入り、小刻みに震えている。
「みんなみんな、苦しんでる。どんな人妖だったかわからないのに覚えてるくらいなら、忘れちゃったほうが楽だってみんなそう言ってるの。でももうすぐ本当に忘れちゃう。この国から空乃様が、全部ぜんぶ消えちゃう。そんなの………ごめん、ごめんね。こんな…」
「こんな簡単な言葉でまとめちゃいけないけど、ほんとに大変だったんだね……」
その先何を言おうとしたのか、言葉が喉でつっかえたように出てこない。涙を浮かべる幸を前にしながら口をぱくぱくすることしかできない。一度肺に空気を溜め、つっかえた言葉ごと吐き出した。
「私に出来ることならなんでもする。さっき言ってた絶望ってきっとこの事なんでしょ?だったら絶対に止めたい」
恋春の覚悟を肌に感じた幸は長い指先で涙を受け止め、口角をあげた。春の陽気を感じない湿った空気は一転、暖かく包むようなものに変化した。
「ここは気分が下がっちゃうね。あたしが連れてきといてなんだけど移動しよっか。話の続きは歩きながらするね」
今度は二人横に並んで歩き始めた。幸はまずこれから向かう場所についてぽつぽつ話す。
「これから向かうのは泡沫って言って分裂した玉国のうち、だいたいの妖が暮らしてるところ。でも泡沫の中も分裂しててずっと領地争いが続いてるの。そのせいであちこち崩れてて酷く荒廃してる。だから景色とかはあんまり期待しないでね」
「どうして分裂しちゃったの?」
「考えの不一致だよ。共存したい方としたくない方の分裂から始まって、そこからさらに七つに分かれてる」
妖とは超常的な存在の総称。生き物から派生したもの、現象や物が具現化したものなど生まれはそれぞれだ。そんな非現実的な存在である妖が略奪や殺人など人間に害をなす行動ばかり取っていたことはよく知られていることだろう。かねてより頭で考えることなどせず本能と脊髄反射だけで生きている妖にとって、すれ違いなど起こるはずがなかろう。
「そんな人間くさいことするんだね」
「あたしも同じこと思ったんだよね。やけに人間っぽいなって、昔なんかあったのかな」
「幸も知らないの?」
「うん、ご主人様と同じだけしか生きてないからあんまり古いことは知らないことの方が多いの」
「そっかあ…」
二人は再び静寂に包まれた。半世紀も生きない少女と齢七百を超えた人外とでは壁は大きい。自分とご主人のことをほとんど語らないので尚更差は縮まらない。黙ってしまった幸に対して、今度は恋春が話を持ちかけた。
「私はこれから何をしたらいいの?」
「そういえばまだ伝えてなかったね。ご主人様を救ってほしいっていうのはもう言ったけど具体的にはご主人様が封印されてる結界を解いてほしいの。結界は妖力と霊力の二重構造になっていて、霊力の結界は解除できてる。でも霊力を持つ人妖がいないせいで妖力の結界がもうずっと解けてない」
「霊力と妖力って?」
幸は恋春の問いに答えた。霊力は幽霊などの霊的な存在を認識し干渉することのできる力であり、人間しか所持できない。反対に妖力とは妖怪にのみ所持できるものであり妖怪の生命線である。妖力が枯渇すればいくら肉体が無事であろうと関係なく死ぬ。そんな妖力と霊力は相対している。陰の気をもつ妖力と陽の気をもつ霊力は互いに干渉しあい、ぶつかれば消滅する。この仕組みを利用してご主人様の封印された結界が成り立っているのだという。
「それで君にはこの結界を解いてもらいたいの。なんてったって君は霊力を持ってる最後の人間なんだから」
恋春は幸の言の葉が一つたりとも理解できなかった。自分が結界などを解けるような能力者だとは到底思えない。何と言っても恋春は一般家庭の生まれであり、たった今まで霊力だの妖力などの存在を認識すらしていなかったのである。だが不思議と驚きは感じなかった。
「そうなんだ」
口を突いて出たのは疑問でも何でもなく、ただ感嘆の声だけだった。恋春はなんの躊躇いもなく驚きの事実を受け入れてしまった。そんな恋春を見た幸は、反対に酷く驚いている様子。
「どうして驚いてないの!?」
「何でだろう。前から知ってるみたいな感じがしたの、初めて聞いたはずなのに」
「不思議なこともあるんだねえ」
しばらく黙った後再び二人で歩き出した。また幸を先頭にして森を抜けた先の草原を歩いた。ただ短い草が淡々と続いているだけの単調な草原を歩いた。その間物思いにふける幸とこの先の運命に不安と期待で胸を高鳴らせる恋春。二人は言葉を交わすことなく歩き続けた。決して会話が苦というわけではなく、二人ともが言葉が不必要だと判断したのでこうして無言で歩いている。足取りは重くない、いやむしろ軽い。青い空と碧い草地をひたすら進んでいると次第に一本の大木が見えてきた。大木は枝に薄桃色の大輪を大勢纏い、見事に満開である。恋春は桜に向かって走り出した。一秒でも速くその大木を間近で拝みたかったのか、それとも無言が苦痛に感じたのかは分からないがとにかく一目散に走った。
「わあ……綺麗な桜…」
いざ近くで見てみると遠くで見たよりもさらに迫力と美しさを感じられる。確かに美しいのだが一般的な桜とはどこか違って見える。桜の花弁が赤みを帯びていて、どこか畏怖を含んだ美しさ。まるで血でも吸ったみたい──
「恋春!急に走っちゃうからびっくりしたよ」
後ろから幸の声が聞こえた。
「それにこの場所は…」
幸が言葉を言い切る前にあたりの空気が一変した。それまで見渡しが良すぎるほど周りに何もなかった空間に、鳥居やら木々やらが生えてきた。まるで幸の来訪を待ち侘びていたかのように幸の接近と共に景色が変わった。そしてあっという間に見渡す限りの草原は、青々とした背の高い木々と緋い鳥居に取り囲まれた。円形に囲われたこの空間は暗がりになるかと思われたが、幸いにも中心に佇む桜の大木が眩い光を放っているので目が眩むほど明るい。さらに足元に水気を感じたので視線を下げればいつの間にか、これまた桜の木を囲うようにして小島のようになっている。
「そっか、あたしにはご主人様の妖力が流れてるから反応したんだね…」
「どういうこと?」
「ここはご主人様の最期の地。結界はここを中心に展開されてるの。先にここに来るつもりじゃなかったんだけどやっぱり惹かれちちゃった」
幸は一度深呼吸してから続けた。
「きっとご主人様が、あたしの来るのを待ってたんだ。ご主人様は寂しがりやだから……」
「じゃあここで結界を解いたらいいんだね。こんな風にするの?」
恋春は右手を正面に突き出し、左手は腰のあたりで握り拳を作って肘を曲げた。さらに体の重心の落とすと足を広げて構えの姿勢をとった。
「…なにしてるの?」
「前に出してる手から霊力の光線出せないかなって。かっこいいでしょ?」
恋春が大真面目に話すと、幸が次第に顔を歪め盛大に吹き出した。
「あっははは!おっかしい、御伽話じゃないんだからそんな派手にやらないで。確かにかっこいいけどね」
「んじゃあどうしたらいいのさぁ…」
何も小洒落たことをする必要は全くない。ただ結界を司る元を触ればいいとのこと。あまりにも簡単なことなので恋春は拍子抜けしてしまった。とりあえず幸に先導されるがまま桜の真下へと移動した。先程は花びらばかりに気を取られていたので幹の方には全く気が向かなかったが、今度は幹だけを注視した。木の背丈に似合う太く安定感のある幹には、これまた立派なしめ縄が巻かれている。相当な年月が経っているのかしめ縄には湿気で苔が生え、すっかり深い緑色に覆われている。さらに木の根元にはびっしりとお札が貼られている。恋春はお札から漂う異質な気配に尻込みした。
「このお札に触って欲しいの。ただ指先一本でも触ってくれればいいんだ。そうすれば、ご主人様が」
「うん、分かってるよ」
恋春は心中に恐怖を抱きつつも尋常ではないお札に接近した。一歩一歩重たい足取りで。これに触れば、いいんだね。しばらくお札たちと睨めっこした後ようやく覚悟を決めた。恋春は恐る恐る札に触れた。触れた瞬間爆発するような気がして瞼を目一杯閉じた。しかしいつまで経っても札はうんともすんとも言わない。痺れを切らした恋春は札から手を退かしさっさと立ち上がった。とにかく不思議で仕方がない。幸ならば原因がわかるだろうと彼女の方を向いた。すると視線の先の幸は瞳孔を小さくして、耳を垂らし小刻みに震えている。
「幸?どうしちゃったの?」
幸の様子がおかしいことは見て取れるが理由が分からないので声を掛けようがない。
「う、そ……?」
ここでようやく気づいた。幸の計画が失敗したのだと。
「まだ、まだどうにかできるよ!もう一回やってみるからさ。きっと今度は上手くいくから」
幸は札へと伸ばした恋春の腕を止めた。だが振り返って見た彼女の表情は恋春を止めるには説得力のないものだった。
「とりあえず夢幻京に行こう。君のことをみんなに紹介したいしね」
恋春を掴んでいた腕を離して恋春を見つめてから囁くように言った。尽くしてくれたことに感謝している、と。
「ここなら京の関所まですぐだよ。しばらく使ってないから上手くいくかわかんないけど」
言い切ると幸は着物の袖をたくし上げてそこに爪を立てた。獣のような鋭い爪先は幸の細い腕に深く刺さりそのまま直線上に移動した。もちろん爪の刺さった傷口からは真っ赤な血がたらたら流れている。心配した恋春の静止を無視して血を流し続ける幸。しばらく血を流すと幸は中空に図形を描いた。図形を描くや否や血液は個体の如く固まり、地面に『移』と記された小さな円になった。
「この円の中に入って」
幸の指示に従って円に入ると、一瞬の内に視界が白くなった。真っ白な視界の中しばらく揺蕩っていた。そして目を開けた次の瞬間視界に入ったのは先ほどまでの秘境ではなく、眩い都であった。恋春の目の前には大きな門、それも細部にまで華美な装飾がなされたものが仁王立ちして恋春たちを睨んでいる。
「はあ、よかった。ちゃんと関所の前につけた」
「これが関所…おっきいねぇ」
「ここで入京の手続きをしないといけないの。そうだ!」
何かを思い出した幸によると、この関所は妖怪のみ通行を許可しており人間の気配丸出しの恋春は通行不可能らしい。すっかり忘れていた事実は二人の頭を悩ませた。腕を組んで上半身を左右に揺らしながら唸っていると幸が声を上げた。
「よし!恋春ちゃん妖怪の真似しよう」
「ん?今なんて言った?」
「まねしようって」
「なんのまね?」
「妖怪のだよ」
やはりこの狼は突拍子もなく可笑しなことを言ってくる。何故真似する必要があるのかと尋ねれば、門を守護する妖が人間を毛嫌いしており、大袈裟に騒ぎ立てるからだという。騒ぎが起こって仕舞えば都に行くどころか門を通ることすらできなくなってしまう。そのためどうにか恋春が人間であることを隠す必要があるのだ。
ふーん、と話半分で聞いていた恋春の足元で腹に響く低音の声がした。
「それには及ばない」
「あ!わんちゃん!」
「某は子犬などではない」
「え、誰?幸知ってるの?」
足元の声の主は声に似つかわしくない小柄な体格だ。それ以前にこいつは人の形をとっておらず、ただの人語を喋る四足歩行の獣の姿だ。幸がわんちゃんと言ったように見た目は完全に子犬そのもの。だが部分的に普通の犬とは異なっている。何を隠そうこの犬は後ろ足を四本、尾を二本持つのである。恋春から見れば六本足など大変歩きにくそうで謎の同情を寄せてしまうほどだ。
「佑靂殿どこから出てきたの。まさか円の中入った?」
「御名答。あんなところに無防備に残しておけば誰だって入るだろう。もちろん貴殿の妖力を確認しての行動だ」
佑靂と呼ばれる子犬は今度は恋春の方を向き、上目遣いで口を開いた。
「おっと自己紹介がまだであった。某は佑靂と申す。ただのしがない浪人だ」
「もうちょっと詳しく」
「詳しくとは?」
「名前しかわかんないからもっと違うことも教えてほしいな」
佑靂は首を傾げた。それに合わせて彼の後ろに立っていた幸も首を傾げた。どうやらどちらも恋春の発言が理解できていないようだ。恋春は自分がお手本を見せてあげると意気込み、肺にたっぷり息を溜めてから口を開いた。
「私は恋春。好きなものは……あれ?何だっけ…」
頭に霧がかかったように絶妙に思い出せない。好きなものの存在は確かに分かっていて喉元まで出かかっているというのに。しばらく思い出そうと奔走したが埒が明かないので話題を変えて家族のことにした。
「私には家族がいて、それで兄弟が……また、分かんない。家族なんて忘れるものじゃないのに」
「どうかしたのか?」
「幸と会うまで家族といたはずなのに、なんで知らない人みたいに何も思い出せないの…?」
「恋春ちゃん?」
見るからに様子のおかしい恋春を前に二人は顔を見合わせた。多くの妖怪にとって『家族』という存在自体馴染みのないものだ。恋春が何故そこまで顔を歪ませるのか二人には到底理解できないのだった。頭の霧を何とか晴らそうと頭を抱える恋春の肩を、幸が軽く叩いた。
「記憶のことなら専門家を知ってるよ。結界のことも含めてその人妖に相談しに行こう、ね?」
「どうにかなる?」
「絶対になると某が保証致そう」
今にも泣き出しそうなほど暗くなった恋春の表情も希望によって僅かに照らされた気がした。関所の大柄な門へと足を進めようとした所で空気を一変する声量で幸が叫んだ。
「結局どうやって通るか考えてないじゃん!!」
「自己紹介の弾みで完全に飛んでいた。だが、方法ならある」
「…どうするの?」
佑靂は二人の前に出て、もこもこの胸を突き出しその堂々たる立ち姿を見せびらかしてから咳払いを一つ、ぬるりと語りに入った。
「某の持つ特権を利用する。詳しく言えば嘗ての主の地位を利用させていただく。側にくっついていたわんちゃんだと認識されているようで、各地に赴いた際にどうにも可愛がられる。誠に不愉快かつ不本意であるが、この度はこれを利用する他ない」
佑靂は子犬扱いされるのが心底嫌なようで、特大のため息をついた。
「ただ顔見せるだけでいいなんて便利だね」
「聞こえはいいが、実際は…察してくれ」
佑靂を先頭にして後ろに恋春、幸と一列に並んで門目指して進んだ。近づけば近づくほどに門は大きく、迫力を感じる。恋春はその門の様子に頑固親父が仁王立ちしている姿を重ね、滑稽さに吹き出した。肩を震わせる恋春の背を見ていた幸は何のことだかわからず、恋春に声をかけた。しかし恋春は完全にツボにハマり声を出せないほどに笑っている。
「教えてってばあ!何がそんなに面白いのさ」
「門がさ、んふっ、おじさんがふんぞり返ってるみたいで、んふふふっっ、面白くって…」
「えぇ?そんなに面白いかなぁ。逆にあたしは怖いよ」
「…怖いの?」
幸が続きを話し出そうと息を吸ったところ、佑靂が遮った。
「お話中失礼。目的地だ」
「あれ、ほんとだ。恋春ちゃんが笑ってたら着いちゃったね。続きはまた後でにしよっか」
「そうだね」
門の左右には険しい顔つきの鬼が二体、仁王立ちしている。彼らは両腕を硬く組みふんぞり返っている。まさに恋春がつい先ほどまで笑っていた光景が、そっくりそのまま投影されている。恋春はまた笑い出しそうだった。しかしそんなことをすれば、ただでさえ険しい鬼達の表情がより皺くちゃになりそうで必死に耐えた。一方で門突破案の発案者である佑靂は、彼の話し通りもみくちゃにされていた。確かに佑靂は毛並みが綺麗で思わず触りたくなる体をしている。鬼達が緩んだ姿を見せてまで撫で回すのは、理解に難くない。
「佑靂殿……あたしも触りたい!」
「は?」
流石は幸。誰もがこの場で思い付かないような発想を容易にやってのける。怒りと困惑、さらに他の感情も混ざりに混ざった佑靂の一文字は強烈な印象を与えた。
「いや、何故?」
「触りたくなったから…?」
「何故疑問形なのだ……」
「セキズイハンシャで動いたからよく分かんない」
己の起こした行動も放った言葉もほとんどを理解していない幸。これは呆れてしまうのも無理はない。佑靂はため息を漏らした。これでは専門家とやらに会いに行く前に、佑靂が心労で死にそうである。
「姐ちゃんやるじゃねぇか」
「おうよ、佑靂の兄ちゃんを呆れさすとはやるなぁ!」
幸と共に佑靂を猫可愛がりしていた強面の鬼たちが、恋春の方にやってきて言った。人間丸出しの今の恋春に此奴らが接近すると色々とまずい。前述の通り計画が台無しになっては困るので幸は恋春に目で合図した。『上手く誤魔化して』と。もちろん恋春は困った。一体どうしろというのだ。どうしたってバレるだろうに。悩んだ末に恋春は声高らかに笑った。
「はっはっはっは!そうだろう!私の連れはすごいんだ!」
無理のある人格作りに頭を抱える佑靂に、嘘だろと言わんばかりに蔑みの視線を送る幸。それまでご機嫌だった鬼達も微動だにしなくなってしまった。これは失敗したか?そう思われたが数刻後、鬼達も釣られて笑い出した。
「ははははっ!なんだ、アンタ面白いな!」
これは好感触。かなり強引ではあるが掴みは成功した。まあ鬼達が馬鹿であったことが幸運であったのだが。
「人間のオンナみたいな姿しといて、そんなおっさんくさいとはな!」
もはや何故ばれていないのか、という領域にさえ達している。何気なくバカにされた恋春は苦笑いを浮かべている。幸もまた考えることを止め虚無を顕にしている。
「お前ら面白いから通っていいぞぉ。将軍様も腹抱えて笑いそうだ」
佑靂は流石にそれは思考が単純すぎるだろう、と横槍を入れたかったがやめた。先ほどまで自分は顔が効くからと啖呵を切っていたが、現在見事にその誇りを砕かれている。今発言すれば何を言おうが恥晒しになりかねない。弁明を求めるような情けないことは断固拒否だ。それにしても恋春の面白さ(本当に面白いかは置いておく)だけで門を通してしまうとはここの門番はさっさと解雇してしまって、新たなそれももっと責任感のある妖を雇うべきではないだろうか。それぞれが不信感を感じながらも折角向こうが通してくれるというので、大人しく門をくぐった。
「随分と単純だったね」
「わたしそんなに面白かったの?」
「いいや、ぜーんぜん。でも上手く冗談言ってくれたのは確かだよ」
「その通りだ。貴殿は妖に通ずるものを持ち合わせているのかもしれん。その証拠にあの場で人だと勘付かれるどころか、性別さえも詐称できた。これは立派なことだ」
たくさん褒められた恋春は照れ臭そうに笑みを浮かべ、二人から目を逸らした。
「さあ、これでやっと都にいけるよ。さて、まずは梓様にお会いしないとだ」
「梓様は怖い人?」
幸はあからさまに目を泳がせた。過去に思い当たる節があるようだ。今度は佑靂に視線を向けた。佑靂は固唾を飲み込んでから物々しい声色を聞かせた。
「そうとも言える。普段こそ腹の底が見えぬお方だが、まあそのなんだ……絶対的に悪と言える方ではない、としか言えない」
「なんだか怒ったら怖そう」
「…こわいよぉ。絶対ばれてるもん………!」
黙り込んでいた幸が歯をガタガタ震わせた。捨てられた子犬の如く小さく丸まった幸は梓への恐怖をあらわにし、涙すら浮かべている。
「なんとなく分かったからもういいよ。これ以上は幸が可哀想だし…」
「気使わないでよぉ。あたしが情けなくなっちゃうじゃんか」
「梓殿には某より上手く伝えておこう。決して幸殿に不利益が及ばぬよう計らっておく」
「いいの…?そんな面倒臭いこと」
「貴殿こそ気を使う必要はない」




