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短編 「星を数えて」

作者: 川藤山陽

 今日は子供たちをつれて都内の遊園地に行き、園内のレストランで夕食をとった。そして、電車で家の近くの駅まで帰ってきたところだ。この駅から自宅まで歩いている途中、幼い娘が空を見上げて言った。

 「お父さん、星がたくさん見えるよ! 一、二、三、四・・・七、ほら七つもあるよ。」


 嬉しそうに星を数える娘を見て、私はせつない気持ちになった。星といえば、○○なんか星の数ほどある、などと“無数”のたとえに使われるものである。だが、東京育ちの娘にはこのたとえは通じないのだろう。ここで見える星は両手の指で数えきれてしまうのだから。


 よし、今度、娘に本物の星々を見せてやろう、私はそう思った。どこから見ようが星に本物も偽物もないのだが、とにかく無数の星というものを実際に見させてやりたいと思ったのだ。


 それから数ヵ月後、なんとか仕事の休みが取れ、久々にお盆に広島市内の実家へ 帰省することができた。今年こそは先祖の墓参りもしたい。先祖のお墓は,、広島市内にある実家から高速道路を通って二時間以上もかかる山奥にあった。


 私は幼少の頃、そこで天の川を見た記憶があった。おぼろげな記憶を確かめるように父に聞いてみた。


 「三良坂(みらさか)って今でも星がたくさん見えるかねぇ」


 「おう、なんぼでも見えるよ」


 「でも、それは昔の話でしょう?今はどうかねぇ?」


 「いやいや、見える見える、うじゃうじゃ見える!」


 普段、物事を大げさには言わない父がそこまで言うのだから、これはかなり期待できる。これで決まりだ。墓参りの後、夜まで待機して、家族で星を見よう。


 私は子供たちに言った。


 「明日は田舎に行って本物の星たちを見せてやるぞ!」


 娘も息子も、いま一つ興味を示さない。“本物の星たち”という言葉の意味が釈然としないのだろう。だが、それでいい。百聞は一見にしかず。見たら全てがわかるだろう。


 翌日、我々は、先祖の墓がある三良坂(みらさか)に到着した。午後三時ごろから、さっそく家族全員で墓の周りの草むしりを開始。三十平方メートルくらいの墓地に真夏の雑草が逞しく生い茂っている。ご先祖様にこれまでの久闊(きゅうかつ)を詫びながら、たっぷり一時間、草むしりに汗を流した。そして、墓前に花と線香を供え神妙に念仏を唱えた。


 大事な墓参りも終わり、私たちは星が見える夜まで、隣町にあるファミリーレストランでゆっくりとした時間を過ごした。そして、午後八時、どっぷりと日が暮れて暗闇が広がったところで、再び車を走らせ三良坂へ向かことにした。


 だが、あいにくの曇り空で、星はあまり見えない。少なくともこの町からはまだ数える程度の星しか見えない。


 助手席から父が残念そうに言う。


 「今日は無理じゃ。どうせ見らりゃせんけえ、もう帰ろう。」


 「いや、わからんよ、とにかく行くだけ行ってみようや。」


 このまま、また二時間もかけて広島市内の実家に戻る前に、後二十分も行けば三良坂に着く。私はそのまま車を走らせた。


 父と口論しながらも車は三良坂に到着した。


 私達は車のライトを消した。周りに外灯が全くない。この辺りは、見渡す限り田んぼだ。真っ暗で何も見えないが、蛙の合唱、風、稲の香りでそれがわかる。


 私たちは夜空を見上げた。やはり、ここも曇り空である・・・。


 だが、その雲と雲のわずかな割れ目からは、しっかりと星が見える。この雲さえなければ、満天の星々が輝いているに違いないと確信させるだけ、その狭い空間にはぎっしりと星が敷き詰められていた。


 雲は少しずつだが動いている。しばらくしたら、この割れ目ももう少し広がるかもしれない。私たちはしばらく、じっと夜空を見つめた。


 かなたからの風が何からも妨げられることなく、直に私たちの身体に吹き注がれる。こうしているだけでも邪心が吹き払われ、心が洗われていくようだ。


 徐々に目も暗闇に慣れてきたのだろう。より鮮明に星たちが見えるようになってきた。それとほぼ同時に、にわかに雲と雲の割れ目が広がりはじめたのだ。そして、中からは弾けんばかりに、星たちが一斉に広がり、たちまちにして私たちは満天の星空に包まれた。


 まさに空とは、宇宙(うちゅう)そのものであることを思い知らされる光景だ。


 私は、娘にささやいた。


 「ひかり、星を数えてごらん。」


 「無理だよ。数えられるはずないじゃん。」


 「そう、数えられないほどあるだろう。これが星というものなんだよ。」


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