2-3 喧嘩上等!千術相当!
売られた喧嘩は泣く泣く泣き寝入り。
半額で売られた惣菜は目の色変えて買う。
作者はそんなよわよわです笑笑
2-3 喧嘩上等!千術相当!
売られた喧嘩は買う。売った喧嘩はもちろん買う。そこら辺で、売られていた他人の喧嘩も買い漁る。
おそらくそれが、彼女の矜持なのだろう。
ピシっと、突きつけられた人差し指の先には金髪ノッポとヤジられた男がいる。
男は横目で、彼女を一瞥くれると、呆れたようにやれやれと首を振って肩をすくめると、バスに乗り込もうとする。
しかし、目線を外したその一瞬を彼女は見逃さない。
「ブレインコントロール アクセルモーション ファーストステップ。」
こちらに届くか届かないか、ほどの小さな声で言った言葉の意味を自分は理解できないが、目の前で起きた事象なら理解出来る。いや、厳然と理解したというわけではないのかもしれない。むしろ理解し難い事象が起こった。と言わざるを得ない。
3メートルほど後方にいた彼女は、薄く空気を研いだかのように息を吐いたかと思うと、体を低くしてはスタートダッシュの構えをした。
号令のピストルが鳴り響いたかのような幻聴とともに、彼女は飛び出したのだ。チェック柄のスカートの丈が短い事なんてお構い無しに、疾風雷神の如く間合いを詰め、次の瞬間には男の顔面に右足で飛び膝蹴りを入れる寸前だったのだ。
巻き起こる風にスカートが捲り上がるほどの、この猛スピード。風の軌跡が見えた。というのは大仰な表現に思えるかもしれないが、そのくらいの風圧。男は間違いなく吹っ飛ばされる。自分は確信した。
しかし結果として男は吹っ飛ばされる事はなかった。
男は横からぶっ飛んだスピードで襲いかかった彼女の蹴りを片手で、身じろぎもせず、しかも、全くのノールックで受け止めていたのだ。正直言って速すぎる動きについていけない。男が手を動かしたのかすら認識出来なかった。
その後も一糸乱さずに深い溜息をつくと、首を左右にゴキゴキと鳴らす。そうしていらつかせた表情で、彼女の顔を睨みつける。睨みつけたその目の奥には、氷のように凍てついた眼差し。見るものを怯ませるには十分すぎるほどの威圧感だ。思わず自分は心も体も引き下がる。
「謝れ!その歳になって善悪の判断もつかないのか!この戯けが!」
その表情にも臆することない彼女は、獣の如く噛み付かんとばかりに相変わらず威勢よく謝罪を求めて罵ると、男は掴んだ彼女の足を離す。
「おい、ガキ。お前の方こそ身の程を知らないようだから教えといてやる。力を行使する時は、相手を選びな。」
今までは牽制であったとばかりに、一気に男は気配を変えた。冷徹な瞳を見開いた男は、余っていた左手を彼女の顔面にむけて突如呪文のような言葉と共に術を放つ。
「風炎乱舞」
もの凄い風圧と、ほとばしる火花。カチッと音がしたかと思うと、一気に風圧と炎が放たれて、周囲を焼き払う。
その攻撃に彼女は不意を突かれたかに見えたが、実はそうではなかった。
「ブレインコンスラクション ミスディレクション」
男の拳は空を切り、激しい炎は、他の人を巻き込みそうになるほどの業火となり、周囲は焦げた臭いが漂う。
「アクアヴィーテ」
男が放った炎を包み込むように水の玉が現れる。クルクルと回る水の粒と言うにはかなり大きなその水球は、炎を包み込んで鎮火させると、細かな霧になって雲散霧消した。
倒れ込んだ自分を気にかけてくれたヘアゴムの彼女がどうやらやったようだ。そのおかげで、誰も怪我をしたような人はいない。驚いて腰を抜かした人は多数いたが。
「謝れ!さもないと、次は覚悟しろ。体が塵になっても知らないからな。」
脅し文句にしてはかなり物騒な言葉と共に謝罪を求め続ける彼女は、その隙に彼の背後を取り、片手を前に出して何やら放ちそうな姿勢だ。彼女の目を見るに本気だ。そもそも彼女のここ数日の挙措からしても、奸智に長ける老将タイプではないことから、ハッタリではなく、本当に塵にするつもりなんだろう。そうなるとなかなかまずい。リアルに刑事事件になってしまう。それはなんとしても避けたいところだ。その思いから慌てて立ち上がった自分は二人の仲介に入る。
「いやあ、すいません!すいません!自分がぼうっとしていたのも悪いんです。な、緋羽もこんなところで喧嘩するなんて、大人げないよ。すいません。こいつ唐変木なもんで。」
「何よ!アンタ腹立たないわけ?何も悪いことしてないのに、謝るな!謝るのはコイツだ!」
引く気がない彼女は髪を逆立てて気色ばんだまま、攻撃態勢をやめようとはしない。無論言った手前、引くに引けない心情もあるのだろう。すると、男は泰然自若として、彼女の脅しも気にせずに振り返る。
「お前‥なかなかやる。緋羽といったか?謝らせたいなら力づくでやる事だな。今度は油断しないぞ?」
剣呑な雰囲気で、目を閉じた男は意識を集中させ始める。そして口元が微かに動く。
「やめて!もう、おやめください。お二人とも。これ以上は怪我人が出てもおかしくない。そうすれぱ、家の名前に傷が付きますよ。三峯陽炎さん。そうですよね?」
叫ぶように放ったその言葉に意識を取られた男は訝しげにこちらを向く。その視線には美しさに目を奪われた人間の目ではなく、紛れもなく獲物を狙う鋭い狩人の目だった。
「ほう?確かお前が九条の‥今年の一年は面白いやつが多そうだ。まあ、せいぜい楽しむといい。正義ごっこをな。」
男がそう言い残すと、バスのステップをガン!と踏みしめると従容として乗り込む。
踏みしめたその一つの挙動一つであったが、自分はよくよく理解した。あのひと踏みで、バスのステップは僅かだが足の部分だけ凹んでいたのだ。金属をいとも簡単に曲げる脚力を持つのはもちろん、理解の範疇を超えた炎を放つ。これだけ揃えば、危険人物である事は疑いようもない。
我々が呆気に取られていると、タイミングよく自動スライドの扉は閉まってしまう。
そして何事もなかったかのように、バスは走り去り、停留所には三人だけが取り残されてしまった。