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2-2 五円は大切に

2-2 五円は大切に


 国立千術専門高等学校の最寄り駅、「新都市学園駅」に下ろされたというより、ナビゲーションシステムに案内された通りに降りた自分は、何も考えずに、ただぼんやりと指示された通りに改札口を出て西口方面に向かう。


 どうやら通学する国立千術専門高等学校というのは、近くまで循環バスが出ているらしい。未来なら存外デマンド型の小型自動車がズラズラとロータリーに並んで各自出発する。なんて方式が取られているのかと思いきやそうでもない。旧態依然とした時刻表通りの大型車による運行だ。しかしもちろん、タイヤはない。浮いている。磁力で浮いているらしい。原理はそれ以上は知らないが、それだけでもSF映画ばりの大きな衝撃ではある。道路事情はよくは分からないが、空を飛び交うドローンや、車を見る限り、未来にはミスタータイヤマンの仕事はないのだと、寂寞の思いにかられる。あれでいて二人とも日本人でハーフである事実を知る者は少ないだろう。ちなみにタイヤ繋がりで言うと、ミシュランマンの正式名称はムッシュ・ビバンダムと言う。ディズニーのベ○マックスに似たあいつも仕事をしているのか怪しいところだ。


 手元にあるこちらの世界ではかなり旧式のデバイス、自分には手慣れたスマホと似たデバイスだが、そこのディスプレイには待ち時間残り8分とあり、ロータリーのバス乗り場には、バスを待つ列が出来ている。同じ制服を着た少年少女達が、通勤の大人達と同じく列に混じっている。


 前例踏襲、前倣え。というわけで、自分も何ら疑問も持たずに列に並ぼうと、歩みを進める。


 するとどこからか吹いた風がラベンダーの良い香りを運び、鼻腔をくすぐったかと思うと、左の方からその女性は追い抜くように視界に現れた。


 切長の吸い込まれそうなほど綺麗な瞳を持った横顔。通った鼻梁に、薄く紅色に映えた唇。艶やかな腰まである黒髪をひらひらとたなびかせる。そのたおやかなその姿に一瞬で心惹かれた。


 有り体に言えば一目惚れ。というやつだ。


 完全に見惚れた自分は、口を半開きにして、目をパチクリさせていた。すると、彼女もまた同じ制服に、同じ列に並ぼうとしている。


 自然とその姿を目で追っていると、彼女は手に持っていたヘアゴムをぽとりと落とす。


 ああ、なんて事だろう。世界は、神はまだ自分を見捨てていなかった。あのヘアゴムをなんとしても拾い上げ、彼女に手渡す事で、彼女との接点が作れる。


 そしてその接点から徐々に仲を深めていき、お弁当を一緒に食べる仲に。そしていずれは登下校も一緒。そしてお互いがお互いを意識し合う。手と手が触れ、自然と視線が交差する。


 恥じらいから目を逸らすが、熱を帯びた手は離れない。


 「ねぇ?好きになってもいい?」


 彼女は含羞の色を頬に浮かべては、上目遣いに自分に問う。そして自分はこう答えるのだ。


「好きなってもいいじゃないだろ?もう好きなんだから。」


 グゥ〜!痺れる!なんて胸熱な展開なんだ!

人差し指と親指をクロスさせて、せーの!キュンです!


 なんて妄想を膨らましている隙に、彼女は気付かずに行ってしまう。新品のローファーを蹴り上げて走ると、急いでヘアゴムを拾い上げる。そして、後ろから声をかける。


「あの!すいません!これ、落としませんでしたか?」


 その声に振り向いた彼女は実に名状し難いほどの、美しさだった。


 まるで、光の粒を撒くように翻った髪は、ほのかにラベンダーの香りが漂う。春の陽気と、少し疾駆した影響もあるだろうが、自ずと心拍が上がり、声も少しうわずった。


 しかしそんな事を気にするような事もなく、彼女はディモルフォセカの花の如く可憐な笑顔の花を咲かせた。


 優しく、それでいて凛とした雰囲気。まさに理想のタイプだ。


「あれ?ごめんなさい。落としちゃってたんですね。どうも拾ってくれてありがとうございます。」


 軽く会釈した彼女は下がった髪を耳にかける。受け取ったヘアゴムを片手に髪を後ろに結び、ポニーテールにする。横から見えるうなじの綺麗さにまた、顔がにやけてしまいそうになって、慌てて自分の太腿をつまむ。


「あれ?あなたも専高生?」


 閃光?線香?せんこう?とはてなマークが頭に浮かんだが、おそらく同じ高校であるのか?という趣旨の質問だろう。


 食いつきは上々と見た自分は、努めて平静を装い、先程の失敗を繰り返さぬように平坦な声を意識して話す。


「えっと‥そうです!あなたも同じバスですか?」


「ええ。専高生はみんなこのバスですよ。あなたももしかして一年生?」


 邪気のない、この上なく柔和な笑顔を向けてくれる彼女に、少し強張った体から力が抜ける。


「そ、そうです!一年生です!」


 すると、パアッと晴れたように、目を見開いた彼女は嬉しそうに、自分の両手を握る。


「うわ!良かった!私、専高にはまだ友達がいなくて心細かったの!よかったら一緒にどうですか?」


 ニッコリと最上の笑顔を浮かべる彼女にくびったけの自分は、手を握られた事もそうだが、その言葉に思わずにやけが止まらない。


「も、もちろ‥」


 と言いかけた時、後ろからゴツンと何かがぶつかると、自分は前に手をついて倒れ込む。


 こんな大事な時に何事かと、後ろを見やると、なんともガラの悪そう、人相も悪い、金髪の切長の目を持った男が見下すように睥睨していた。


「おい、邪魔だ。どけ。」


 ぶっきらぼうにそう言うと、ぶつかった自分には詫びる事もなく到着したばかりのバスに、乗り込もうとする男。正直に言おう。もの凄い怖い人だ。眉間に皺を作っては、睨むその姿はまさに鬼の形相。角が生えてないのが不思議なくらいだ。


「す、すいません。」


 もちろん、そんな理不尽な事があろうと、言い返す度胸も器量も、ついでに腕力もない自分は、ささっと立ち上がると、道を譲る。


 すると後ろから聞いた事のある声がする。


「おい!そこの金髪ノッポ!ぶつかっておいて、謝罪もないのか!」


 そう、彼女は緋羽灯、自称弱者の味方だ。 


ムッシュ・ビバンダム‥


あなたは彼の名前を知ってしまいましたね。


そう。角野卓造ではないのですよ?笑

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