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プロローグ

プロローグ


 『元始、女性は実に太陽であった。真正の人であった。今、女性は月である。他に依って生き、他の光によって輝く、病人のような蒼白い顔の月である。』


 昔の女性活動家であり、作家の平塚らいてうの雑誌「青鞜」の出版にあたり書いた言葉である。


 今、世界は混沌に満ちている。混乱に溢れている。戦禍や、飢餓、貧困、格差。世界は未だに平穏で、安寧とは程遠い世界にいる。


 しかし、これだけは言える。西暦2221年現在、女性は、決して太陽に照らされる月ではない。ましてや彼女は、夜に太陽の光を間借りして輝く蒼白い月など、そのうちに破壊してしまいそうなほどのエネルギーを内に秘める。


 そう、彼女は紛れもなく、天に輝く。輝き続けその光を絶えず放ち続ける存在。太陽である。


 生命を与え、温かみを生む存在。光を生み、陰を作る。


 昼に見上げれば当たり前に天上にあるその存在は、近くに行けばその体を焼き払い、仰ぎ見続ければ、その存在は容赦なくその瞳の光を奪い去る。



 世界は広がっている。この宇宙と共に、広がっている。人間の活動範囲は広がり続ける。もはや地球一つ分の視野では到底捉えきれない時代になってきている。


 だから今、彼女は、空を見上げている。


 手を伸ばし、蒼穹に自らを見つけたその感触をその手をギュッと握り、離すものかと心に決める。


 花崗岩の岩に腰を下ろして周囲を見渡しても、ゴツゴツとした岩石が横たわるだけで何もない。目を瞑り、遠くにざわめく木立が葉ずれする音、スッと深く息を吸い込めば、緑の香りが鼻腔に伝わる。


 それでも、この丘陵から遠く眼下に広がる街が、鼠色の煙に、方々から上がる燻った火の手は、どうしたって戦いな痕跡をまざまざと思い出させる。


 異国の地に移った今でもあの日の出来事は忘れない。


 眠りの浅い微睡みの間隙に、ふと蘇ってくるのだ。


「助けて。」「苦しい。」「痛い。」「殺さないで。」


 いくつもの悲鳴と、叫び、殺戮。死への恐怖と、生への渇望。


 自然と握る拳に汗が滲む。


 瓦礫に踏み潰された母親を前に呆然と立ち尽くす少女に彼女は言葉をなくす。


 つと、こちらに気づいた少女が、駆け寄って言い放つのだ。


「ねぇ、いつになったら、死ぬの?」


 その少女の顔面は真っ黒だった。能面と言ってもいい。表情などなく、ただそこに暗闇が横たわる。


 悪夢‥‥止まる事を知らない‥死。


「ハッ!」


 そうして、毎回、彼女は飛び起きるようにベッドから目を醒ます。


 荒い呼吸に、速い脈動がドクドクと打つのが分かる。ふと手を見れば、皮膚は粟立ち、冷や汗で合成繊維の生地のシーツに薄っすらと湿り気が感じられる。


 強く握りしめていた左手を開くと、爪の痕がくっきりと残り、僅かに血が滲んでいる。


 いつもながら鬱々とした嫌な朝だ。


 口腔内の渇きを感じた彼女は、純白のワンピースのネグリジェのまま、一階のダイニングへと足を運ぶ。


 ふらつきながら手すりを使い、階段を一段一段と降りて行くと、子煩い、メディカルAIが睡眠時間の短さと、眠りの浅さから、疲労感の残る体調を危惧するアラートを電子音と赤い点滅発光を持って知らせる。


 そんな事はAIでなくても理解出来る。


 手の合谷あたりを押すと、インプラントされた極小の電子情報端末(EID)が反応して、耳たぶに装着した銀色の生体感知イアリングから伝わるアラームを停止させる。


 ダイニングに辿り着いた彼女は、浮き上がる置き時計の半透明のディスプレイに現在時刻、日付が表示されているのを見て愕然とする。


「うわ。まだ4時だ。しかも、今日があいつが召喚される日じゃんか。」


 淡い薄緑色のディスプレイ表示には2221年4月2日 4:17 と浮かび上がっている。


 溜息と共に冷蔵庫から冷やされた1.5ℓのミネラルウォーターを取り出すと、コップ移す事もなく、そのままがぶりと口に運ぶ。


 冷蔵庫のチルド室の半透明な容器に反射した、あのげんなりとした自分の顔が頭から離れない。


 下手をすれば、夢に出てきたあの光景とリンクしてあの顔が浮かんでくる。


 考えちゃダメだ。


 頭をぶるぶると振って、雑念を捨て去る。


「よし!もう一回寝る!」


 冷蔵庫にペットボトルをしまった彼女は、春先の寒さに身を震わせると、両手で自らの腕を摩りながら二階の自室へとつま先立ちで戻る。


 既に悪夢からの残滓を水で流し込んだ彼女は意識を切り替え、ベッドへとスルリと入り込むと、自らの合谷を2回押して、半透明の粒子ディスプレイを起動させる。


 彼女は慣れた手つきで、画面をスクロールすると、アラームを再設定する。


 いつもと変わらない、AIの透き通った声が好みで設定している女性の合成音声に「おやすみなさい。」と告げられると、いつもと同じルーティンで、「おやすみなさい。」彼女もおうむ返しのように呟く。


 布団を口元を覆うほどまで引き上げると、彼女は静かに眠りに就く。



 この世界は彼女中心で回っているというには大袈裟かもしれない。


 けれど、この世界は既に彼女を中心として始まり、走り出している。


 しかし、僕はこの事をまだ知らない。


 僕の知らない彼女も、僕の知っている彼女も、全ては歴史の一つになっていく。一つに返って行く。


 ここから始まる物語。


 彼女は千術師。千の声を聞き、千の意識を操り、千の力を持つ。


 そうして彼女は世界一の千術師へとなっていく。


 そうだな、この物語に名をつけるなら‥


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