目を刳り貫く音
私は、母が嫌いだ。
近くに居るだけで、胃の底から黄色い反吐がこみ上げてくる。
側にいるだけで二の腕に蕁麻疹が走り、下腹部の奥がズンと重くなる感じがする。
どうしても、あの魚の様に無機質に光る瞳で見詰められていると、頭が鋭い痛みに襲われるのだ。
子供の頃、私はカゼで寝込んでいた日があった。
無性に喉が乾いたので部屋から出ようとするも、戸を開けることが出来なくなっていた。
外につっかえ棒が合ったのだ。
朦朧とする意識の中でも、私は部屋に閉じこめられた事だけは理解できていた。
諦めて布団に潜り込むと、やがて父では無い男のあえぎ声と、嫌らしい雌の声が響く。
幼心にも、これでは父が可哀想そうだと思った。
自然と涙がこぼれ落ちた。
私が目を覚ました時、口元は吐瀉物で汚れていた。
少し、血が混じっていたのを覚えている。
中学の時、母が私に注意してきた事がある。
あの魚の様な目で睨み、スカートの裾を上げろと言われた。
私は胃がシクシクと締め付けられ、口の中に胃液が逆流した。
学校に向かう途中、何故お前に言われなければならないんだと、悔し涙を流した。
高校に入った時、私は操り人形でいる事を止めた。
今のままでは母と同じ人生を辿りそうだったからだ。
何より、私には寡黙で優しい父がいた。
直接助けてくれたことはないが、側にいるだけで心が安らんだ。
あの人に迷惑をかける事だけはしたくなかった。
だが、全ての終わりを告げる言葉は余りにも唐突だった。
いつもの様に口喧嘩をしていた登校前、母は吐き捨てる様に言った。
お前はあの人の子じゃなくて、私としか血が繋がっていないんだよ、と。
その瞬間、私の頭の中に白い世界が広がった。
目の前が見えなくなり、夢心地の様な浮遊感が体を包み込んだ。
気が付けば顔面に包丁を突き刺していた。
眼窩の隙間に薄い刃が入り込むと、まるで詰まっていた物が取れる様に、糸の繋がった眼球がポトリと床に落ちていた。
何て事だろう。
私はなんて事をしてしまったのだろう。
喉の奥から、自分ではない獣の声が漏れていた。
私は手で顔面を隠し、痛みから逃げる様に身体を壁に叩き付けた。
それでも顔の痒みは無くならない。
狂った様に掻き毟ろうとする。
だが、分厚い包帯に遮られ、皮膚に爪を立てることすら許されない。
苛立ちだけが募った。
刺した時の生々しい音だけが、私の頭の中で木霊していた。
今まで分厚いガラス越しに、彼女のことを眺めていた二人の学者が口を開いた。
「彼女は何故、自ら自分の眼球をくり抜いたんでしょうか」
「……さあな。そういえば、他にご家族はいないのか?」
「両親は彼女が生まれた時点で死んでいます。それと一つ、刑事から不思議な報告が」
「なんだね?」
「彼女の家では食卓に、必ず目が刳り抜かれた人形が2体置かれていたらしく……」
ご感想などありましたら、お気軽に。