8-5
翌日、学園に行くといつもより早い時間にユールヒェンが現れた。ルイーゼよりも早い。
なんだろうと思っていると、私の顔を見て安心したような表情を見せた。
「……昨日、マルゴー家の馬車が襲われたと伺ったのですが、その様子では無事なようですわね」
どうやら私を心配してくれたようだ。
有力者とはいえ侯爵の娘が昨日の今日でそんな話を知っているとか衛兵たちの情報管理の甘さが心配になるが、そのために早く屋敷を出てきたのだとしたら素直に嬉しいものである。
「ご心配くださってありがとうございます。ユールヒェン様。私もグレーテルもご覧の通りなんともありませんよ」
「王女殿下もご一緒でしたの!? 大事ではありませんか! それなのに今日も普通に登校しているとか、何を考えていますの!? しかもこんなに早い時間に! 人通りが少なければ少ないほど、襲う側にとって都合がよくなることくらい、考えればわかるでしょう!」
結局怒るのか。
ていうか、人通りが少ない時間に登校しろと言ったのはユールヒェンでは。
まあ時と場合によるというか、襲撃されるという異常事態の直後にまでバカ正直にそれを守るんじゃないと言いたいのだろう。
自分が人通りが少ない時間に行動しろと言ったせいで襲われたとなれば、彼女の良心も耐えられないだろうし。
怒っているのはおそらくそんな不安の裏返しだ。
「大丈夫よ、ユールヒェン。慣れたものだから」
「そうですね。私たちはこういうのに慣れておりますから」
「慣れていればいいというものでもないでしょう! というか王女殿下はまだしも、なぜ地方領主の娘でこれまでろくに出歩いたこともない貴女がそんな事に慣れていますの!?」
なぜだろう。私に聞かれても困る。だいたいはアルカヌムとかいう連中のせいなので、彼らに聞いてほしい。
それからほどなく、ルイーゼも登校してきた。
すでにユールヒェンがいる事に驚いており、自分が最初に挨拶出来なかった事を嘆いていた。
「ちょっと! 聞いてくださいましルル! ミセリア・マルゴーは昨日曲者に──」
言っちゃうのか。
いいのかな、と思ったがグレーテルは何も言わないので問題ないのだろう。
その後はヘレーネやエーファ、他のクラスの皆も登校してきて、その都度ユールヒェンが騒ぎ立てるため、この日は私たちが襲撃を受けた話で教室は持ち切りだった。平和な王都でそんな事が起きたのだから、話題性は抜群である。ユールヒェン以外にも襲撃自体は知っている学生もいた。
もちろん私たちを心配する声が多数で、それ以外も襲撃者を批判する声ばかりだ。
「──ミセリア嬢! 我が祖父の治めるこの王都で襲われたと──」
「大丈夫ですお兄様昨日お話したとおりですミセルは無傷ですお帰りはあちらです」
ゲルハルトも来ていたが、グレーテルがすぐに追い返していた。学生会長閣下が朝っぱらから一年生の教室などに来ていると更に大きな騒ぎになってしまうのでこれは助かった。
そういえば、ユールヒェン的にはゲルハルトはもういいのかなと思ったのだが、ちょうど同じくらいのタイミングでエドゥアールが来ていたせいか彼女はそちらの方を向いていた。過去の男には興味ないということらしい。ユールヒェンの男性遍歴は上書き保存。覚えた。別に誰かと付き合った事があるわけでもないのだろうが。
そのエドゥアールも私たちを心配し、声をかけてくれた。
「大変でしたね」
「ええ。ご心配くださってありがとうございます」
「マルグレーテ王女もご一緒だったのですよね。私の国では、王族であれば専用の護衛がついているのが普通なのですが、インテリオラは本来はそれだけ安全な国なのでしょうね」
たぶん、その専用の護衛とやらは私の事だ。
そういう意味では正しく仕事をこなしたとも言える。今の所、誰も褒めてはくれないが。
もっともそれも、賊がグレーテルを狙っていたのならという話で、もし私を狙っていたのであれば巻き込んだだけなので当然か。
「そういえば、オキデンスでは王子にも専用の護衛はいたの? それってこちらにも連れてきてるのかしら」
グレーテルはエドゥアールの留学当初から、彼に敬語を使わない。
これは個人的に気に食わないというだけでなく、国同士の力関係や彼自身の立場が関係していると思われる。
もともとインテリオラが大陸最大の国家である事もあるが、オキデンスが政情不安で国力が低下していること、亡命してきた王子としては亡命先の王女に頭が上がらない事などがあるのだろう。
しかしグレーテルが言うように、そういえば王子が連れてきた護衛というものは見たことがない。
隣の部屋には従者がいるが、瓶底眼鏡をかけていつもうつむいており、とても荒事に対応出来るようには見えない。ディーの話でも戦えそうには見えないらしい。
亡命ならばそれほど人数は連れてこられなかっただろうし、戦闘員はいないのだろうか。
「いえ……。こちらには、僕と従者、それからメイドの3人で来ましたから。
国にいた頃には専属の護衛がいましたが、それも話に聞いていただけです。彼らは隠密と言って主君の前には無闇に姿を見せないことを信条としていましたから、本当にいたのかどうかはわかりません」
グレーテルの問いにエドゥアールは少し苦笑して答えた。
これに私は少し違和感を覚えた。
そんな優秀な隠密がいるのなら亡命などする必要はないというか、それならしない方が安全である。
普通ならそんな都合のいい護衛がいるかと言いたいところだが、私たちは実際にそれに近い存在を昨日目にしてしまっている。
グレーテルの目も言っている。
なるほどあれはお前の関係者か、と。
ただ、王族を護衛すべき者たちがなぜ私たちを襲うのかはよくわからないし、これはエドゥアール以外の王族の行方についても調べた方がいいかもしれない。
◇
その日の放課後、襲撃直後ということで勉強会は休ませてもらい、学園長に報告に行くことにした。
護衛はともかく、勉強会についてはテスト目前なので休ませたくはなかった。エドゥアールは普通に良い点を取りそうだからいいとして、ルイーゼはユールヒェンに任せるしかない。
「──というわけで、襲撃者はおそらく王子殿下の関係者ですね。もっと言うと、オキデンスの王族に仕える近衛兵のような者だと思われます。なぜそれがインテリオラに入国し、しかも私とグレーテルを襲ったのかはわかりませんが」
「うむ……」
「証拠は襲撃者の方々が自分もろとも吹き飛ばしてしまったので残っておりませんが、これが事実だとすると普通に外交問題です。王族を亡命者として受け入れている以上、ある程度の摩擦は起きているとは思いますが、さすがに我が国としても王女にダイレクトアタックを受けてしまっては黙っているわけにはいかないのでは」
「……ダイレクトアタック? 変わった表現だの。まあ、意味はわかるが。
しかし、現在のあの国の情勢を考えると、抗議を入れるにもどこの誰に入れればいいのかわからぬしな……。しかも、証拠もないのであろう?」
「それは、そうですが」
確かに、あれがオキデンスの御庭番だったという証拠は残念ながら無い。しかし襲ってきたのが王族直属の隠密、いわゆる御庭番だとすれば、その主は国王であると考えるのが妥当だ。
とはいえ国王は行方不明に近い状態だと聞くし、一体誰が御庭番に私たちを襲撃するよう指示を出したのかは実際のところわからない。
考えられうる可能性としては、エドゥアール以外の王族の生き残りだ。
その人物にとっては、仮に自分が王位に就こうと考えた場合、王位継承権第一位のエドゥアールは邪魔でしかない。
ただ、だとしてもなぜ私たちが狙われなければならないのか。
それに王族が亡命しなければならないほどの火薬庫と化したオキデンスをどうやってまとめ上げるつもりなのかもわからない。
そういえば、国王夫妻が健在だった頃も、御庭番衆は国王の命で動いていたのだろうか。
結社が問題なくオキデンスを操っていたのだとしたら、国王直属の諜報機関など許しているはずがない。諜報やスパイといえば、むしろ結社が使うという方がしっくりくる。
「……あっ」
「もちろん、儂としても大事な学生、しかもミセリア嬢や王女殿下が被害に遭ったとなればこのままでいるわけにはいかん。王城にももちろん情報は行っておるだろうが、儂も後で登城して──」
だとしたら、そもそも御庭番衆自体、もともとオキデンス王室直轄ではなく結社から借り受けていただけである可能性が高い。
御庭番衆を結社の残党だとすると、本拠地と寄生先を失った彼らは何をしようと考えるだろうか。
忍者的なイメージからすると、諜報や暗殺が得意技のはず。それを活かして何かをしようとするのなら、真っ先に狙うのは帰る場所を奪った相手、ではないか。
それたぶん私だな。あとフリッツ。
フリッツやユージーンたちは襲撃時には顔を隠していたそうだから正体がバレていないだろう。
私も一応砦にいた人間は全員始末しておいたが、完璧だったかと言われると自信はない。
なんということだ。
エドゥアール王子の関係者に王女が襲撃されたという話で学園長に報告してしまったが、まさかの私の巻き込み事故の可能性が浮上してきた。
どうしよう。
「……そんな暗い顔はよしなさい。大丈夫、襲撃者についてはちゃんとオキデンスに対処させるよう、儂が陛下によくお話をしてくるから。きっと何とかしてくださるはずだ。
さ、元気をお出し。飴ちゃんを舐めるかね?」
それが不安で暗い顔をしているわけではないのだが、さすがに気まずくて言える事ではない。後で母にこっそり相談することにしよう。
あと飴は舐めるけど、なんでいつもこのバターキャンディなのか。
それは私が特別な存在だからです。




