8-2
それから一週間後、グレーテルに話を聞いてからさほども経っていない頃に、オキデンスからの留学生がやってきた。
「インテリオラ王国の先進的な学問を学ぶため、オキデンス王国から留学してきました。エドゥアールです。よろしくお願いします」
王族だけあり、なかなか可愛らしい顔立ちをしている。
基本的に貴族と言うのは美人と結婚するものだ。
すると自然と生まれてくる子供も美人が多くなる。
それが何世代も積み重なれば、それぞれの貴族家にあらゆる美人遺伝子が集約されていき、より美しい者が生まれてくるようになる。
貴族に美形が多いのはこのためだ。
そして王族というのはその国における貴族の頂点である。
なので大抵は美しい。
グレーテルが美しいのもおそらく美の遺伝子の集約によるものだろう。
もちろん美的感覚が変わらなければという条件付きだが、この世界の人々は現役でいられる時間が非常に長いためか、美的感覚が時代によって移り変わりにくい性質があるようだ。
前世のように時代によって美的感覚が変わる事が少ないため、貴族の求める美しさもブレにくい。
だからだろうか。前世で見たどんな貴族や有名人よりも、今世の貴族は美しい。
ちなみにそれらを全て抑えてトップに立つのが私である。やはり罪深い。
王子が編入されたのは第一クラスである。彼らは他国の王族という超賓客なので、当然高位貴族か王族しか在籍していないこのクラスに配属になる。
可愛い系の美少年の挨拶に、さすがに訓練された高位貴族の令嬢たちと言えども僅かにどよめきが起きる。
対して令息たちの反応は冷めたものだ。
と、思ったが一部には王子に熱視線を向けている者もいる。
まあ貴族とかにはそういう趣味の者もいると聞くし、無いでもないのだろうか。下手に異性と火遊びをするよりも血筋的に安全だし。衛生的に安全かどうかは知らないが。
そういう視線を向けられる事に慣れているのか、あるいは鈍感なのか、王子はさわやかに自己紹介を終わらせると、用意されていた席についた。
この分なら、しばらくはクラスの注意が彼らから逸れる事もないだろうし、彼が学園内で孤立してしまう事もないだろう。
異変があればすぐにわかるだろうし、この環境で王子を守るならイージーモードだと言える。
ちなみにユールヒェンもエドゥアールに熱っぽい視線を送っていた。
ちょっと前までは鏡仮面にご執心だったと思うのだが、もういいのだろうか。
あと、休み時間になるとルイーゼが王子を睨みつけるために第二クラスからやってくるのを何とかしてほしい。
たぶん、ユールヒェンを王子に取られてしまったみたいに感じているのだと思うが、そもそもルイーゼの物ではない。
ていうか、王子を陰ながら護衛する観点から言うと、彼に堂々と悪感情をぶつける存在は非常に紛らわしいので普通に迷惑である。
◇
「──なるほど。ここはそういう風に考えればよかったんですね。助かります」
「お役に立てたのでしたら何よりです」
「ミセリア様。次はこちらを教えていただけませんか?」
「構いませんよ。ああ、そこはこちらの概念を参照して──」
放課後、私は教室で王子に勉強を教えていた。
ちょっとした勉強会だ。メンバーは私、グレーテル、エドゥアールに、ユールヒェン、ルイーゼ、エーファ、ヘレーネの7人。
テストが近いからである。
今教えているのは魔法構築理論という科目だが、実は私はこれが苦手である。
以前にも少し考えた事があるが、中には私の知っている物理法則に喧嘩を売るような理論がまかり通っているからだ。
とはいえ、そこで自分の信じる物理法則を無理に押し付けるほど私は子供ではない。
この世界でそう信じられているのなら、とりあえずそれに従っておけばいいという考えである。
もちろん自分の責任において実践する場合はその限りではないが、学園の授業やテストにおいてはちゃんと教師に習った事をそのまま答えるようにしている。
なので、苦手ではあるものの、評価や成績は普通に良かった。
赤点とかは美しくないので、そういう低評価を取らないようこれでも努力しているのである。
王子に教えているのは彼に請われたためだ。
私ほどではないにしても、エドゥアールは非常に容姿が良い。
なので男女のどちらに教えを請うても、相手の気が散っているのがわかるというか、身が入っていないのが察せてしまうと言う。
その点、私からは留学当初からそういう視線を向けられた事がなかったので、先生役にふさわしいのではと判断し、声を掛けてきたらしい。
まあ私は基本的に私以外に心を奪われる事は無いので、それも当然だと言える。
それに私はクラスでもトップクラスに成績がいいし。
「やはり、インテリオラは進んでおりますね。ミセリア様に教えていただけなかったら、テストは酷い結果になっていたかもしれません。本当にありがとうございます」
王子が私に屈託のない笑顔を向ける。さすがに美しい。毎日鏡やグレーテルを見ていなかったら確かに惹かれていたかもしれない。
だが残念ながら、この教室では三番目だ。
「どうかお気になさらないでください。私としましても、誰かに教える事が自分自身の復習にもなりますので、助かっております」
あと、護衛対象を見張る意味でも助かっている。
今は放課後なので本当は勤務時間外なのだが、このやり取りのおかげで休み時間なども何かと話をしたりする関係を構築出来ているため、サービスで付き合うことにしていた。
こんな若いうちから世界一の美人のサービスが受けられるとか、王子の将来が心配だ。
もちろん、王子を独占している事でクラスの皆からは嫉妬混じりの視線も飛んで来ていたが、それも意外と多くはなかったし、私に対する視線と王子に対する視線で半々といったところだろうか。
全体的に、相手が私ならば仕方がないから見守っておこうという風潮のようだ。少ない視線も、王子のファンと私のファンの過激派が相手を監視している感じなのだろう。
なお、一番面倒で鬱陶しい視線はグレーテルの物である。
今も皆に混じって私の解説を聞きながら、王子を睨みつけている。
ついでに言うと二番目に面倒なのはユールヒェンの視線で、これはまっすぐ私に向いている。
それとユールヒェンの取り巻きのエーファとヘレーネ。この2人からは申し訳なさと同情の視線だ。
ルイーゼも授業が終わった後わざわざこちらの教室にやってきて王子を睨んでいるが、実は彼女の成績が一番危ういので、そんな事をしている暇があるなら勉強した方がいいと思う。
三番目に面倒なのはルイーゼで間違いない。
ルイーゼの成績も、編入生ということで多少は考慮されるかもしれないが、それはいつまでも続くわけではない。しかも彼女より遅れて入ってきた留学生のエドゥアールは現時点でルイーゼよりも理解度が高い。
このままだとルイーゼは半年後、進級する事が出来なくなってしまうだろう。留年とかあるのか知らないが。
「ルイーゼ様。他の方とご自身の進捗を比べるのは結構ですが、それは最低限出来るようになってからのお話です。このままですと、ルイーゼ様の成績は大変残念な物になってしまいますよ」
「だっ……大丈夫です! 実技とかもありますから!」
「実技は実技で点数が貰えるかもしれませんが、それは別に座学の点数を補填してくれるものではありません」
私とグレーテルは実技のテストは受けられないので本来であれば自動的に0点であるが、これはあらかじめそのように学園側に申請がされているため、レポートの提出で代替してもらっていた。つまり、授業の全てを座学で賄っている状態なわけだが、さすがに逆はこうはいかない。
魔法構築理論とかなら実技代替も認められるかもしれないが、算術や歴史を実技で表現する事などどうやっても無理だろうからだ。
それにルイーゼには別に座学が出来ない体調的な理由などはない。まあ、あるとか言われても困るが。
「せっかく私の勉強会に参加して下さっているのですから、私がルイーゼ様にお教えします。ですから──」
「お待ちなさい、ミセリア・マルゴー。ルルには私が教えます」
言うと思った。だったらまず、最初から真面目に授業を聞くように躾けておいてもらいたい。
「ではルイーゼ様の成績についてはユールヒェン様にお任せいたしますね。
そうだ。せっかくですので、私がお教えするエドゥアール殿下とユールヒェン様がお教えするルイーゼ様とでテストの成績勝負をするというのはどうでしょう」
「えっ……、でも、それは」
麗しい王子と対立する形になるのが嫌なのだろう。ユールヒェンがちらちらとエドゥアールを見ている。
エドゥアールはと言えば、それはそれで面白そうだという顔をして私を見ていた。
「大丈夫ですよ。これはあくまで私とユールヒェン様の間での勝負。どちらが勝ったとしても、殿下やルイーゼ様には何の責任もありませんから。
もちろん私とユールヒェン様の間では勝ち負けが発生してしまいますが、まさかそれを恐れているなんてことは──」
「ありえませんわ! 私はユールヒェン・タベルナリウス! ミセリア・マルゴー、貴女に負けることなど何ひとつありません!」
「ですよね。それならよかった。では皆様頑張りましょう」
それからはユールヒェンがルイーゼに勉強を教えてくれるようになり、ルイーゼはニコニコになり、対抗心からか王子のやる気もさらに増した。
エーファとヘレーネも胸をなで下ろしている。
これならきっと、みんな頑張ってくれるだろう。
あと機嫌が悪そうなのはグレーテルだけだ。
なんか普通の青春してんな……?




