1-9
入口側の魔物の泉に残してきた男たちの姿は消えていた。
あの最後のゴブリンリーダーが敵のリーダーの成れの果てだとしても、その部下が1人残っていたはずだ。
しかし現場には彼の姿はなく、また死体となっていた彼の同僚たちも居なくなっていた。
彼がひとりで拘束を抜け出し、死体を連れて逃げたのか。
それとも新たに彼らの仲間が現れ、全て片付けたのか。
どちらなのかはわからないが、どちらにしても私たちの存在が謎の敵に知られてしまったのは確かだ。
フードを下ろしていた私はともかく、ユージーンたちの顔はばっちり見られている。
ファーストコンタクトの時点ではただ通りがかった傭兵と変わりはなかったため、特に何かをしたせいで敵対したというわけではないが、この地に来ようと言い始めたのは私であり、彼らを殺さず残しておこうと判断したのも私である。
今後、『餓狼の牙』が面倒に巻き込まれるようなことがあったなら、それは私のせいだ。
「何考えてるのかだいたいわかるがな。あんまり気にすんなよ、お嬢。傭兵なんて阿漕な仕事をやってりゃあな、恨みを買うことなんてよくある話だ」
「そう、ですか……」
そうかもしれない。
私が気にしていても何も彼らの力にはならないし、彼らも私が気にしている事の方が気になってしまうだろう。誰も幸せにならない。
しかし、言われたとおりに気にしないのは私には無理だった。気にしていないふりをし続けながら、いつかこの埋め合わせが出来るよう考えるしかない。
「なるほど、こちら側にも泉があったのですね……。ゴブリンの目撃情報も被害も林の北側に集中していたので、こちらの泉はノーマークでした。国境も近くなってしまいますし」
情報の共有のために連れてきた騎士が泉を見ながら唸る。
「わからないのも無理はない。どういう仕組みかはわからないが、こちらの泉は吸い込むだけの機能しか無いようだったからな。おそらく、こちらから吸い込んだ瘴気をエネルギー源にあちらからゴブリンを生み出していたのだろう」
レスリーが泉についてさらに詳細に報告している。
それを別の騎士が何かに書き付けていた。
その場に何人かの騎士を監視のために残し、私たちは林を出る。
林の外には警戒を続ける騎士たちが待っており、私たちを見ると胸に手を当て皆で敬礼した。私たちにというか私にだろうか。誰を見ても目が合う。
この事態を引き起こしたと思われる、謎の男たちの姿も形も残っていない。
つまり、私たちの報告を裏付けるものは状況証拠すら残っていない。
何なら私たちが全てを仕組んだ黒幕で、騎士たちを騙している可能性すらある。
ただでさえ、私は素性を明かしていないのだ。
ユージーンたちにしても、雇われた傭兵というだけで、その身元を保証するようなものはロクに持ち合わせていない。
にもかかわらず、騎士たちは『餓狼の牙』の報告を疑うそぶりも見せない。
共に死線をくぐり抜けたからだろうか。
違う気がする。
報告をしているレスリーよりも私の方に視線が集まっている気がするし、先ほどいくつか発動していたスキルのうちのどれかの影響が残っているせいかもしれない。
怪しいのは【超美形】だろうか。
やはり美しさは罪だ。
「詳細な報告ありがとうございます。あの、皆様は傭兵でしたな。もしよろしければ継続してこちらの調査をお願いしたいのですが……。
あ、いやもちろん主家にはこの後話を通しますが、私も騎士団ではそれなりの立場を持っていますから、契約については問題なく承認されると思います」
最初に話を聞いていた騎士が私をチラチラ見ながらそう言ってくる。
今はローブもフードもきっちり着込んでいるのだが、どうやら先ほど美しさを発揮したことで騎士たちの心をも掴んでしまったらしい。
「いや、悪いが俺たちはこちらのお嬢に雇われててな。こちらのお嬢は傭兵じゃねえから、あんたらの話を請けるのは難しい。詳しくは言えねえが、そういう事を軽々しく出来る立場じゃねえんだ」
ユージーンが代わりに答えた。
騎士はそれを聞き、少し肩を落とす。
「そうでしたか……。いえ、確かに言われてみれば、あの時の堂々たるお姿は何処かの高貴なご身分を思わせるものでしたし、何よりそのお美しさは──」
そこに一頭の馬に乗った男がやってきた。
見覚えのある顔だ。
「──騎士トーマス! 状況を報告してくれ! 事態が急変したと聞いたぞ!
ん? そちらは傭兵か? どこかで見たような……」
ギルバートである。
彼は馬から降りると手近な騎士に手綱を渡し、こちらに歩み寄ってくる。
そしてユージーンの顔を確認し、どこで見たのかを思い出すと、驚き、隣りにいる私を見た。
「貴方はマルゴー辺境伯の! ということはまさか、そちらにおわすのは……ミセリア様!?」
アングルス領へとやってくる途中、どこかで追い越してしまった事はわかっていたが、まさかこのタイミングで登場するとは。
いや時間的に考えればそうなってもおかしくはない。騎士への報告で長居しすぎたらしい。
とはいえ、あの状況で無視して帰る事は出来なかった。これは首を突っ込んだ時点で回避できなかった事なのだろう。
「先日ぶり、ですわね。ギルバート様。ミセリアです。ご機嫌よう」
私はフードを脱ぎ、カーテシーを決めた。
「ミセリア様が何故ここに……!」
何故ここにいるのか、の理由は説明しづらいが、ここで起きた事については騎士トーマスと協力して説明した。
トーマスの説明の中で、まるで女神が降臨したようなという一節が現れた時には思わず辺りを見回してしまった。恥ずかしいとかではなく、女神教の熱心な信者がいたら面倒だと思ったからだ。
まあ、戦闘の時にも女神教を軽んじるとも取れる発言をしていたので今更だが。
幸い聞いていた騎士たちは当然のようにトーマスの説明に頷いており、ギルバートもハラハラしながら聞きつつも女神については何も反応しなかった。
「──そういう事でしたか。ではミセリア様は、私の話を聞いた後、我が領を想いこうして駆けつけてくださったというわけなのですね。あの時おっしゃった、ミセリア様個人のお力のみを使って私を助けるために……」
実際に解決したのはユージーンとアングルス領の騎士たちであり、私がした事と言えば美しさをひけらかした事くらいである。
それで私個人の力と言われてしまうのは良くない。
ただ貴族であるというだけで手柄をかっさらうようで美しくない。
「いえ、私の力など大したことはありません。むしろ、私の行動でアングルスにいらぬ混乱をもたらしてしまったのではと心配になってしまうくらいです。
これも私があの謎の男たちを刺激してしまったせいで起きたこと。それを被害なく解決してくださった騎士様がたには、感謝の言葉もありません」
私としては多少後ろめたい気持ちもあった。
もし私が首を突っ込まなければ、あの謎の男のリーダーが魔物に変じる事もなかったかもしれない。
しかし、放っておけばもっと酷い事態に発展していたかもしれない。
今さら考えても仕方がない事ではある。
なので私の助力は伏せ、とりあえずアングルスの騎士たちの力のみで解決した事にしておこう、という話だ。
「そのような! いえ……ミセリア様がそうおっしゃるのであれば。本当に、ありがとうございました。
しかし、謎の男たち、ですか……。状況から推測するに、メリディエスの兵と考えるのが妥当ですが……。かの国も我が領と同様、魔物に関する研究はそれほど進んでいなかったはず。魔物の泉を人為的に生み出して制御するなど、可能なのでしょうか……」
見方によっては宣戦布告なき開戦である。
これで例えば全く別の第三者が、メリディエスとインテリオラに不和を齎すために行なった工作だったとなると風評被害も甚だしいが、いずれにしてもそこから先は外交の領分だ。それもアングルス領だけの問題ではなく、インテリオラ王国の中枢の判断が必要になる。
そういうものはそういう仕事をする人たちに任せておけばいい。
私は元より、今はまだ次期領主でしかないギルバートが気に病む事ではない。
ともあれ、ひと先ず事態は終息したと言っていい。
今後は騎士団が交代で出口と入口、ふたつの泉を監視する事で話が決まった。
レスリー曰く、泉はあの男たちが魔石の欠片を投与する事で維持していたらしく、それを止めればいずれ消えてしまうそうだ。
魔石の欠片の投与を続ければ魔物の泉を維持する事も出来るが、特にメリットはない。謎の男たちの使っていた魔石の質は、泉から現れるゴブリンを倒して得られる魔石よりずっと上等なものらしい。普通にやっていては赤字になる。
元々瘴気の少ないこの地域に無理に魔物の泉を作ろうとしても無理があるというわけだ。
完全に暴走させて泉が領域と呼べるほどまで成長してしまえば話は別らしいが、そうなると制御も出来ず取り返しがつかない。
後始末に追われるギルバートと騎士たちをその場に残し、私たちは帰る事にした。
宿を引き払い、何とか回復した馬を馬車に繋いで帰路につく。
まだ無理はさせられないが、帰りは急ぐ必要もないしのんびり帰ればいい。
馬車の乗員も、行きよりも減っている。
サイラスは例の商店でもう少し働いてから戻ると言って残り、金払いがいいならとレスリーも残った。
あの2人ほどの実力なら普通に傭兵をやったほうがよほど稼げると思うのだが、もしかしてもう戦う事に嫌気がさしているのだろうか。そういうことなら私の方から父に口をきいて、屋敷の庭師のような穏やかな職を用意してもいい。
「──よかったのか、お嬢。会っていかなくてもよ」
ユージーンがそう言った。ギルバートに、という意味だろう。
挨拶くらいはしておいた方が良かったのかもしれないが、引き止められても面倒だ。
私が手を貸した事は公表せずとも、屋敷に招いて持て成すくらいの事は言いだしそうである。
「ええ。終息したとは言っても、まだ泉は残されたままです。私たちが残っていてはギルバート様も気を使うでしょうし、騎士様がたの面倒も増えてしまうでしょう」
「そうかい。ま、お嬢がいいならいいが」
マルゴー領に向け、のんびりと馬車が行く。
行きは一日で踏破した道だが、帰りは急いでいない。
道すがら宿場町に泊まる事もあるだろう。
そろそろ自分の美しい顔が恋しくなってきた。その宿に鏡があればいいのだが。
もし次に遠出する機会があれば、何を置いても手鏡だけは持っていく事にしよう。
──これにて、有り得たかもしれない私の未来の冒険は終了だ。
次の機会があればとは言っても、本当にそんな機会があるとは思えない。
一生に一度の大冒険としては、なかなか悪くなかったのではないだろうか。