7-12
編入生が剣を抜いたのを見て、対するユールヒェンも細剣を抜いた。
もういかにもお嬢様といった佇まいが美しい。
絶対値としての美ではなく、シチュエーションやコスチューム、ポーズや動作といったものまで含めた総合的な美だ。
元が全国レベルの美人ということもあり、編入生の禍々しい自称聖剣に目を奪われていた観客もユールヒェンの方に視線を移して感動の溜め息をついている。
「ところで、ユールヒェン様の剣ではまともに受けたり出来ないと思うのですが、あれで戦闘って成立するのでしょうか」
フェンシングとチャンバラで戦うようなものだ。異種格闘技戦というやつである。
前世であれば種目として完全に分けられるレベルだし、それを戦わせようというのなら細かいルールは必要なはずだ。
「戦闘が成立するのかって、ちょっとミセルが何言ってるのかわからないのだけれど、ああやって戦ってるんだからそりゃ成立はするでしょ」
見れば、開始の合図もそこそこになし崩し的に決闘は始まってしまっていた。
雄叫びを上げながら編入生が斬りかかり、それを余裕を持って躱すユールヒェン。
さらにその隙を衝いて細剣を繰り出し、編入生の剣の持ち手を狙い鋭い突きを放った。
なるほど、細かいルールがないわけだから別に真っ向から打ち合う必要はないし、それぞれがそれぞれに得意な戦い方をするだけでいいのだ。
勝った方はそれでいいし、負けた方は鍛錬が足りなかっただけ。
もちろん武器種による相性はあるだろうが、それを覆すほどの実力がないのであれば、そもそもそうした武器を選ぶのが間違いだということなのだろう。
まさに戦場剣術と言おうか、そもそも剣術は戦場が前提なのだろうから当然の考えではある。
貴族子女の嗜みとして剣術や魔法を学ぶとはいっても、それは前世のように作法や資格取得のステータスというだけではなく、いざという時にきちんと戦えるようにという実利に基づいたものなのだ。
それはそれとして、ああも綺麗に持ち手、しかも敢えて怪我をさせないように剣を狙って攻撃をされてしまっては、編入生は剣を取り落として終わりだろう。
編入生もほとんど授業を受けていないわりには堂に入った剣の振りだったが、おそらく幼少の頃からそういう教育を受けてきた生粋のお嬢様であるユールヒェンには残念ながら及ばなかったわけだ。
早くも決闘は終わってしまいそうだが、せっかく呼んだ観客の皆様にはこの後も屋台などを回ってもらって──と考えが移りそうになったところで、まだ勝負が付いていない事に気が付いた。
確かに柄の近くを細剣で突かれたはずなのだが、編入生の禍々しい聖剣はぴたりと手のひらにくっついたかのように離れない。
これにはユールヒェンも驚いたようで、一瞬身を引──こうとしたところで編入生が反撃に移った。
「いきなり武器を失わせて辱めようとは、卑劣な!」
編入生は身を引いたユールヒェンを逆袈裟に斬りつける。
「くっ!」
ユールヒェンは咄嗟に細剣を聖剣の腹に当てて滑らせ、僅かに軌道を変えさせることで何とかその一撃を回避した。
いくら相手の得物に対して軽いとはいえ、動き始めた剣閃に即座に合わせて軌道を変えるとか、実はユールヒェンは私の応援など必要ないくらいに強いのでは。少なくとも私にはあんな真似は出来ないと思う。
私が戦うとしたら、編入生相手なら動きがまだまだなので初手で急所を突いて速攻で終わらせるとかだろうか。
ユールヒェンが相手なら、躱し切れない速度でいなし切れない一撃を放ち、そのまま押し切るしかないだろう。
学生の決闘にしてはハイレベルな戦いかもしれないが、そのくらいなら私でもついていける。
でなければマルゴーのゴブリンは倒せないからだ。
こうして2人の動きが視えているのがその証拠でもある。本気になったフリッツやユージーンの動きはまず視る事さえできない。
編入生の剣をいなしたユールヒェンはバックステップでさらに距離を取り、回避型の軽量級剣士の常道とも言うべき距離を手に入れた。
こうなってしまえば、編入生が詰めようとすればその分ユールヒェンは退くだけだし、編入生が攻撃すればユールヒェンは回避する。さらにユールヒェン側からの素早い攻撃は、未熟な編入生では回避する事は出来ない。剣で受けるにしても振りの速度の差から全てを受け切る事は難しいし、これはもう詰みだろうか。
というか実力的には最初から決まっていた結果に過ぎないが、実際に打ち合ってそれが確定した感じだ。
ユールヒェンの慈悲の一撃──即死という意味ではなく、武器喪失による決着という意味で──を防ぎ切ったのはかなり意外だったが、それ以外はなるべくしてなったといったところか。
「っ! まだだ! ──聖剣スケヴニングよ! 私に力を!」
編入生はそう叫ぶと共に剣を天に掲げた。
隙だらけである。やけになってしまったのだろうか。
ユールヒェンは意味不明なその行動を警戒してか、敢えてその隙を衝くような事はしなかった。
まあ隙を衝かなくても堅実に対処すればいずれは勝てる試合だし、これが罠だという可能性もある。迂闊に飛びこまないのは正解だったかもしれない。
が、編入生のその奇行は無意味なポージングではなかった。
掲げた剣に太陽の光が集まっていく。
どこかで見た事がある、というか、これは何とかいう秘密結社の幹部が使うスキルに似ている。集めているのが周辺の魔力か太陽の光かという違いしかない。
あの秘密結社の名前、何と言っただろうか。アインズとかから雑談混じりに聞いたような気もするのだが思いだせない。
ここに来てユールヒェンもさすがに放置はまずいと直感したのか、妨害をするために突進して体ごと突きを放つ。
しかしいくら謎のポージングを決めていたとはいえ、正面から突っ込んでくるのならいかに速くても対処出来ない事はない。
どうやら剣に十分な光を集めきったらしい編入生は、その剣を振るってユールヒェンの細剣をはじいた。
剣戟の瞬間、まるで太陽の光かと言わんばかりの輝きが弾けてこぼれる。
あんなに厨二心をくすぐるダークな見た目をしているというのに、太陽の光を力に変えたのは本当らしい。
「えっ!?」
見た目通りではあるが、普通では考えられない衝撃が来たのだろう。
ユールヒェンが思わず弾かれた細剣を取り落としそうになる。
「隙あり!」
編入生は体勢を崩したユールヒェンに猛攻を仕掛けた。
ユールヒェンも何とか躱すが、大きく弾かれ、握りも危うい細剣ではうまくいなす事も出来ず。
躱しきれない編入生の剣が少しずつ掠り、美麗な運動着も切り裂かれその美しい肌に徐々に傷が増えていく。
「ユールヒェン様!」
「落ち着きなさいミセル。このくらいの流血は大したことはないわ。決闘が終われば魔法ですぐに治せる程度よ。ユールヒェン嬢だって、致命的な一撃は貰わないように掠り傷でしのいでいるだけよ」
それはそうなのだろうが、やはり知り合いの血飛沫というのは心臓に悪い。逆に自分が敵に血を流させるのならそこまで気にはならないのだが。
お返しとばかりにユールヒェンも傷の痛みを堪えて連撃を仕掛けるが、編入生は光る剣を振りまわして牽制する。
光る得物に惑わされてか、それとも自分を傷つけた武器を恐れてか、ユールヒェンも攻めきれずに終わってしまう。
そこからはお互いに牽制と掠り傷の応酬だ。
手数やスピードの差もあるのでユールヒェンが編入生に与える傷の方が多いが、しかしその反面、ひとつひとつはユールヒェンが受ける傷の方が大きい。
とはいえ、ユールヒェンは体捌きで躱す事も多いのでそこまでダメージはない。
そのはず、ではあったのだが。
「……なんだか、ユールヒェン嬢の方がダメージ大きくないかしら」
「ええ……。私にもそう見えます」
動きまわっているせいで出血が激しい、という事を差し引いても、傷を受ける頻度が少ないユールヒェンの方が流血が多く見える。
それは特設ステージの床を見れば明らかだ。
編入生の足元はそれほど血が落ちていないが、その周り、つまりユールヒェンが動き回っているあたりは跳ねた血で赤く染まっている。
ここまで床に血が染みてしまえばもしや、と思ったところで、案の定ユールヒェンが足を滑らせて体勢を崩した。
足元が悪くなるのはフットワークを売りにするユールヒェンにとって逆風でしかない。しかもそれはおそらく自分自身の血で、ダメージの証でもある。そうは見せないが、彼女の精神的な動揺も相当なものだろう。
「──今だ!」
「くう!」
体勢を崩したユールヒェンに、編入生の光る剣が迫る。
何とか細剣を盾にして直撃は避けたユールヒェンだったが、衝撃で転倒してしまう。
そして倒れたユールヒェンに悠々と迫る編入生。
ほとんどが掠り傷であるはずなのに、未だ血が止まる気配もないユールヒェン。
「……あの傷。おかしくないですか?」
「……ルイーゼ嬢の剣のせいかしら。聖剣とか言っていたし」
確かに、これ見よがしに光を集めていた。
ユールヒェンが押され始めたのはあの後からだ。
斬った傷の血が止まらないとか、聖剣というよりは毒蛇かなにかのような効果だが、あやしいと言えばあのくらいしかない。
つい最近まで平民だった子爵令嬢がそんな特殊なスキルを持っているとも思えないし。
というか、あの剣自体彼女が持っているのは不自然な訳だが。どこで拾ったのだろうか。いやさすがに拾った剣で決闘はしないか。カードゲームじゃあるまいし。
状況から見るに、太陽の光を集めたあの剣によって付けられた傷は血が止まらない、つまり回復しないのだろう。前世のゲーム的に言えば、最大ライフ減少と出血によるスリップダメージ、といったところか。強すぎる。あと悪辣すぎる。
「あの傷、治癒魔法で治るんでしょうか。どうなんですかルーサー先生」
「……やってみないとわからないけど……。どうだろう。ていうか、何なんだあの剣は……」
頼みのルーサーも眉間に皺を寄せて唸るほどの事態だ。
観客も、予想以上の流血に静まり返ってしまっている。
ステージに食いつかんばかりに詰め寄っている、身なりのいい中年の男性はユールヒェンの父親だろうか。
ステージの上では、ユールヒェンを追い詰めた編入生が剣を突き付けて降伏を迫っていた。
しかしユールヒェンの目はまだ死んでいない。
それを見てとった編入生は、何も言わずに剣を振り上げた。
するとその剣に、沈みかけた太陽の光が再び集まっていく。
この状況でまたパワーアップとか、意外と最後まで油断しない性格なのかなと思ったのだが、どうもそうではないらしく、編入生は自分で掲げた剣を見て驚いていた。
どうやら天に向けると勝手に集光するシステムらしい。
そして、今度は剣の変化はそれだけではなかった。
要所要所に散りばめられた宝玉の光の明滅も大きくなり、その宝玉のすぐ近くから触手のようなものが生えて、剣を握る編入生の腕に巻きついていく。
「──な、何これ! 剣が……! いやあ!」
ロクなアイテム開発しない結社
 




