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美しすぎる伯爵令嬢(♂)の華麗なる冒険【なろう版】  作者: 原純
レディ・マルゴーと秘密の結社
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7-5





 結局グレーテルは宿題の視写を終えられず、マルゴーの屋敷に泊まる事になった。

 一国の王女がそんなフランクでいいのかとも思ったが、どうせ嫁ぐ予定はありえないので問題ないらしい。問題はそこだけなのか。

 こんな事もあろうかと翌日の登校用のドレスは用意されており、さらに王城には正式に外泊証明書とやらも提出してあるらしい。最初から泊まる気まんまんである。


 そう言えば父から外泊禁止を言い渡されていたのだった。

 しかし泊まるのはグレーテルの方であって私ではないので、こちらも問題ないだろう。


 宿題を丸写しするという行為は、当然だが美しくない。自分で計算する事にこそ意味がある算術であればなおさらだ。

 しかし、である。

 美しさにおいては全方位隙のない私は、当然書く文字も美しい。

 その私の美しい文字を、私の次に美しいグレーテルが、これも私の次に美しい文字で書き写している光景というのは、多少のポリシーを曲げてでも眺める価値があった。


 ともあれ、何とか宿題の視写を終えたグレーテルだったが、さあ寝ようという段階になって急に文句を言いだした。

 同じ部屋に下がろうとした私とディーを見て。


「え、侍女っていうか従者と同じ部屋なの? おかしくない?」


「そうですか? 何かあった時にすぐ呼べるので便利ですよ」


「そうじゃなくて、プライベートっていうか、1人になりたいときだってあるでしょう?」


「貴族なんですから、そんなものはあってないようなものです」


 何しろ着替えでさえ使用人に手伝わせるくらいだ。侍女や従者など、自律行動してくれる道具のようなものというのが一般的な貴族の考え方である。プライベートなど考えるだけ無駄だ。だから恥ずかしがる必要などまったくない。

 と、私はディーから教わっていた。マルゴーではそういう教育は受けていないが、なるほどと思ったものである。


「絶対おかしいわよそれ! 確かにそういう風潮がないでもないけど、使用人だって人なんだから、どれだけ厳しくしたってそこから何らかの情報が漏れる事だってあるし、何かの間違いが起きないとも限らないんだから!」


「何かの間違いとは、例えば何でしょう」


「だからそれは! あれよ、良くない感じのことよ!」


「ごめんなさい、グレーテルの言っている事は時々よくわかりません」


 グレーテルは何が気に入らないのかしきりに抵抗していたが、結局ディーはいつも通り私の部屋で寝る事になった。

 間違いとかはよくわからないが、ディーはこれまで問題を起こした事は無かったし、情報管理についても同様だ。ディーとあまり接点のないグレーテルにとってはいまいち信用しきれないのはわかるが、ディーとそれなりに長く深く付き合っている私には分かる。彼女の私に対する忠誠心は本物である。


 ちなみにグレーテルは客間でひとりで就寝になった。もしかしたらそれが寂しかったのかもしれない。





 ◇





 翌日はグレーテルと共に登校だ。

 馬車の中には私とグレーテルしかいない。

 これは別に、グレーテルとディーがちょっとピリピリした雰囲気を醸し出しているからとかそういう理由ではなく、単にサクラを御せる御者がいないためだ。

 賢いがこだわりの強いサクラは私かディーの言う事しか聞かないので、ディーが御者をやるしかないのである。

 マルゴーから王都へ来る時もこうだった。

 私に対して御者兼従者のディーがひとりというのは上位貴族に連なる令嬢としてはあり得ない手薄さだが、護衛については父やルーサーたちの太鼓判を貰っているので問題ない。


 久しぶりの登校は、いつもとちょっと様子が違っていた。

 マルゴーの馬車の周りは空いているようだったが、交通の流れは非常に悪く、学園に着いたのは結構ギリギリな時間だったのだ。

 後からディーに聞いたところによれば、どうやら往来の他の馬車を曳く馬たちがサクラの迫力にびっくりしてしまい、立ち止まったり逃げようとしたりと結構な騒ぎになっていたらしい。

 私は馬車の中だったし、グレーテルとおしゃべりしていたので気が付かなかった。





「教室もなんだか久しぶりですね」


 私たちの姿を認めて挨拶をしてくれるクラスメイトに挨拶を返しながら、自分たちの席へ向かう。

 心なしか、休み前よりグレーテルに挨拶をする学生も増えている気がする。


 中には私の胸元の膨らみを二度見する学生もいたが、ボンジリがもぞもぞ動いて顔を出すと納得したように視線を切り、その後三度見したりしていた。

 足元にビアンカやネラがうろちょろしているのは見えているだろうから、ヒヨコ1匹増えたところで同じだと思うのだが。


 そうして席に着きふと見渡せば、教室のそこかしこでは学生同士で固まって挨拶をしたりおしゃべりをしたりといった光景が展開されている。休み前と変わらない眺めだ。

 長期連休明け特有の「久しぶりー」「えーちょっと焼けたー?」「どっか行ったりしたのー?」というようなやり取りでもされているのかと思ったのだが、そういう会話は聞こえてこなかった。

 なぜだろうと一瞬思ったが、そういえば学生はあまり里帰りをしたりはしないのだとグレーテルが言っていたのを思い出した。


 このクラスに集められているのは伯爵家以上の高位の貴族子女ばかりだ。

 であればこの休暇中にパーティなどで顔を合わせる機会も多くあったのだろう。いわゆる社交シーズンというやつだ。

 グレーテルに挨拶をする学生が増えたのも、そうしたパーティで改めて紹介しあったりしたからに違いない。

 王都に残るというのも、それはそれで大変だったということらしい。完全にサボっていて宿題を忘れたわけではないようだ。


 私だけ蚊帳の外というのも少し寂しいな、と思ったが、それを気にかけたクラスメイトが何人か話しかけに来てくれた。

 元々マルゴーというのはそうした社交界に出る事はあまりない家なので、むしろパーティには居ないのが当然、だからパーティで出会ったクラスメイト同士で話し合い、パーティの様子を私に聞かせようと考えてくれていたらしい。


 高位貴族ばかりという事もあって中には他を見下すような態度を取る者もいるが、こういう優しい子たちもいるのがこのクラスの良いところだと思う。

 特に例の野外実習が終わってからは私に構ってくれる学生も増えてきた。

 ありがたい限りだ。

 まああの森での騒動は私やルーサーを狙った物だったので、マッチポンプっぽくてちょっと逆に申し訳ない感じがしなくもないのだが。


「──ちょっと! 貴女! ミセリア・マルゴー!」


 そこへ、私の名を叫ぶように呼ぶ少女がやってきた。

 ユールヒェン・タベルナリウス侯爵令嬢だ。

 もう何と言うか、フルネームで呼び捨てにされる時点ですでに懐かしい。

 私は思わず微笑んでしまった。


「お久しぶりです。ユールヒェン様。お変わりありませんか?」


「え? あ、はい。それはもちろん。貴女も壮健なようで何より──じゃありませんわ!」


 一瞬素で返されかけたものの、ユールヒェンはすぐに頭を振って怒りだした。


「貴女ね、今日馬車で渋滞の原因を作っていたでしょう! 自慢の馬だか何だか知りませんけれど、そういう事を登校時間帯にされると大通りがとても混雑してしまって、王都全体の物流に影響が出てしまいますわ! 交通の多い時間帯なんですから、通学には一般的な規格の馬車や普通の馬を使うのが常識でしょう! 貴女だけの往来ではありませんのよ! 特にあの時間帯は!

 それに、なんですのその小動物たちは! ここは学問を修める場所なんですのよ! ペットの持ち込みをするなどどういう了見なんですの!」


 そう言えば彼女は王国有数の商会を束ねる侯爵家の令嬢だった。

 王都の物流に影響するということは、彼女の実家にも迷惑をかけてしまったのかもしれない。


「渋滞に関しては後から聞きました。正直申し訳なかったと思っています。

 こちらの子たちについては、もちろん学園からは許可はいただいておりますよ。みんな可愛いですから、きっと人気者になれると思います」


「貴女だけが特別扱いをされている現状が問題だと言っているんです! 可愛いから人気者だとか、そういう問題ではありません!」


「え、可愛くないですか?」


 私はたまたま正面にいたビアンカを抱き上げ、ユールヒェンに差し出してみせた。

 サクラやボンジリは徐々に大きくなってきているが、ビアンカもネラも小さいままなので抱き上げやすい。


「かっ……! くっ、覚えてらっしゃい!」


 ユールヒェンはそう言うと、縦巻きロールを振り乱して去って行った。

 そしてどっかりと自分の席に座り、ぷいっと向こうを向いてしまった。


「……あの、すみませんね。あれでも、ミセリア様の事は今はもうあまり悪く思ってるわけじゃないんですよ。今のもたぶん、特別扱いされる事でミセリア様が孤立してしまうのを懸念されたのかと」


「……あの方、ああいう言い方しか出来なくて。やんわり言いなおしますと、どうしてもあの馬を使いたいのなら、混む時間帯は避けてちょっとずらして登校したらどうでしょう、という提案がしたかっただけなんです。馬って結構高価ですし、替えろって言われても替えられるものではありませんからね」


 取り巻きの少女たちがこっそりとそう教えてくれた。


 あの言い草から提案というかアドバイスを連想しろというのはかなり難易度が高い。

 この2人には今後もお世話になりそうだ。


 ユールヒェンの側に戻る2人を見送った後、グレーテルと話す。


「なんか、ちょっといい人ですね。ユールヒェン様」


「え? そうかしら。かなり捻くれてると思うけど」


「捻くれているだけで、根はいい人っぽくないですか?」


「いい人っていうのは、根もいい人で、しかも捻くれてもいない人のことよ」


 なるほど。確かに。


 しかし個人的には、全国レベルの顔の良さという事もあってユールヒェンはかなり好ましいので、出来ればもう少し仲良くしたいところではあった。






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― 新着の感想 ―
[良い点] ユールヒェン嬢の口の荒さが出てしまうところ。 でも人の良さがにじみ出てしまっているので周囲から気にかけられているのが分かる描写。
[良い点] これは百合と表現するのが適切なのか、薔薇と表現するのが適切なのか、悩むところですねぇ。 いや、何がとは言いませんが。 全国レベル(笑)
[一言] ツンデレですね 良いですね
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