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「ま、まあ? 別に私はそういう、スキャンダル的なものに興味があるわけじゃないし? ルーサー先生についてはまたおいおい聞くとして……。
さっきから気になってたんだけれど、その、貴女の足元うろちょろしている犬とか猫とかは何なの? あと貴女、ちょっとっていうかかなり 胸大きくなってない? そりゃ、いつかはそういうアイテムも使わなきゃいけないかもしれないけど、ひと夏でそのサイズアップはさすがに不自然って言うか」
当たり前の事だが、成長によって私の胸が大きくなる事はない。
グレーテルが指摘したのは胸元に入り込んでいるボンジリの事だろう。
賢いボンジリは自分の事を言われているのだとわかったのか、もぞもぞと身をよじりながら私の胸元からぴょこんと顔を出した。
「ふわっ!? って、なーんだ。ヒヨコが入ってたのね。
それにしても、どうしたの急に。小動物なんていっぱい飼いだして。あ、もしかして領地に戻ってる間私に会えなくてさみしかったからとか? なーんちゃって」
会えなくてさみしかった、というような事は無かった。
というか、そう感じる間も無いほどかなり濃密な休暇だった。
ただ、グレーテルと会えなくなるかもしれないと思った時に、強烈な寂寥感を覚えたのは確かだった。
この子たちは言わば、その事態を何とか回避するために苦肉の策で用意した私の護衛だ。今はただの護衛以上の愛着も湧いているが。
しかしグレーテルに護衛云々の話をしていいものかどうかは微妙なところである。
何のための護衛かという点をぼかせば問題ないかもしれないが、だとしたらどうして今さらになってという話になる。
まあ、グレーテルに会えなくなるのは寂しいから、その対策のため、という意味なら大筋で間違ってはいないだろう。
「ええ。だいたいその通りです。寂しさに耐えられませんでしたから」
「ちょっ! なんっ……! も、もう……。確かに私も寂しかったけど……」
グレーテルがまた、照れて髪の毛を指でくるくるし出した。
可愛い。私の次に。
「……なんか、急にグイグイ来るわよね貴女。休み明けてから特にそうじゃない?」
「私としては特に何かが変わったわけではないと思っていますが、まあ色々ありましたからね」
「そういう言い方されると物凄く気になるんだけど」
グレーテルがディーにちらりと視線をやると、ディーは申し訳なさそうに首を振る。
「ま、マルゴーの機密に関わる話なら仕方ないわね。ウチにもそういうのあるし、無理に聞こうとは思わないわ」
マルゴーの機密というよりは秘密結社に関する情報なのだが、訂正するわけにもいかない。
「それより、ヒヨコちゃん可愛いわね。私小鳥って結構好きなのよね。でもそのサイズでヒヨコってことは、ちょっと大きめの鳥なのかしら。鶏とか?
おーよしよし……」
グレーテルが私の胸元に手を伸ばし、ボンジリの頭を撫でた。
ボンジリは撫でられるのが好きなので、お返しにとグレーテルの指を嘴で突こうとする。
「おおっとお。そう簡単にはお返しさせないぞ」
しかしグレーテルは突かれる前にサッと指を引き、嘴から逃れた。
ボンジリは空振りしたあと小首をかしげると、少し遠くに逃げたグレーテルの指を追いかけてさらに突こうと首を伸ばす。
何度かそのやり取りを繰り返しているうち、だんだんとボンジリの身体が私の服から出てきてしまった。
「あっ。落ちてしまいますよボンジリ」
私は胸の前に手のひらを広げ、ボンジリを受け止められるよう準備する。
「優しいご主人様でよかったねえ。でも私は優しくないからねー」
グレーテルがさらに撫で撫でと回避を繰り返すと、ついにボンジリは完全に私の胸元から出てしまい、手のひらに乗った。
「ふふふ。ついに観念して出てきたわね。この勝負は私の勝ち──んん?」
グレーテルがボンジリを撫でていた手を止めた。
「どうかしましたか?」
「いえ、なんだろ、気のせいかな。ヒヨコちゃんのお尻から蛇が生えてるように見えるんだけど」
グレーテルは目を擦りつつボンジリに顔を近づけた。
すると注目されているのがわかったのか、ボンジリのお尻の蛇がむくりと首を廻らせ、グレーテルを見ながらちろりと舌を出した。
ボンジリはあの森での戦闘──と食事で成長し、最近は蛇も首を曲げられるくらいまで大きくなっているのだ。
「気のせいじゃないわねこれ! 蛇が! お尻から蛇が生えてるわよこの子! これ、これ、こっちの蛇も貴女のペットなの!? いや、問題はそこじゃないけど!」
「はい。生えてますよ。やっぱりグレーテルも気になりますか」
「そりゃ気になるわよ! 逆に聞くけど気にならない人いるの!?」
「ですよね。やっぱりそちらの頭にも別途名前を付けてあげた方がいいでしょうか」
「そうじゃなくて!」
そうじゃないなら良かった。ボンジリと言う名前はむしろそちらの蛇の顔を見て付けたものだから、今さら新たに名前を付けるのもちょっと違う気がするのだ。
私はグレーテルにボンジリを引き取った際の経緯について話した。
あれは私が農場と個人的に売買契約を取り付けただけなので、別に話しても問題ないだろう。
「──なるほど、マルゴー固有種の鶏の……さらに突然変異の子なのね。処分されそうになっていたところを拾って育ててると」
「ええ。本当は良くない事だとわかってはいるんですが……」
「……確かに、本当に良くない事かもね。この子と同じ種が増えてったら大変な事になりそう……。
ていうか、この子って魔物なんじゃないの? マルゴーって瘴気が濃すぎて、分類上動物と魔物の区別が曖昧な種がいるとか聞いたことあるんだけど」
「ああ、こちらではそう言われているんですね。でもマルゴーでは魔物とそうでない動物との区別ははっきりしていますよ。話が通じない者が魔物で、通じる者は魔物じゃありません。ボンジリは賢いので、私の言う事もよく聞いてくれますよ。なので魔物じゃありません」
「ええと、そういう話じゃなくて……でもちょっと、貴女にうまく説明できる気がしないし、まあいいわ……。
それより、これって突かれても大丈夫なやつなの? 魔物──じゃないにしても、特殊な能力持ってる生物だと突かれただけで毒を受けたりとかする事もあるって」
ボンジリについて、父はコカトリスではないかと言っていただろうか。
だとしても私の中では魔物ではないので問題ないとは思うが、もしかしたらボンジリの嘴にもコカトリス的なオプションがついているかもしれない。
「……確か、さっきの勝負はグレーテルの勝ちでしたよね。よかったですね勝てて」
「不安になる言い方やめてもらえる!?」
とはいえ、掠っただけで徐々に石化みたいな効果が無いとも限らない。
念のためグレーテルの手を取って良くさすっておいた。修業中、ビアンカたちも私がこうやってさすってやると穏やかな顔になっていたので、気のせいでも多少の効果はあるはずだ。
「──で、そっちの白いわんこと黒いにゃんこは何の魔物なの?」
「だから魔物ではありませんってば。
白い犬はビアンカ、黒い猫はネラという名前です。この2匹はお父様からいただいたので、たぶんちゃんとした出自の犬と猫だと思います」
この2匹も賢いので、私が紹介するとそれぞれが「きゃん」と「なーご」と鳴いた。
ビアンカは嬉しそうに、ネラは面倒そうにだ。
「もうそれヒヨコの出自がちゃんとしてないって言ってるようなものじゃないの。
あと、それ本当にちゃんとした出自の犬と猫なの? 今のミセルの言葉、絶対理解してたわよね?」
「理解出来ているということは話が通じるということなので、魔物じゃありませんよ。問題ないでしょう」
そうだそうだ、と言わんばかりにビアンカとネラがその円らな瞳でグレーテルをじっと見つめた。
「ぐ、絶対なんかおかしいのに……。
ああそうだ、もうひとつ言う事あるんだったわ」
「なんでしょう」
「ミセル、宿題ちゃんとやってある? 特に算術とか。まあミセルに限って忘れてるなんて事はないとは思うけど、一応確認してあげるからちょっと出して? 大丈夫大丈夫、見るだけだから。別に変なことしたりしないから」
「そうやって言い訳する方がかえって怪しく聞こえますが、写すつもりなら急いでくださいね。もう外暗くなっちゃいますよ」




