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ちょっとしたトラブルはあったものの、何とか休暇中の宿題を終えた私は、最終日にはサクラの曳く馬車に乗り、ビアンカ、ネラ、ボンジリ、そしてディーと共に王都へと戻った。
マルゴー最後の夜には両親と長兄ハインツ、妹のフィーネが簡単な送別会を開いてくれた。入学の時に開かれたものは家族と屋敷の者くらいしかいなかったのだが、この日はルーサーやレスリーも顔を出してくれた。
ユージーンやサイラスは居なかったので、まだ仕事が終わっていないのだろう。本当にチーム内の経済格差が心配だ。まあ居残り組はビアンカたちの修行に付き合ってくれたし、私から少なくない額の手当を支給しておいたが。
他にもわざわざ領境の町から駐在騎士のヨーゼフが来てくれたが、アインズの姿は無かった。しばらく前から休暇を取っているらしい。
以前に私と母の護衛をしてくれた時も休暇扱いだった気がするので、アインズにはもう有給休暇は残っていないのではないだろうか。彼の今後のプライベートが心配だ。
王都へ発つ前に次兄フリッツの顔も見ておきたかったが、彼も不在だった。
せっかくの休暇だったというのに、フリッツとの時間はあまりとれなかったように思う。ヒーロームーブについて語り合いたかったのだが残念だ。
◇
もはや何の応援もしなくても超速でかっ飛ばすサクラの馬車に乗り、王都のマルゴー屋敷に到着した。
すると何故か屋敷の前に王家の馬車が停まっていた。
この辺りは平民街に片足を突っ込んでいるので、道幅がそれほど広くない。あんな大きな馬車が停まっていると皆に迷惑がかかる。
何事だろうと馬車を降りてみると、王都の屋敷の管理を任されている執事のブルーノが困った様子で対応していた。
「ああ! おかえりなさいませ、ミセリアお嬢様!」
「ただいま戻りましたわ、ブルーノ。あの、こちらの馬車は」
「──やっっっっっっと戻ってきたわねミセル!」
懐かしい声がした。
「あのねミセル。別に今日まで休暇だからって、ギリギリまで領地にいる必要なんてないのよ。というか、ギリギリまで帰らないでいて、もし何かトラブルがあって予定通りに王都に戻って来られなかったら困ってしまうでしょう? だからね、普通は数日前から余裕を持って戻っておくものなのよ。まあそれ以前に普通は里帰りなんてしないのだけど」
グレーテルが馬車から降りてきた。
相変わらず美しい。私の次に。
いや、以前よりもその美しさには磨きがかかっている気がする。気のせいかもしれないが。
もしかしたら会えなくなるかもしれなかった、という思いが私にそう錯覚させているのだろうか。
グレーテル。また会えて良かった。
時に友達というのは、実に曖昧で不安定な関係ではないかと思える。
例えばフィーネは私の妹であり、この関係は何があっても生涯変わる事はない。
もっとも、フィーネは私の事を姉だと思っているが、実際は兄なのだから、これを知られてしまったとしたらお互いの関係に何らかの変化が起きる可能性はある。
しかしそれで血のつながりが消えるわけではないし、私やフィーネの帰るべき家がマルゴーであることは変わらない。
しかし友達はそうではない。
お互いの心の動きのみで繋がったその関係はひどく脆弱で、容易に崩壊してしまう。
巡り合わせが悪ければ、ほんの些細な誤解から仲違いしてしまい、一生それきりという事も往々にしてある。
また例え本人たちにその気がなかったとしても、外部からの干渉で引き裂かれてしまう事だってある。
前世でも引っ越しなどで別れて以来、二度と会う事が無かった友人もいた。
今世なら、前世よりもずっと距離という障害物が大きな物であるため、離れ離れになったら二度と会えないなど普通にあるだろう。
今回の件はまさにそれだ。
何とか護衛を用意でき、こうして再び学園に通う事が出来るようになったが、そうでなければ一生マルゴーから出られないところだった。あそこは一般的には危険な領地なので、王女であるグレーテルが会いに来るなんて事もまずあり得ない。
結社とかいう頭のおかしい連中のせいで、私は大切な友人と二度と会えなくなるところだったのだ。
「……グレーテル」
「だから貴女もね、貴族令嬢としての自覚を──な、何?」
私は友人の手を取った。
「ただいま戻りました。また、貴女に会えて嬉しいです」
「ふえっ!? ななななんなの、きゅ、きゅうにそんな……! ま、まあ私も? また会えて嬉しいけど?」
「ふふふ。変な声が出てますよグレーテル。変わりませんね」
「急に手なんて握って微笑みかけてくるからでしょ! 誰だって変な声が出るわよ! まるで私が前から変だったみたいに言わないでよ!」
この感じだ。
王都に帰ってきた、という感じがとてもする。
「あ、何かいい匂いがしますねグレーテル。香油変えました?」
「ちちち近い! 1ヶ月もブランクあるんだから急に詰めて来ないで! 慣らしが! 慣らしがいるのよ!」
◇
「王都に入る時には一応チェックがあるでしょう? 犯罪者が入り込んだりとかご禁制の物品の持ち込みとかあったら困るし。あれってやってる衛兵は王家が雇ってるのよね。
だからマルゴー家の馬車が入った時点で、私に連絡が来るように手配しておいたのよ。それで急いで城を出て来たってわけ」
それが我が屋敷の前に王家の馬車がいた理由らしい。
あのままでは邪魔極まりないので現在はもう王城に帰ってもらっている。
だから今日グレーテルが帰る際にはマルゴーから馬車を出し、送って行かなければならない。
「そうだったんですね。そんなに私に会いたかったんですか?」
「そんっ……! そ、そうよ……」
ぷい、と顔を背け、珊瑚色の髪を指でくるくる巻きながらむくれて言うグレーテル。
これで男の子とか信じられない。可愛すぎである。
まあ私の方が可愛いが。
「私は私で結構いろいろあって大変でしたが、王都はどうでしたか? 変わりありませんか?」
「うーん、そうね。まあサマーシーズンのパーティなんかは結構あったけれど、貴女がいない事をうちの兄が騒いでたくらいで、特に変わった事はなかったわよ。退屈だったわ」
そういえばゲルハルト閣下に出立の挨拶はしなかったのだった。
よろしく伝えておいてくれ、とグレーテルに言付けておいた気がするのだが、何も伝えてくれなかったのか。
「一国の王子が騒ぐと言うのは結構な大事なのでは……」
「そうでもないけどね。でも、王子が騒ぐほどのお気に入りって事で貴女をやっかんでる貴族とかもいた気がするから、新学期が始まったらちょっと騒がしくなるかも。
ま、まあ? その手の貴族は権威に弱いから、私と一緒にいれば絡まれる事もないだろうけど?」
「そうですか。なら問題ありませんね。新学期もグレーテルとずっと一緒にいる予定ですし」
グレーテルがゲルハルトに伝達事項を伝え忘れたせいで騒ぎになったのなら、その責任は取ってもらわなければ。
それが無くても基本的に行動を共にするつもりだったので別に何が変わるわけでもないが。
「そっそうね! どうせずっと一緒にいるものね! ええと、それで、貴女の方はどうなの? いろいろあって大変だったというのは?」
「ああ、それはですね──」
と、言いかけて少し考える。
休暇中に起きた事は、一応日記に書いてはみたがほとんどクロードに塗り潰されてしまった。
もちろん学園よりもグレーテルに対しての方が情報規制も緩いのだろうが、その線引きがわからない。
友人であるグレーテルにはもちろんあまり隠し事はしたくない。
しかし、いつかアインズが言っていたように、世の中には知る事で危険になる情報というものもある。
ちらりとディーの方を見てみると、目が合ったディーはゆっくりと首を横に振っていた。
やはり、言っても問題なさそうな情報以外は伝えるべきではない。
「──まあなんやかんやいろいろあったんですが、そうですね。私とグレーテルの共通の知り合いの話とかですと、ええと……。
ああ、そうだ。実はルーサー先生には女装の才能があるみたいです」
「ええ!? そうなの!? なんで!? っていうかどういう状況でそんな事実が判明したの!?」
「ううんと、その、詳しくは申し上げられないのですが、私のお父様がそう言ってました」
「辺境伯が!? ルーサー先生の女装の才能をご存知なの!? どういうことなの! っていうかお2人はどういう関係なの!? 詳しく話せないって、もしかしてそういう関係なの!? でもミセルにはちゃんとお母様がいらっしゃるわよね!?」
「グレーテルが何にそんなに興奮しているのかよくわかりませんが、このお話をしていた時はお母様も一緒にいて頷いてましたよ」
「まさかの奥様公認!? それとも3人で!?」
先ほども思ったが、この、グレーテルがわけもわからずがなりたてる様子が、実に久しぶりで愛おしいと感じた。




