7-1
章題は途中で変えるかもしれません。
秘密結社アルカヌム。
その本拠地のひとつは、オキデンス王国の山奥にあった。
オキデンス王国の、とは言ってもあくまで地図上で領土として設定されているだけであり、自然の多い山や森の奥などは到底管理しきれないため、事実上誰の土地でもない状態になっている事がままある。
これはオキデンス王国に限らず、インテリオラ王国やメリディエス王国でも同様だ。
そんな事情から、管理されていない山や森は野盗や山賊のようなアウトロー集団のアジトになっている事が多い。
シティシーフと言おうか、都市型のアウトローはスラムや暗黒街に居を構えるが、そうしたところからさえも弾き出された者や、そもそも近隣の街にスラムや暗黒街がない場合などは山や森に住み、近くの村を襲ったり、街道を通る旅人を襲ったりして生計を立てている。
なお、街道や人里に近い場所にアジトを構える事すら出来ない最底辺の盗賊たちは、普通に山や森の恵みを狩って生活しているらしい。底辺だけあり戦闘力も大したことがないしもはやただの猟師である。
ちなみにマルゴーにはそういった野盗や山賊はほとんどいない。
人里離れた自然には例外なく魔物が棲んでおり、生半可な実力では一日生きる事さえできないからだ。
そしてそれが可能なほどの実力があるのなら、領兵なり傭兵なりで食っていける。
以上の法則から考えて。
フリードリヒは秘密結社アルカヌムを野盗の亜種だと判断した。
「お、お待ちくださいフリードリヒ様! 確かに本拠地こそ世を忍ぶように設置されていますが、このオキデンスにおいてはアルカヌムの影響力は時に政府首脳すら凌駕します!
野盗や山賊と同じと考えるのは危険です!」
フリードリヒが自説を披露したところ、偽騎士アインズが慌てたように否定した。
彼は時おり、フリードリヒを恐れているような様子を見せる事がある。
今まで会った事はないはずなのだが、何故怖がられているのか分からない。
怖いか怖くないかで言えば、フリードリヒのお目付け役として同行しているクロードの方がよほど怖いと思うのだが。
クロードは今もフリードリヒの方を静かに見つめている。
小さい頃から彼に叱られてばかりだったフリードリヒにとって、この視線は非常に居心地が悪い。
「そうかい? でも、結社屈指の実力者とやらも、ミセルの馬に一撃で粉砕されたんだろう? つまり馬以下の人材しか居ないって事だよね。山賊と大差ないじゃないか」
「いえあれはあの馬が異常なんです!」
「それはわかるけどさ。言っても馬でしょう?」
「そうなんですが、そうではなくて!」
残念ながら、この場にいる者の中でミセリアの馬を見た事がある人間は少ない。
ユージーンやサイラスは以前にミセリアと小旅行をした時に馬とも会っているはずだが、クロードによればその馬はミセリアと行動を共にする度に成長し、今ではその頃とは比べ物にならないほどになっているらしい。
そんなにミセリアと一緒に行動しているというのは、フリードリヒにとっては羨ましくて仕方がない。
が、馬に嫉妬するようになっては人として終わりだと思い、ここはぐっと我慢しておいた。
「はっ。でも馬なんでしょう? 馬は所詮は馬。どこまで行っても、真の意味で人と信頼し合うことなんて出来ないさ」
我慢しきれていなかった。
「今は信頼の話はしていませんが……」
「そもそも何で馬の話になってんだよ……」
呆れたようにクロードとユージーンが言った。
そしてユージーンはため息をひとつつき、続ける。
「まあ、何だっていいけどよ。相手が山賊だろうが国際犯罪組織だろうが、俺たちがやることは変わんねえだろ。そろそろ偵察に出てたサイラスが戻る頃だ。あいつの持ち帰る情報を元に強襲作戦を考えりゃあいい」
「……そもそも、現地に来てから作戦を考えると言うのが信じられないと言いますか、たった5人で結社の本拠地を攻めようっていうのが信じられないんですが」
「いえ、アインズ様。貴方は案内役ですので、元々戦力には数えておりません。ですので主に攻めるのは4人ですね」
「それにな、騎士さんよ。戦いってのは、守るより攻める方がずっと楽なんだぜ。ここは敵地だ。周りは全部敵だし、敵の施設しかねえ。いくら暴れてもこっちは全く困らん。つまり、自分たちさえ死ななけりゃあ被害はゼロで済むってことだ」
「いやいや、その死なないって条件がこの人数だと格段に難易度上がっていますよね!?」
「──ちょっとちょっと。何騒いでるの。結構遠くまで話し声聞こえてるよ。まあこの辺俺たち以外に人いないけどさ」
偵察に出ていたサイラスが戻ってきた。
「いや、この騎士さんがちょっとな。で、どうだったサイラス。拠点の警備とやらは」
ユージーンがそう言うと、クロードが懐から羊皮紙を取り出しサイラスに渡した。
「ええと、まず拠点の大雑把な見取り図だけど──」
そこから先は特筆すべき事はない。
サイラスの調べてきた敵の配置を元に作戦を立て、それを実行しただけだ。
正面からフリードリヒとユージーンが攻め立てて注目を集め、忍び込んだサイラスとクロードが混乱の中でも持ち場を離れない警備を始末していく。もちろん、正面に集まってくる敵はフリードリヒとユージーンの2人で全て片付ける。
そうして抵抗戦力を排除したあとは、正面入り口あたりで合流して突入、という流れだった。
要は力押しである。
戦力に不安がないのなら、力押しが最も効率が良く、成功率も高いのだ。
アインズはその様子を少し離れた場所から震えながら見ていただけだったが。
クロードが言った通り、アインズはあくまで道案内であり戦力ではないので、それについてフリードリヒが何かを思う事は無かった。
死ななかったんなら良かったじゃん、という程度である。
◇
そうして押し入った、本拠地の最深部。
かつてエレミタと呼ばれていたアインズがマルゴー潜入の命令を受けたあの場所、通称『女教皇の間』。
一行はそこで、結社の要人『女教皇』と面会していた。いつものあの認識阻害のかけられた仮面を付けているが、会った事があるというアインズが頷いているので間違いないはずだ。
もっとも面会と言ってもアポイントはなく、また『女教皇』以外の結社の人間は全て物言わぬ骸になっていたが。
「──その仮面、我が結社の物ですね。結社の幹部を殺して奪ったのか、あるいは幹部が裏切ったのか」
3つあるという結社の本拠地、そのうちのひとつを強襲され、自分の喉元にまで迫られているというのに、『女教皇』は慌てた様子もなくそう言った。
『女教皇』の言う仮面とは、言わずと知れた認識阻害の仮面である。
マルゴーは現在これを3つ所持しており、今回の強襲においては、正体がバレてはまずいフリードリヒ、クロード、アインズの3名がこれを装備していた。
ユージーンとサイラスは以前にも使った頭部全体を覆うタイプのマスクをしている。さすがに首から下は慣れた傭兵用の装備だ。全身タイツで敵の本拠地に強襲をかけるほど酔狂ではない。
ユージーンにとってはこのマスクも初めてではないのでそれほど抵抗もなく、またサイラスも自分の顔を隠せるというメリットが気に入ったらしく、2人ともすんなりと身に付けていた。
実は強襲メンバー選定についてはこのマスクに対する適性も大きなウェイトを占めていた。ルーサーとレスリーはこれを被るのを嫌がったのだ。
「そのどちらでもある、かな。仮面は全部奪ったものだけど、おたくの幹部の裏切り者ってのもこっちにはいるからね」
フリードリヒがそう言うと、『女教皇』は認識阻害の効果のある仮面の向こうで何かを考えるような素振りを見せた。
認識阻害のせいでどうにも気配が薄いと言うか、感情や意思が読みづらい。
「……なるほど。『隠者』は裏切っていましたか。ということは、皆さんはマルゴー辺境伯領の方々というわけですね」
「っ!」
フリードリヒの背後でアインズが息を飲む。
たったこれだけの事でこちらの正体を正確に言い当てられてしまった。
「後ろにいるのがエレミタですか。お久しぶりですね。ずいぶんと長い間音沙汰がありませんでしたが、壮健なようで何よりです。新しい職場はどうですか?」
「……な、なぜ……?」
「なぜ、とは? ああ、裏切り者を特定した件ですか? そんな事、私にとっては造作もないことです」
アインズが震えている。
確かに、裏切り者を特定した方法はフリードリヒも気になった。
これまで送り込まれた結社の刺客は『隠者』、『悪魔』、『死神』、『剛毅』の4名だが、誰一人として結社には帰していない。同行していた仲間も同様だ。ならば誰が裏切ったのかの特定は困難なはずだ。
「……まあ、何でもいいか。ここで始末してしまえば同じ事だ」
考えてもわからないことは考えない。
状況だけ整理しておいて、後でライオネルかハインリヒに伝えれば、あちらで色々考えてくれるだろう。
今回に関してはクロードも同行しているので、状況を整理して説明してやる必要すらない。とりあえず暴力で解決すればいいだけの簡単な仕事だ。
フリードリヒは右手を構え、周囲の魔力を炎の力に変え始めた。
こちらの素性がバレているなら、正体を隠すために苦手な氷系の技をわざわざ使う意味はない。
「いきなり暴力ですか。マルゴーというのは野蛮なところのようですね。それは賢さから最も遠い行ないです。やはり、大いなる知をもたらす異界の魂をマルゴーに預けておくというのは世界にとっての損失と言わざるを得ません」
「ちょっと何を言っているのかわからないけど、別に貴女から何かを預かった覚えはないし、今マルゴーにある物はすべてマルゴーの物だ。そもそも先にうちに暴力的な手段でちょっかいをかけてきたのはそっちでしょ。
世界の損失になるとかどうとかは知らないし、それで困るなら困った奴が何とかすればいい。こっちを巻き込むな」
「やはり野蛮だ。全く話が通じない。嘆かわしい限りですね」
「もしかしたら知らないかもしれないから教えてあげるけど、会話ってのは共通の情報っていうか、まあつまりお互いが常識を持っているってのがまず前提になってるんだよ。その常識の共有って部分をぶん投げといて、通じないから嘆かわしいってのはどうかと思うよ。言っちゃあなんだけど、貴女が会話が通じないと思ってるのは僕らに責任があるわけじゃなくて、100%貴女に問題があるんだよ。
どうせあれでしょ。今までも一方的に部下に命令出すばっかりで、会話のキャッチボールなんてしたことないんじゃない? 居るのかどうか知らないけど、もし同格の幹部が居るなら絶対貴女と仲悪いでしょ」
「……この報いは必ず受けてもらいますよ。この私が異界の魂を手に入れ、『ダアト』へと至った暁には、マルゴーの地は必ずや滅ぼします」
仮面越しでは怒ったのかどうかわからないが、『女教皇』の声は大変不機嫌になっている。
そのまま熱くなって迂闊な行動でもしてくれればやりやすかったのだが、声とは裏腹に身体の方は特に構えようともしない。
相変わらず尊大な態度で椅子に座ったままだ。
ここまで来てまだこちらを侮っているのだろうか。
怒って隙を出してくれないのであれば、油断しているうちに始末をつけてしまったほうが良い。
「いやここで死ぬ貴女には無理でしょ。【フレイムデトネーション】」
集束させていた魔力を解き放ち、フリードリヒは『女教皇の間』を焼きつくした。
【フレイムデトネーション】はフリードリヒの開発したスキルだ。
元は魔法であったのだが、フリードリヒの類まれなる才能と研鑽により、単体のスキルとして昇華されたものである。
研ぎ澄まされた魔法や技が後天的なスキルとして昇華するというのは、マルゴーの領主一族の中では割とよくあることだが一般には認められていないため、教会にバレると面倒な事になる。そのため外ではあまり使用できない。
秘密結社のアジトにまさか女神教関係者がいるはずもないし、ここなら問題ないだろう。せっかく身に付けた力だし、たまにはブッ放したい。
視界の端でクロードがため息をつきながら防御系のスキルを発動させ、アインズを守っているのが見えた。
確かに、広いとはいえ室内でこれほどの高温を生み出してしまえば普通の生物は生存できない。直撃ではなく余波だけだとしても死んでしまうだろう。
基本的に1人か、連れて来るとしてもマルゴー出身の手練れくらいなので、味方に対する被害については失念していた。
炎が収まると、部屋の床や壁、『女教皇』が座っていた石造りの椅子などは全てが艶々キラキラとしたガラス状に変化しており、それ以外のものは何もなくなっていた。
これはそれだけの高温に曝された事を意味している。何もなくなっているのは、全てが燃え尽きてしまったからだ。
「……やったかな」
「やったか、ってのは実はやってないフラグだとか何とかお嬢が言ってたことがあるが」
「は? 何それ。そんな事気軽に話すほどミセルと仲良くしてるの? ユージーン殿もここで死ぬ?」
「相変わらず面倒くせえなアンタ! 執事さんもこの人何とかしてくれよ!」
「フリードリヒ坊ちゃま、お戯れはその辺りで。目的を達したのなら撤収しましょう。周辺にいた人間はすべて始末していますが、あまり長居して余計な者が近付かないとも限りません」
「そろそろ坊ちゃんはやめてくれよクロード。
まあ、拠点は潰せたし高位幹部のひとりも始末出来たから、作戦は成功といっていいかな。早く帰ってミセルに癒されたいしね!」
「……どうでしょうか。おそらくマルゴー領に帰参する頃にはミセリアお嬢様は……。いえ、まあいいでしょう」
◇◇◇
「──人形がひとつ燃やされてしまったわ。野蛮ね、マルゴーの猿は」
「──燃やされた、って、猿なのに火なんて使うのか。賢いじゃないか」
「──お前が生き延びた事はバレていないのか?」
「──何のための仮面だと思っているの。あれはもともと正体を隠すためじゃなくて、本当はそこに誰も居ない事を誤魔化すための物よ。仮面ごと私の人形を攻撃してきた時点で、バレているはずがないわ」
「──残念だ。お前が死んでくれていれば、『ダアト』の席は俺に回ってきたかもしれんと言うのに」
「──ほほほほほ。それは無理よ。わかっているでしょう。『ダアト』に至る可能性があるのは『女教皇』──『ギーメル』である私だけだという事くらい」




