6-12
「──【G線上のミセリア】!」
私は脳裏に浮かんだ、力ある言葉を解き放つ。
すると指揮者である私の指示に従って、かどうかはわからないが、サクラ、ビアンカ、ネラ、ボンジリが、それまでの好き勝手な鳴き声とは違う、ある種調和のとれた旋律を奏でた。
そして次の瞬間。
その旋律を聞いたオークジェネラルの目から血が噴き出した。
「ア、ギャアアアア!」
苦しむオークジェネラル。
それを見て驚くルーサーたち。
「何だ!?」
「オークの目が!? まさか、今の鳴き声で!? どういう事なんですか!?」
しかしオークジェネラルを襲う惨劇はまだ終わりではない。
目を潰されたオークジェネラルだが、次は耳から血が噴き出した。
「ウ、グオオオオオオウ!」
「ちょ、ちょっと、僕ら大丈夫なの!? 旋律とやら聞いちゃってるけど!」
慌てて耳を押さえているが、私は彼らを落ち着かせるよう努めて静かな声で言う。耳を押さえているので聞こえるかどうかはわからないが。
「皆さんは大丈夫です」
たぶん、ではあるが。
オークジェネラルの目が破壊されたのは、私がそう望んで発動したからだ。
あのスキル、おそらくあの瞬間にこの世に誕生した新たなスキル【G線上のミセリア】は、栄光の上に積み上げられるあらゆる惨劇を再現するスキルである。
我ながらちょっと何を言っているのかわからないが、とにかくそういうものらしい。惨劇の上に栄光があるのならわからないでもないのだが、すでに栄光を得ているのになぜわざわざ惨劇を重ねる必要があるのだろう。まあなんでもいいのだが。
スキルの発動命令時、私はオークジェネラルに「刮目せよ」と言った。
刮目した──かどうかはわからないが、『戦慄の音楽隊』の姿を見たオークジェネラルは目を失った。
次に、『戦慄の音楽隊』の名を聞いたため、耳を失った。
そして最後に、『戦慄の音楽隊』の奏でる【G線上のミセリア】を浴びたオークジェネラルは。
「アギャア……! グ、ハァ……!」
全身にその旋律を刻み込まれ、あらゆる場所から血を噴き出しながら倒れ伏した。
それからしばらくの間、誰も動かなかった。
私としては、皆どうして何も言わないのかと不思議に思っていたのだが、おそらくオークジェネラルが死亡した事を確認するために様子を見ていたのだろう。
私と『戦慄の音楽隊』の合体技とも言える【G線上のミセリア】の効果か、私にはオークジェネラルが死の惨劇で絶命している事はわかっていたが、それは周りからではわからない。
「……何あれ。どうやってガードするの……?」
「……トリガーは音、なのか? しかし同時に聞いていた俺たちは何ともないから、単純に耳をふさげばいいというわけでもない……」
「……お嬢様にターゲティングされた時点で、この惨劇は避けられないという事でしょうね……。さすがはお嬢様です……。攻撃を受ける前に、敵対者をすべて滅ぼしてしまえば良いというわけですね。これこそ護身の極致と言えるでしょう」
私にもよくわかっていないが、トリガーは音だけというわけではないはずだ。
参考にしたかの音楽隊も、窓に映る自分たちの姿を使って盗賊たちを怯えさせていたりした。
重要なのは「そこに何か得体の知れない化け物がいる」と認識させる事。
姿や鳴き声はそれを知らしめるための手段に過ぎない。
このスキルは、おそらく私と4匹の全てが揃っていなければ発動は不可能だろう。そんな気がする。
しかし彼らは私の護衛なので、これからも高頻度で共にいるはずだ。
これからは困ったらこのスキルを使って退ければいいというわけだ。4匹が縦に並んだ状態で私が指揮するだけなので、お手軽に使えるのもいい。
『餓狼の牙』が揃っていなければ撃退が難しい、オークジェネラルでさえ見ての通り確殺できるようだから、ここまで出来れば父も護衛たちの力を認めてくれるはずだ。
いや、これは切り札だから、これを使わずともある程度の成果が出せるのが一番ではあるが。
「──お、お姉ちゃん、もう大丈……うげっ!」
「あ、あのオークがあんな……!」
戦場が静かになったからか、荷馬車の陰から子供たちが出てきた。
オークジェネラルの無惨な姿を見て顔をしかめる。
「もう大丈夫ですよ皆さん。悪いオークは私たちが退治しましたからね」
だから安心して欲しい。
そういうつもりで言ったのだが、子供たちは安心するどころか、少し引いた態度で私を見てきた。
「……てことは、あの森の中の死体もお姉ちゃ、お姉様が……?」
「……人間のすることじゃないぞ……」
「……こわい……大人こわい……」
大人が怖いとか言っているが、まさか宇宙一美しい私の事ではないだろう。何より私はまだ成人していないし。
たぶん親から森の怖さなどをさんざん言われているはずだし、そういった物を含めて今日感じた怖さを思い出しているに違いない。
しかし、今回は運よく大した被害もなく問題を収める事が出来たが、今後もそうとは限らない。
この地に生活に困窮した──というわけでもないかもしれないが、とにかく副収入を求める領民がおり、その副収入と競合するかもしれない傭兵がいる以上、狩りについては何らかのちゃんとした決まりが必要だろう。
これまでは慣例的な習わしでうまくいっていたとしても、何かの理由で他所から人が来るような事があれば容易に崩れ去ってしまうのだ。
これは領主一族に連なる者として、領主である父に進言しておかなければならない。
「まあ、それは帰ってから考えましょうか。
さあ皆さん、帰りましょう。あまり乗り心地はよくありませんが、怖い思いをさせたお詫びにおうちまで送っていきますね」
「お嬢、さすがにオークジェネラルはここに打ち捨てていくにはもったいないぞ。子供たちを送って行くのはいいが、悪いが死体と同乗になる」
「ひっ……」
◇
子供たちを送ってから屋敷に戻った私は、自信を持って父に護衛団『戦慄の音楽隊』を見せた。
身体能力を始めとする基本的な戦闘力は、この日屋敷の警備を担当していた領軍の分隊が確認してくれた。
マルゴー領軍ではこの分隊を最小単位としており、ひとつの分隊は5名と決まっている。
ビアンカ、ネラ、ボンジリ、サクラの4匹でひとつの分隊と模擬戦を行わせる事になった。
さすがはマルゴーの領軍、小さな犬、猫、ヒヨコに巨大な馬が一頭ずつというおよそ普通に相手にする事などあり得ないだろう構成の敵に対してもその実力は十分に発揮され、『戦慄の音楽隊』の4匹は苦戦を強いられた。
結局勝敗はつかずにドローになったが、疲労の色が濃い『戦慄の音楽隊』に対し領軍側には余裕があった。
5対4である事を差し引いても、まだまだ実力に差があるようだ。とはいえ、勝つ事は難しいにしても、ある程度の時間稼ぎなら可能である事は証明した。
「どうでしょうお父様。マルゴーの正規軍を相手にこれだけ戦えるのであれば、私の護衛としては十分なのではないでしょうか」
戦いを終え、私のそばに駆け寄ってきた皆を労いながら父に問う。
これでダメなら、もう危険を覚悟で【G線上のミセリア】を撃つしかない。いやあれはまだ手加減の仕方がわからないし、さすがに死人が出るのは良くないか。
「……どうなっておるのだ。まだ2日だぞ……。
というかミセル、私の目には、あの馬の額に角が生えているように見えるのだが……?
それとあのヒヨコだが、あれはもしかして尾から蛇が生えてないか……?」
「馬ではなくサクラですお父様。ああ、本当ですね。タンコブか何かだと思っていましたが、角でしたか。いつの間にか伸びてきてたんですね。
それとヒヨコではなくボンジリですよ。あの子はわりと最初からあんな感じです。ちょっと成長して尾っぽの方も首が伸び始めたみたいですね」
父の言う通り、サクラの額からは3本の真紅の角が生えていた。
左右の2本はヤギのように後方に流れるように伸び、真ん中の1本はユニコーンのように前方に伸びている。
言われて気付くとは私も主人失格だ。まあ、サクラは私より背が高いので、近くにいると頭に何が生えているのかなどよくわからないので仕方がない部分もある。
「……ヒヨコは……あれはおそらく鶏ではなくコカトリスの雛だな。若い頃、森の奥で戦った事がある。成鳥はこのマルゴーでも災害指定を受けるほどの危険生物だが……」
父は私の手に乗るボンジリを睨む。
しかし睨まれたボンジリはそんな視線などどこ吹く風で、私の指に嘴を擦りつけている。
「……お前に懐いているのなら、まあ、いいか……。
しかし、ユニコーンやバイコーンは見た事があるが、角3本の馬など聞いたこともないぞ。
……と言うか、仮にあれらに関係する魔物なのだとしたら、大丈夫なのかミセル。ユニコーンは純潔を愛し、バイコーンは不純を好むと言われているが、いずれにしても女にしか心を許さんはずだが」
父が私にだけ聞こえるように囁く。
「そうなんですね。知りませんでした。でもサクラは私によく懐いていますよ」
そう言うと、私の言葉がわかっているかのように頭を下げ、甘えてくる。
私はそんなサクラの頭と、それから角を優しく撫でた。
しかし父が近付くと牙を剥き出し、噛み殺さんばかりに威嚇する。
「うおっ!? とんでもなく凶暴ではないか! これは、ちょっと生態を調べない事には危なくてとても連れ回せんぞ!」
「こらこら。だめですよサクラ。そちらは私のお父様ですからね」
叱ってやると一応牙を収めるが、不機嫌そうな表情は揺るがない。
「……やはり色々調べる必要があるな。純潔と不純か……。とりあえず、フィーネとコルネリアを連れてくるか」
そして検証の結果。
サクラは母にも妹にも懐かなかった。
あらかじめ私が言い聞かせておいたおかげか父の時のように威嚇する事こそなかったが、不機嫌そうな表情は父に対するものと同様だった。
常に私の傍にいるディーには何も反応しないので、ディーには特に悪い感情は抱いていないらしい。
それから恩のあるルーサーにもだろうか。彼に対しても、懐くとまでは言わないにしても、自然に馬として対応している。
「……私が不純担当というのは納得がいきませんが……」
「いやお前、子供4人も産んでおいて純潔はさすがに無理があるだろう……」
「……4人も産ませた男が言う言葉ですか」
いちゃいちゃするならどこか遠くに行ってやって欲しい。惚気程度なら微笑ましいが、両親のそういう生々しい話はなんというか、心に来る。
「私にも懐いてくれないのに、ディートリンデには懐くんですね! ディートリンデはずるいです!」
ぷんすかと純潔担当で呼ばれたフィーネが憤慨している。可愛い。
「ディーは私の従者なので、サクラもディーの事を私の付属品か何かだと思っているのかもしれませんね」
「ディートリンデはずるいです!」
そこか。そんなにずるいかな。
結局、この時はサクラの懐く条件はわからなかった。
◇
しかし後ほど、私とディーは父の執務室に呼ばれる事になった。
行ってみると、そこには両親とマイヤの3人が待っていた。
マイヤは普段、掃除以外の用事でこの部屋に来る事はまずないので、これは私の性別を知っている者が集められていると考えていいだろう。
クロードはまだ出かけたまま帰っていないようだ。
「あの3本角の事だがな」
「3本角ではなくてサクラですよ、お父様」
「個体名は今は重要ではない。重要なのはあの種族の持つ性質だ。そうだな。暫定だが、奴の種族をトライコーンとでも呼ぶか」
ユニコーンのユニは1本角、バイコーンのバイは2本角を表しているらしい。サクラは3本角だからトライと名付ける事にしたという。
バイコーンはユニコーンの倍の角があるからそう呼ぶのかと思っていた。サクラは3倍コーンですねとか言い出さなくてよかった。スナック菓子のお徳用パックになってしまうところだった。
「まだサンプルが少ないから断定はできないが、我々で話し合った結果、あの獣は純潔でも不純でもなく、そのどちらでもない者を好むのではないかという結論が出た。つまり、女の姿でありながら、女としての貞操を持たない者だ。
そう、おそらくは──」
「──男の娘を好む、ということですね」
「……そういう呼び方は初めて聞いたが、まあ、要は女と偽っている男のことだな。お前やディーに懐いているのがそのひとつの証左でもある」
「お待ちください、お館様。それでは、サクラがルーサー様を嫌がっていないのは……?」
ディーが父に問いかける。
あれはたぶん、角が生えてくる前に世話になっていたからだと思うが。
しかし父は私の予想に反する考えを重々しく告げた。
「……うむ。言いたくはないが、奴にも素質があるということだろう」
その発想は無かった。
なるほど、ルーサーにも女装の素質が。
これは面白い話を聞いた。
ここで6章終了です。
なので、ルーサー先生の女装についての続きはありません。
ついこの間、評価くださいコメントを捻り出したと言うのに、もう6章終了とは早いものですね。
毎日更新している以上、12話だと2週間経っていないのでそりゃ早いですよねって話ですが。
2週間というか1週間と5日ですね。
そう5日……5……5つの☆が(




