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大人の木こりたちが木を切りに行った後は、獲物が少ない。
それは辺境であるマルゴーの、さらに僻地に住む子供たちにとっては常識だった。
子供たちは家の手伝いが終わった後、小遣い稼ぎに弱い魔物を狩りに行く事がある。マルゴーでは魔物はいくらでも湧いてくるため、森に行けば獲物に困る事はない。
しかし大人の木こりたちが木を切りに行った直後は、頭の悪い魔物たちでも身の危険を感じて森の奥に引っ込んでしまうため、子供たちでは狩る事が出来なくなってしまうのだ。
だから、獲物が欲しければ伐採から最低でも三日ほどは時間を置いてから行くと良い。
地元ではそういう暗黙のルールが出来上がっていた。
そんな地元の農家の子供であるカールたちは、気配の薄い森で首を傾げていた。
「……おかしいな。もうそろそろ馬鹿な魔物が縄張りに戻ってきてもいいころなのに」
「うん。それどころか、むしろ木を切った直後の森とかよりも魔物いないよね」
子供の小遣い稼ぎと言っても、世帯収入として考えれば時には無視できない額に達する事もある。
故にこうした農家では、時折示しあわせて複数の家から子供を集め、家の手伝いを休ませてまとめて狩りに出させる習慣があるのだった。
この日のカールたちもまさにそれであった。
しかしせっかく朝早く起きて、まだ暗いうちから森に入ったというのに、求める獲物は一向に出てこなかった。
「どこかの家が抜け駆けしてフライング狩りでもしたのかな?」
カールの弟、トーマがそう言って首を傾げた。
フライング狩りとはその名の通り、三日の時間を置くという暗黙のルールを破って早い時期に森に入る事だ。
「いや、トーマ。そうだとしても少なすぎるだろ。子供がひとりふたり森に入ったくらいじゃ、ここまで魔物が減ったりしないよ」
カールの隣の家のラルフだ。
彼の言う通り、子供が数人森を荒らした程度ではここまで魔物を減らす事は出来ないし、魔物たちも逃げ出したりはしない。
「……もう少し、奥まで行ってみる?」
近所のミューラーがそう提案した。
親たちには森の奥には行かないようにきつく言われてはいるが、獲物が全くいないのでは仕方がない。
仮に普段森の浅いところにいる魔物たちが逃げてしまったのだとすれば、少しばかり奥まで行っても危険な魔物は出てこないだろう。
「うーん……。そうだな。手ぶらじゃ帰れないし、もう少し奥まで行こう」
「ああ」
「わかった」
そうして4人の少年たちは森の奥へと分け入って行った。
◇
「ちょっと待った」
ここまで深くまで森に入った事はない。
そう言えるくらいの場所まで来たところで、カールが皆を止めた。
「どうしたんだ?」
ラルフが問うも、カールは目を閉じたまま答えない。
「……臭わないか?」
「え?」
そう言われた他の3人もカールに倣って目を閉じた。
するとすぐに、うっすらと何かが腐敗したような匂いを感じ取る。
「……死体か?」
「……たぶん」
「……どっちだ?」
「……あっちかな」
4人は声をひそめた。
仮にこれが死体の匂いだとすれば、それを殺した何者かがいるかもしれない。
腐敗臭がすることから、匂いの元のすぐそばにまだ潜んでいるかどうかはわからないが、警戒はするべきだ。
精一杯警戒しながら、腰を落として茂みを掻き分けていく。
匂いはどんどん強くなる。
「……あった」
「……うわ……」
そうして辿り着いた先には、無残にも頭部を潰され息絶えた、一匹のコボルトの姿があった。
腐敗している、というほどの時間が経っているわけではないようだが、傷みやすい脳の一部も零れてしまっているせいか、ハエがたかっている。
頭を潰された時に飛び出たらしい目玉は見当たらない。
目玉だけ小型の獣が食べたのだろうか。
いや、だとしたら脳が痛むままになっているのは不可解だ。
「……自然に死んだ、わけじゃないなこれ」
「……うん。でも食べるために殺したわけでもない」
「……なんなんだ、これ……」
コボルトは確かに弱い。
子供と言ってもこの4人なら──いや、リーダー格のカールなら1人でも倒せるくらいだ。
しかしそれをするとしても、あくまでコボルトから得られる素材が目的だからである。無意味に殺すことはしないし、殺したならば死体は処理して持ち帰る。
そしてそれは近くに住む大人たちであっても、少し遠くに布陣している兵隊たちであっても同じだ。
ただ、一部の高レベルの傭兵たちならもしかしたら放置する事もあるかもしれない。
彼らが得る報酬は莫大だ。コボルト一匹を捌く時間があればその何倍も稼ぐ事も出来る。
「あ。見てあれ!」
トーマが指差した方を見てみると、真新しい獣道のようなものが作られていた。
獣道と言っても本当に獣が作ったようなものではなく、ある程度歩きやすいようにしっかりと踏み固められたものだ。刃物を使ったような跡もある。
「あっちの方からか……。てことは、木こりの人かな」
「いや、木こりだったらこんな森の奥まで入らないだろ。木切っても持って帰れないし」
「じゃあ、誰が何のためにこんなところまで? しかも」
子供たちはコボルトの死体を見る。
「魔物素材が目的ってわけでもない」
「そんなの……知るかよ」
獣道や死体の状況からすれば、ここを誰かが通ったのはここ1日の間と言ったところだろうか。だとしたら、まだ森の中にいるかもしれない。魔物を排除してまでこんなところまで来ておいて、日帰りするというのは効率が悪すぎるからだ。
それに、カールたちは思い当たる人物には心当たりがなかった。
おそらく人間、それも傭兵だとは思うが、目的がわからないため少々不気味ではある。
何より、このコボルトの死に方だ。
目玉が無いのは、恐れ知らずの小動物が持っていったからかもしれないとしても、頭だけを潰して殺してそのまま放置など、まともな人間がやったこととは思えない。
これをやったのが名のある傭兵だったとしても、効率を考えれば普通は斬撃系の武器を使うだろうし、打撃武器や素手で戦うスタイルであれば打撃痕などが残っているはずだ。矢傷のようなものも見当たらない。
「これ、何かの魔法でやられたのかな」
「スキルかもよ」
「巨大なやっとこみたいなもの、とか?」
「誰が作るんだそんなの」
「……だよね」
いくら考えても答えは出ない。
「──とにかく、ここで見ててもしょうがない。こんな事をするような人が森に入り込んでるんなら、魔物が少ないのもわかる」
もちろん、やったのは人間とは限らない。
しかし、自分たちが普段よく来る森に、こんなことが出来る人外が入り込んでいるなどとは考えたくなかった。
それはカールの中で無意識の逃避のような思考ではあったが、実際のところ、人外ならば即興で獣道を切り開く必要はないので、あながち間違った推論でもない。
「そうだね。でもどうする?」
進むか、戻るか。
戻るというのはこの日の収穫がゼロになる事を意味している。朝早くからこんなところまで来て、収穫がゼロでは家族に合わせる顔がない。もちろん家族としてもそこまで子供に期待しているわけではないが、収穫がないなら畑仕事の手伝いくらいはさせられるだろう。
早起きしてハイキングをした後に畑仕事というのは、出来れば回避したかった。
進むというのはこれを成した存在と出会う危険がある事を意味している。
おそらく人間だろうし、人間ならば話が通じるかもしれないが、やはり正体や目的がわからないため不気味だ。
が、それはあくまで可能性の問題であって、その存在はもう森には居ないかもしれないし、居ても理性的な優しい大人かもしれない。
「……行こう。ここまで来といて、手ぶらは勘弁だ」
カールはそう言い、仲間たちを見回した。
「……んだな。かーちゃんに大見得切っちまったし」
ラルフはどうやら、出かける前に家族に大きな事を言ってきたらしい。
「……僕も、森の様子は気になるし」
確かに、それはミューラーの言う事も一理ある。
魔物が居ないのが、単に森にとってイレギュラーが現れたからだというだけならいいが、そうでないなら今後の小遣い稼ぎにも影響が出てくるかもしれない。
トーマはカールの意見に頷いている。基本的に彼が兄の方針に逆らうことはない。
「よし、じゃあ一応警戒しながら行こう。これ以上奥に入ったことはないけど、獣道もあるし、なんとかなるはずだ」
そうして4人の少年たちは、慎重な足取りで歩きやすい獣道を進んでいく。
しかし、程なく彼らは後悔し始めることになる。
なぜなら進む先々に血の匂いが漂っており、その度におよそ人がやったものとは思えない魔物の死体を見つける事になったからだ。
それでも彼らは歩みを止めなかった。子供ならではの頑固さと、大人ならではの協調性とも言うべきか。
村という共同体で生活する少年たちにとって、全会一致で決定した方針を考え直すというのは容易な事ではなかったのである。
さらに悪いことに、しばらく進むと頼みの獣道も途切れてしまう事になる。
ところが、ここに来ても魔物の気配も正体不明の人間の姿もない。
仕方なく、彼らは木々に目印を付けながら進んでいく。
彼らにとっては真っすぐ進んでいるつもりであったが、ここはすでに森でも深部に近かった。
いつも見ているものとは違った植生に、陽の当たらない薄暗い足元。
彼らの進行ルートは意図せずして徐々に蛇行していき、真っ直ぐ進めばぶつかったであろうマルゴー領軍のキャンプ地を大きく迂回してしまう。
領軍のキャンプとはすなわち、辺境における人類の最前線である。
それを迂回して進んだ先にあるのは──
次回は森の外、お嬢たちのところに視点戻ります。




