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それから何度も、私たちは遭遇した魔物を狩っていった。
「──今ですビアンカ! 相手の頭蓋を噛み砕くんです!」
「──ネラ! 貴方ならやれます! 爪で切り裂きなさい!」
「──さあボンジリ。また目玉が取れましたよ。丸呑みしますか?」
現れる魔物は一体とは限らず、時に群れを相手にする事もあった。森の奥へと入って行く事で、危険度も増しているのだろう。
しかし、いずれも成長していくビアンカやネラの相手ではなかった。
「──ビアンカ! 距離を詰めて! インファイトです!」
「──ネラ! 影を使って分身です! 出来るか出来ないかじゃなくて、やるんです!」
「──え? ボンジリも戦いたいんですか? ううん、そうですね……。よし、じゃあ翼でこう、風を起こしてカマイタチを! なーんちゃっ……え! 出来るんですか!? 凄いです!」
ボンジリを戦力に加えたペット部隊は、それまでよりさらに効率よく敵を殲滅出来るようになった。
まずボンジリが遠距離から牽制し、それに気を取られた敵にネラが奇襲をかけ、混乱しているところにビアンカが突撃する。
これだけでだいたいの魔物は殺し切る事が出来た。
まれに逃げようとする者もいたが、そうした者もボンジリがぴーぴー叫びながら睨みつけると何故か動きを止めていた。
たぶん、視線で相手を逃げられなくするとかそういう技だと思う。聞いた事がある。前世でだが。
◇
「──おっと。ここでストップだ、お嬢。これ以上行くと領軍と鉢合わせしちゃうかもしれない」
ルーサーが足を止めた。
マルゴー領軍は魔物の領域の中でも特に危険なエリアに陣を敷いているはずだ。
では、ここから先はその危険なエリアなのだろう。
「わかりました。まだ初日ですし、初心者がいきなりレベルの高い狩り場に行ってもいい事はありませんしね」
森の中なのでよくわからないが、おそらくそろそろ日も落ちてしまうだろう。
屋敷を出たのは午前中で、森に着いたのは昼を少し回ったころだった。
ここで引き返すならば、区切りもいいし今日のところはここで帰った方がいい。
「狩り場なんて言葉どこで覚えたのさ……。いやまあ、正直別にこの先の魔物が出てきたとしても何とかなりそうな気はしちゃうけど、確かによく考えたらまだ初日だったね……」
しかし、今後も森で修行を続けていくつもりなら、いつかは領軍の縄張りにも入る必要が出てくるかもしれない。
領軍の力が必要なほどの魔物を狩れるようになれば、父もビアンカたちの護衛としての能力をきっと認めてくれるはずだ。
「では帰りましょうか」
来た道をそのまま戻っていく。
道中には倒した魔物がそのまま打ち捨てられている。
先ほどの木こりの話が本当なら、私たちが通ったことで出来た道には魔物は寄ってこないのだろう。
何の障害もなく、私たちは馬車まで戻る事が出来た。
「ただいま、サクラ。いい子にしていましたか」
私の姿を見たサクラはいつもどおり、駆け寄ってきて胸に鼻先を擦り付けた。
後ろに繋がれた荷馬車がガタガタと跳ねながら追従しているのだが、サクラは荷馬車の重みを感じないのだろうか。
「ほら、見てくださいサクラ。貴方の後輩たちも1日で随分と成長しましたよ」
私がそう言うと、ビアンカやネラがお座りの姿勢のまま胸を張った。
見た目は全く変わっていないが、こう見えてももう1匹でゴブリンの小集団くらいなら殲滅させられる力がある。
もぞもぞとボンジリも胸元から這い出して来て、ぴょんとジャンプしてビアンカの頭に乗り、2匹に倣って胸を張る。
そう、ボンジリも朝に比べれば随分と強く賢くなったのだ。
魚の目玉はDHAが豊富で頭が良くなるとか聞いた事がある気がするので、きっと目玉を丸呑みしていたおかげだろう。いや、あれは元々魚に豊富に含まれているというだけだったか。
ただ、胸を張った後にお尻の頭も何やら主張しようとして、バランスを崩して転がり落ちてしまったのはいただけないが。
そんな後輩たちの姿を見たサクラは満足げにヒヒンと鳴いた。その後、何度かその場で足を踏み鳴らし、ブルルンと唸る。
よくやった。だがまだまだだ。この程度で満足するなよ。とかそんな感じだろうか。
「ふふ。頼もしいですね、サクラ」
「……え、なに、お嬢もしかして馬の言葉も分かるの? どうなってるの?」
◇
「──ミセルッ! なんですかその格好は! すぐに着替えて──その前に湯浴みをしてきなさい!」
屋敷に帰ったら母に汚れた姿を見つかり、叱られた。
「それに、こんなに暗くなるまで帰ってこないなんて! どれだけ心配したことか!」
「ご、ごめんなさいお母様。でもルーサー先生方も一緒でしたし、お父様もビアンカたちを育ててみせろって……」
とは言うものの、期限を休暇終了までとするならばまだ時間はある。
少々急ぎ過ぎた感じは否めない。
確かに父はやってみせろというニュアンスの言い方をしていたが、別にそれは今日すぐにやれという意味ではなかったはずだ。
学園を辞めなければならないかもしれない。
辞めなくても済むかもしれない。
そうやって目まぐるしく変わる状況に私は少し焦っていたのだろう。
ちょっと反省した。
「──そう。では、貴女の帰りが遅くなったのも、お洋服を汚してしまったのも、すべてルーサーとお父様のせいと言うわけですね」
しかし反省するのは少し遅かったようだ。
「え、あ、そういう訳ではなくてですねお母様」
「ではどういう訳ですミセル。やはり貴女が悪い子なのですか?」
みしり、と母の握る鉄扇が軋む。
「いいえわたしはよいこです!
あ、それと、先生方は何も悪くありません。私たちが怪我などをしないように配慮してくれておりましたし、無理のない範囲でやりたいようにやらせてもらいました」
ここで母からクレームが入れば、明日以降の修行でルーサーから何らかの行動制限をかけられるかもしれない。
せっかく、今日一日でコツをつかめたのだ。その流れを止めたくなかった。
「ではお父様だけが悪いと?」
しかしあの扇子の哀れな様子を見るに、どこかでガス抜きをさせなければ母は止まらない。
だから私は断腸の思いで告げた。
「私からは何とも申せませんが、取り敢えず私とルーサー先生とレスリー様は悪くありません」
◇
翌日早く、私は父の執務室に向かった。
ボンジリの譲渡に関する免状を送ってもらうためだ。
本当は昨日するべきだったのだが、昨日は母が怖くてこちらには来られなかったのである。
執務机につく父はいつも以上に疲れた様子だった。
そしてソファに座り苦笑しているルーサーとレスリーもいる。
「お父様。もうルーサー先生からお聞きかも知れませんが、処分予定のヒヨコを一羽買い取りました。事後承諾で申し訳ありませんが、免状を一筆書いていただけませんか?」
「……ああ、うむ。聞いている。その養鶏場の名前は何だったか」
「アグリコラ大農場の関連農場だったかな。一応独立してはいるけど、免状はアグリコラの方に送っておけば間違いないはず」
ルーサーが補足してくれた。
実に頼りになる先生だ。
そして父に見えないように私にこっそりとウィンクを送ってきた。
今日、父がぐったりしているのはおそらく母のせいだ。昨日、あの後父は母に説教をされたようだ。今のルーサーのウィンクは、私の口添えで説教から逃れられた事に気付いたからだろう。
助けておいてよかった。
ルーサーの助言を受けた父は抽斗から一枚の紙を取り出し、そこにさらさらと何かを書きつけた。
書き終わると三つ折りにたたみ、封筒に入れて封蝋を施した。
「クロー──! ……ドはいないのだったな。
誰でもよい! 誰か!」
父はやってきた使用人にその封筒を渡すと、速やかにアグリコラ大農場に届けるよう言いつけた。
「これでいいだろう。さて……。
──ミセル。確かに私はお前に犬猫を鍛えるように言ったかもしれんが、たとえお前が今この瞬間にその条件を達成しようと、あるいは半月後、休暇終了の直前に達成しようと、それによって何か対応が変わる事などない。何が言いたいかというとだな……」
「はい、わかっておりますお父様。張り切り過ぎて無茶をするなということですね。確かに、昨日はあまりにうまく行き過ぎていて、私も調子に乗っておりました。今は反省しています」
「……わかっておるのならよい。
だがもうひとつ。これまで外出する事のほとんどなかったお前には言った事がなかったが、改めて申しつける。言っておくが、これはお前だけでなくフィーネにもきつく言い聞かせてある事だからな。
よいか、ミセル。今日よりお前にも門限を設ける。決してその時間より遅く帰宅する事は許さん」
実際のところはともかく、対外的には私もマルゴー辺境伯家の令嬢。つまりはいいところのお嬢様である。
むしろ門限がないこれまでの方が不自然だった。
「そして万が一、お前が復学した場合、王都での生活においても同じ門限を設ける事とする」
これも当たり前と言える。
むしろ、誘惑の多い王都の方にこそ門限は必要と言えるだろう。
王都であれば魔法の光をたたえた街灯も多く設置されているため、夜になっても遊ぶ事も可能だが、自然豊かなマルゴーでは、大抵の季節で門限の時間よりも夜の帳が下りる方が早いからだ。
この辺りはさすがに王都の方が整備されている。もっともマルゴーの市民は王都の人々よりも夜目が利くので、夜でも灯りがあまり必要ないからなのかもしれないが。
しかし、万が一とは父も言ってくれる。
私のペットたちの成長は目覚ましいものがある。
逆に、あと半月もあれば万が一にも護衛として成長できないなど有り得ないだろう。
「承知しました。
あ、外泊の場合はどうすれば?」
「外泊だと!?」
「ええ。私の判断ではどうすればいいのかわかりませんでしたから応じた事はありませんが、何度かグレーテル──マルグレーテ王女殿下にお誘いを受けていましたので」
それを聞いた父はしばらくの間、目を開いたり閉じたり眉間を揉んだり天井を仰いだりしていた。
「……ぎりぎり、ぎりぎり駄目だな。許可しない。王女殿下には申し訳ないが、これまで通りお断りしろ」
「そうですか……。わかりました」
残念だが、父がそう言うのなら仕方がない。
「では、帰りが遅くなってもいけませんから、そろそろ私は出かけようと思います。今日もルーサー先生たちをお借りしても?」
「ああ。というか絶対に連れて行け。
──ルーサー」
「はいはい。わかってますよ」
「……本当にわかっているのだろうな? いいか、ミセルも犬も猫も、あとヒヨコとやらも、まだ幼く体力もない子供なのだ。決して無茶な事はさせるなよ」
「わかってますって。わかってますけど……まあ、本人たちにとって無茶じゃないレベルでなら、僕としても止められませんからね」
そしてルーサーは再び、こっそりと私にウィンクをしたのだった。
実にイケメンなムーブである。
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