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出立の際に少々の足止めはくったものの、概ね予定通りに私たちは領を出た。
この馬車を引く馬はいつもの子なので、多少の遅れはすぐに取り戻してくれることだろう。わざわざ応援するまでもない。
旅程は順調だったが、途中でアインズの乗る馬が遅れ始めたので休憩を取る事にした。
「すみません、半ば強引に付いてきておきながら、お手間をかけさせてしまい……。
あの、そちらの馬車は中型の客室を一頭引きなのに、なぜ私の馬より速いのでしょうか……?」
「それはもう、我がマルゴー領の誇る馬ですから」
母が得意げにそう返す。
御者は少しだけ首を傾げていた。「それにしたって速すぎなような」と呟いている。
たぶん、以前に私が何度か応援して走らせたせいだ。そのせいで成長してしまうとか何とかハインツが分析していた。
外には出せないとも言っていた気がするが、あれから色々あったし、他に優先すべき事項が山積みで忘れられていたのだろう。速いのはいい事なので、私としては助かった。
アインズは自嘲するように小さく息をつき、自分の馬の世話を続けた。
彼の馬が回復しなければ出発出来ないので、ぜひ頑張ってやってもらいたい。
それからも数度の休憩をはさみ、道中の町で宿をとりながら、私たち一行はデスペル侯爵領の領都へと到着した。
◇
「やあ! よく来たね、コルネリア! 我が義妹よ! 愚弟は聡明な君を困らせたりはしていないかな?」
デスペル侯爵邸の玄関で、顔立ちの派手な女性に出迎えを受けた。
どことなく父に似た顔立ち。父よりも私に近い明るめの金髪。
この女性が我が伯母、デスペル侯爵夫人のプリムラだろう。
可愛らしい名前からは想像できない豪快な話し方だ。貴族令嬢としては少々男勝りに過ぎる気がするが、これが母の言う個性とやらだろうか。
「ご無沙汰しております、お義姉様。ライオネルは私にとてもよくしてくれていますよ。
ですがおっしゃる通り、たまに困らされてしまう事もありますね。つい先日も、長々とお説教をしてしまったところです」
「ほう……」
プリムラの目が細まる。
母はあれだけ父に説教をしておいて、この上さらに実の姉の心証まで悪くするのか。
私が会った事がないというだけで、この伯母は年に何度かはマルゴー家にやってくるという。
おそらく父はその時に、今度は姉に説教を食らうのだろう。
主犯はハインツなので可哀想な気がしないでもない、というか、結社との揉め事というくくりで言えば発端は私な気がするので少々後ろめたくはある。
「まあ、ライについてはまた叱っておくとして、だ。
──そちらのお嬢さんが、私の姪なのかな」
プリムラの視線がこちらに向いた。父の話を聞いて細められていた目はそのままだ。
父と相対している時のような重たい空気が場を満たす。
もしや、父を可哀想とか後ろめたいとか考えていた事が見抜かれたのだろうか。
初対面ではあるが、伯母がそういうつもりなら仕方がない。
私は今後、父に配慮するのをやめようと思った。
気分を切り替え、挨拶をする事にする。
「はい。お初にお目り掛ります、伯母様。私はミセリア・マルゴー。マルゴー辺境伯ライオネルが長女です」
いつものようにスカートの端を持ち上げ、軽く足を曲げて会釈をした。嫌味にならない程度に笑顔も浮かべる。
「……ほう」
プリムラが軽く目を見開き、感心したように声を漏らした。
何度も鏡を見て練習したポーズだ。完璧な美しさを発揮しているはずである。
どうやらさっそく、伯母を魅了してしまったようだ。やはり美しさとは罪である。
「なるほど、話には聞いていたが……。本当に【威圧】が効かないのだな」
と思ったら違った。あの重たい空気は【威圧】だったらしい。
何が「美しさとは罪」だ。
別に口に出して言ってしまったわけではないが、私は恥ずかしくなって目を伏せた。
「ああ、すまない。そうだな。いかに効果がないとはいえ、お前のようなたおやかな娘がいきなり【威圧】を向けられるというのは怖いものだよな。伯母さんが悪かったよ。許しておくれ」
プリムラは私に駆け寄ると肩を抱き、そのまま屋敷へと招き入れた。
母とマイヤ、ディーが後に続く。
「申し訳ないが、護衛の方は別室だ。バスチアン、案内をしてやってくれ。私は姪と義妹を応接間へ連れて行く」
プリムラの指示を受け、デスペル家の執事らしき男性がアインズをどこかへ連れて行き、私たちは応接間へと通された。
◇
「さて。改めて自己紹介をしておこう。私はプリムラ。君の伯母だ。そして君はミセリアだね。コルネリア、ここにいる者たちは……」
「はい。皆承知の上ですわお義姉様」
「そうか。私の方も人払いはしてある。ミセリア、君が当代の『三番目の長女』だな」
三番目の長女。
普通に聞けば三人目の子供で、かつ長女であるというだけの意味だが、ここでわざわざそういう言い方をするということは、あの事を指しているのだろう。
伯母もマルゴー家の出身だし、事情は承知しているらしい。
「はい。その通りです、伯母様」
「そうか。ふぅ──」
私の答えを聞くと、プリムラはソファに深くもたれ掛り、長い息をついた。
「相変わらず業の深い事だが……。不憫な、と言うのは君に対する侮辱になるか」
「侮辱とまでは申しませんが、私は今幸せですから、特に不憫ということはございません」
プリムラは私の返事を聞くと柔らかく目元を緩めた。
「そうだな。すまない。
しかし、聞いていた通り聡明な子だな。それに、本人は幸せそうだという話も本当らしい。あと──」
伯母は腰を浮かせて前のめりになり、腕を伸ばしてローテーブル越しに私の顎に指を這わせた。
「話に聞いていた以上に美しいな。これでは、ライが表に出したがらないのも無理はない。同性だろうと血縁だろうと、この美貌に狂わされる者も出てくるだろうな」
ああよかった。
やはり美しさは罪だった。
しかし、謙虚なところもまた私の魅力である。
「お褒めいただきありがとうございます。ですが、そう大したものではありません。皆さん理知的に対応してくださいますし」
プリムラがちらりと母を見る。
母は困ったような表情で首を傾げていた。
次にマイヤを見る。
マイヤも同じく困ったように首を傾げている。
次にディーを見た。
ディーはにこにこしている。
「……なるほど。大変だな」
プリムラは私の顎から指を離し、また深くソファに身を預けた。
「なんであれ、お前は私の大事な姪っ子だ。困った事があれば何でも言ってくれ。恋愛以外なら力になる。ある意味では、私もお前と似たようなものだったしな」
「似たようなもの……と言いますと?」
確かに血縁だけあって顔立ちは似ている。
プリムラも世界レベルで美しい。ここの領主のデスペル卿は幸せ者と言えるだろう。
「我が父──お前にとってはお爺様だな。故人を悪く言うのも気が引けるが、奴はちょっといかれていてな。
第一子に女が生まれたのが気に入らなかったのか知らんが、息子を女装させるしきたりがあるのなら娘を男装させて育てても問題あるまいとばかりに、私が生まれた時に男として育てるとか言い出したらしいのだ。
幸い、それは母に阻止されたので、私もプリムラなんていう可愛らしい名前を付けてもらえたわけだが──諦めきれなかった父は、ライが生まれるまで私に貴族家の男児としての教育を施したんだ。
私の口が悪いのはそのせいだな。だから私とお前は境遇がよく似ている。まあ、私と違ってお前は生涯にわたって性別を明かす事はないだろうが……」
祖父ヴォルフガングが存在感があったという話は時折り耳にするが、あれは変わり者という意味だったのか。
困った家系である。
「だから性別は違えど、お前の苦労も少しは理解してやれるはずだ」
伯母はそう言って優しく笑った。父そっくりな表情で。
「ありがとうございます、伯母様。何かありましたら、ぜひ相談させていただきますね」
「──しかし本当に可愛いな。どうだミセリア、ウチの子にならないか?」
「ほほほ。お義姉様、ご冗談を。……冗談ですわよね?」




