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気軽に援助できるようにするためとはいえ、この辺境にヨーゼフを飛ばしたのは私の我が儘だ。
それについて彼に謝罪する。
それから、現在マルゴー家と王家でお互いにより強い繋がりを持とうと模索していること、そのためマルゴー駐在騎士が冷遇される事はありえないことなども話した。
「ミセリア様。辺境と申しても、見たところここは中央近くの町とほとんど変わりがありませぬ。確かに赴任する前は不安な気持ちにもなったが、町の人もよくしてくれるし、今は何の不安もございませぬ。
辺境に慣れておらぬワシらを思ってこういった緩衝地域の町を駐在所に定めてくだすったんでしょう。重ね重ねの御配慮、痛み入る」
駐在騎士の宿舎を用意したのは父だろう。クロードかもしれない。いずれにしても私ではない。
私としては手の届きやすい領都を想定していたので、私がそこまで口を出していたら彼の赴任先は領都になっていたはずだ。
私にとっては領都もここも壁があるかないかくらいの違いしか感じられないが、すぐそばに魔物がいるというプレッシャーは外から来る人にとっては相当なものだろう。
父に駐在騎士に関する手紙を出した時、細かい事まで考えておかなくてよかった。
「……元々、ワシは責任を取って果てるつもりでありました」
私が過去の自分の美しい丸投げぶりに満足していると、ヨーゼフが急に重いセリフをぶっこんできた。
そこまで、と一瞬思ったが、考えてみればあの騒動には、単なる貴族の子女だけでなく王太子クリストハルトの第一子と第二子も巻き込まれていた。
本来なら国を揺るがす大事件だ。
もし仮にゲルハルトとグレーテルに何かがあれば、後継ぎを失ったクリストハルトは王太子の座を下ろされていたかもしれない。
「騒動直後、王国の上層部では、下火になっていた反王太子派の存在への疑念が再燃しましてな」
反王太子派なんていたのか。聞いた事がない。
しかし、なるほど。
被害者の顔ぶれを考えると、騒動を反王太子派が主導していたという可能性も有り得た。実際は違う事は私たちマルゴー関係者は知っているが、中央は誰も知るまい。
証人や証拠をフリッツ仮面が持ち去ってしまった事もあり、真相はもはや闇の中だ。
グレーテルには話せる範囲で話してはある。それだけでも、反王太子派が関係ない事はわかるはず。
となると、グレーテルもまた父親に上げる報告内容を調整したのだろうか。
いや、そもそも話せる範囲で私が話した「謎の結社」というのが、まるごと反王太子派だと思われている可能性もある。
現状ではやっていることはインテリオラ王国の治安の混乱くらいだし、クーデターを起こすための下地作りと言えなくもない。
しかしその反王太子派の人間とやらはさぞ驚いた事だろう。
なにせ、まったく身に覚えがないのに王国上層部にいきなり目を付けられてしまったのだ。
実際にやったわけではないので反王太子派とやらが即座に見つかる恐れはないはずだが、さすがに少々同情する。
「警備の手抜かりはその反王太子派への協力を疑われるものでありました。むろん、ワシにはまったく身に覚えがありませぬし、それは騎士団の他の者たちも同様。しかし、誰かが責任を取らねばならなかった。そこで、ワシは手を上げたのです。ワシが今回の生贄になろうと。
責任者に近い立場にあった事もあるし、ワシももういい歳です。家族もおらぬ。降格されたとしても前線に戻る事もないだろうし、せいぜいが若者たちに上から小言を言うか、鼻つまみ者にされる未来しかない。ならば、この命を使って世話になった騎士団の汚名をひとつ被ってやるのも悪くはないかと」
老兵は死なず、ただ消え去るのみ。というやつだろうか。
いかに自分に先がないと思っていても、なかなか出来る決断ではない。まあ、そう決断させた私が言う事でもないが。
「もともとワシは1人で来るつもりでありました。しかし、何を思ったかこのアインズが付いてくるなどと言いだしましてな」
ヨーゼフのソファの後ろに立つアインズが礼をした。
「何を言っても意見を変えぬから、それなら実際に辺境に行ってみれば考えも変わるだろうと連れて来てみれば、予想外の好待遇にワシの方が面食らう始末で……。
ワシ1人ならばこの地で朽ち果てても良いかと思っておりましたが、アインズはまだ若い。ワシと運命を共にするというのはさすがに忍びない。
ですが、ミセリア様の温情、そして駐在騎士という職の持つ可能性。これらを考えれば、アインズにも先が開けるやもしれません」
そう言ってヨーゼフはまた頭を下げた。
当面、アインズにはヨーゼフの補佐をさせ、いずれヨーゼフが引退する頃には次代の駐在騎士に就いてもらうつもりであるらしい。
マルゴー家と王家が求めているのも次代以降の繋がりなので、今からその候補者を育てられるのはこちらとしても願ってもない事だ。
アインズも何も言わないので、それも承知の上らしい。
私がいつまで自由に生きていられるのかはわからないが、元々力の及ぶ範囲で援助は続けるつもりだ。
援助がもう一世代分延びたとしても問題ない。
「ですが、アインズ様もヨーゼフ様の後継者に指名されるほどとなると、ずいぶん信頼されておいでなのですね。お2人のお付き合いは長いのですか?」
「む。いえ、そういうわけでもありません。実はアインズと会ったのは、ほんの3年前の事でしてな」
上司と部下ならそれなりの期間、と思ったが、成人してからの時間が長いこの世界ではこの歳のオッサンたちの3年なんて一瞬だろう。
聞けば、アインズは元々ヨーゼフの管轄する部隊の騎士ではなかったという。
3年前に辞令によってどこかから異動し、戦闘技術の高さや人の好さ、礼儀正しさもあってすぐに昇進し、半年ほどで指令付きの伝令になってしまったらしい。
最近は緊張が高まりつつあるとはいえ、大きな戦争もなく魔物もいない王都で出世するとは並大抵の才能ではない。
もちろん、この場合の才能とは騎士としての純粋な能力ではなく世渡りの才能だが。
しかしヨーゼフの話では戦闘技術も高いようだし、ようは何でもできる完璧超人という事だ。
やはり王都のような人口の多い都市にはそういう有能な人材も数多く眠っているらしい。
そしてそんな有能な人材と、たった3年足らずでこんなところまで付き添わせてしまうほどの信頼関係を築くとは、ヨーゼフも老いたりとはいえ優秀な指揮官であったのだろう。
その輝かしい未来と誇りを奪ってしまったようで胸が痛むが、これは今さら言っても仕方がない。
今のところは平和な領境だが、謎の結社はマルゴーの領主の屋敷にまで襲撃をかけるほどの組織力を持っている。どこであれ、いつ何が起こるかわからない。
そうなった時、ヨーゼフとアインズはきっと我が領の助けになってくれるはずだ。
そうして話し込んでいるうち、日が傾いてきた事もあって、私と駐在騎士の会談は終わりとなった。
「──おお、もうこんな時間でしたか」
窓から射しこむ夕陽に気付いたヨーゼフがそう言う。
「ミセリア様、本日はわざわざお越しいただいてありがとうございました。今夜はこの町にお泊りに?」
「いえ。この後屋敷へ帰参する予定です」
クロードがそう言うのならそうなのだろう。
屋敷を出たのも昼前くらいと遅めだったが、私はそこまで深く考えていなかった。
「む、然様でしたか。この時間からお屋敷に帰られるというのは、少々危険なのではと思いますが」
この街で泊まるとしたら、現在はこの元宿屋の大使館しかない。
彼はたぶん、それを用意してくれるつもりなのだろう。
「ご心配には及びません」
しかしクロードはにべもない。
ちょっと冷たすぎるのではと思わないでもないが、確かに未婚の令嬢が騎士であろうと男性の屋敷で一夜を過ごすというのは問題があるのかもしれない。
と言っても現在この場には生物学的に男しかいないのだが。
クロードの突っぱねるような態度も、そのあたりの線引きは譲れないという意思表示だろう。
あるいは、私たちの話の間中ずっと立たされていた腹いせかもしれないが。
事実、クロードは平気そうにしているが、ディーは何度も立つ重心を変えていた。バレないようにしていたが、すぐ傍でモゾモゾされればさすがに気付く。
「お気遣い、ありがとうございます。ヨーゼフ様。ではクロードがうるさいので、私はお暇することにしますね」
「ははは。いえいえ。ミセリア様のお美しさを見れば、クロード殿の心配もわかろうというもの。またいつでもいらしてください。歓迎しますぞ」
◇
馬車に乗り込み、屋敷へと向かう。
どう考えても日没までに帰れないなと思った私は、クロードに許可を取って馬を応援してあげた。
馬車の揺れは酷くなったが、これであっという間に着くだろう。
「……ミセリアお嬢様」
「どうかしましたか、クロード」
「あのアインズという男。お気をつけください。おそらく偽名を名乗っています」
私は驚いた。
彼は王国騎士だ。偽名で就けるほど甘い職ではない。
しかしクロードには絶対の確信があるように見える。
先ほど、アインズの名乗りを聞いた時に目を細めたのはやはり気のせいではなかったようだ。聞こうと思って忘れていた。
国の厳格な審査をも潜り抜けたであろう、高度な偽装も見抜いたクロードのその能力。
「私の【看破】が、あの名乗りは嘘だと判定いたしました」
 




