4-13
翌朝。
私とフィーネ、ハインツとフリッツ、それと父ライオネルは、草木の枯れ果てた裏庭で5人仲良く説教を受けていた。
母とクロードにである。
まずは嫌な事から片付けてしまおうとばかりに、私たちは母に裏庭を見せた。
そこには既に家宰のクロードがおり、私たちを待ち構えていた。
そこへ、昨夜の顛末を見ようと父がやってきた。
はじめ、母とクロードはハインツとフリッツを烈火のごとく叱った。
その場に私とフィーネが居た事を知ると、その矛先がこちらに向いた。
しかし私たちがしたのは夜中に部屋を抜け出したことくらいであり、兄2人の火遊びに立ちあったのは偶然だ。
母とクロードの怒りはすぐにハインツたちに戻った。
それから尋問のようにハインツから経緯を聞くと、計画に父が許可を出していた事が発覚する。
まあ、父も何も言われずとも朝一番で裏庭に来たくらいだし、この騒動を知っていたのは明らかだ。
すると母とクロードは父も説教を受ける側に並ばせた。泣く子も黙る辺境伯にこんな事が出来るのはこの2人くらいだ。
今回の件は警備のために使っている軍の配置をいじる関係上、管轄の違うクロードには知らされていなかったらしいが、こんな事になるのなら、今後は屋敷を作戦に利用する際は必ず家宰の許可も得る事という形で領法が改定される事になった。
領法などと言っても領軍に関する内容なので、領民には全く関係がない。単に父の面倒がひとつ増えたというだけだ。クロードの存命中に代替わりするかもしれないハインツも少し顔をしかめていた。
そうして家族5人、並んで説教を受けていたわけだが。
思えばこうして、家族そろって何かをしたような事はなかった。
兄2人は口喧嘩しながらも共に行動することは多かったように思うが、私は特殊だし、そんな私を挟んでいるせいかフィーネも兄たちと一緒にいたところを見た記憶が余りない。
父は領主で総司令官で英雄なので、家に居ないか、居ても執務室から出てこない事が多い。
母は私を気にかけてよくしてくれているが、兄たちや妹には厳しかった。
私はなんだかうれしくなって、つい笑みを浮かべてしまった。
「──ミセル、何を笑っているのです!」
こんこんと父を叱っていた母に見とがめられた。
「も、申し訳ありません。つい──」
そして笑っていた理由を話すと、母の顔から怒気が消えていった。
「そう……。ごめんなさいね。寂しかったのね、ミセル」
「いえ、そういうことは……」
無い、と思う。
さっきも述べたが母はよくしてくれているし、父も仕事の合間を縫ってよく会ってくれていた方だと思う。
兄2人と妹に関しては言わずもがなだ。
クロードは厳密に言えば家族ではないが、家族に準じる存在として、彼の妻ともども色々私の世話を焼いてくれた。
しかし今のような、賑やかな状況と言うのは確かに無かった。それが貴族として当たり前だと言われればそうなのかもしれないが、私が今、その賑やかさを好ましいものとして感じているなら、確かに寂しかったと言えるのかもしれない。
「……もう。ミセルのせいで怒る気がなくなってしまったわ」
「申し訳ありません、お母様……」
「いいのよ。さあ、それではお説教はおしまいです。クロードもいいですね?」
「ええ。奥様がそうおっしゃるのであれば」
私を労わるかのような、弛緩した空気が流れる。
「ただし」
そしてその空気を母が一刀両断した。
「ライオネルとフィーネには、後で個別に話があります」
「……うむ。わかった」
「え、私もですか!? どうして!」
諦めた様子の父と、諦めきれない様子の妹の対比が美しい。
「……貴女はとても危ない事にお姉様を巻き込んだのよ。どうせ渋るミセルを強引に連れ出したんでしょう」
「うっ」
私は何も弁解していないが、だいたい合っている。さすがは母だ。鋭い。
「フィーネよ」
父が厳かに声をかけた。
これはさすがに父も叱るのか、と思いきや。
「貴族と言うのは、潔くあるべきだ。諦めよ。そして私と共に叱られろ」
いや、母は個別にと言っていたし、一緒に叱られるわけではないのでは。
◇
睡眠不足は肌に悪そうなので、説教が終わった私は二度寝した。
フィーネも改めて寝かせたかったが、母に連れ去られたので諦めた。父も諦めが肝心だとか言っていた事であるし。
目が覚め、朝食とも昼食とも言えない食事を摂った後は父の執務室に向かう。
この時間ならさすがに母の説教も終わっているだろう。
予想した通り、執務室には母は居なかった。
が、クロードは居たようで、ノックをして名乗ると彼が扉を開けてくれた。
「失礼します」
部屋に入ると珍しく父と目が合った。
父がここに居る時は基本的に書類仕事中であるため、私が来てもキリがつくまで仕事を続けている事が多いからだ。
父のその目は少々情けなく、安堵のような感情が浮いているように見えた。
対して私を招き入れてくれたクロードは残念そうにため息をついている。
なるほど、父は母の後にクロードに説教されていたらしい。
そこへ私が来たので、説教が一時中断されたというわけだ。
私が父を助けられるなどそうそうあるとは思えないので、これもまた新鮮な気分である。
「よく来たな、ミセル。今日はどうしたのだ。何か、話でもあるのか?」
優しげな父の声に私は少々面食らった。
果たして今まで、執務室に来てこんな事を言われた事があっただろうか。
父は無駄口を好まないので、いつもは言葉少なに「来たか」とか「何用だ」くらいしか言わない。
しかし、なんであれ私に恩を感じているなら好都合である。
「あ、はい。実はお願いがありまして。
王都より、親善の架け橋として駐在騎士なる御仁が赴任してきている事と思います。手紙にてお知らせしましたが、彼の赴任には私も少々関わっておりまして。私のお小遣いから資金が出ているという事もありますし、一度、ご挨拶に向かいたく思っております」
「ああ、ふむ。その件か」
父は一瞬眉根を寄せたが、すぐに戻した。
その件について言いたい事はあるが今回はやめておいてやる、と言わんばかりだ。
やはり訪問したタイミングがよかったらしい。今でなければ小言を貰っていたかもしれない。
「そこで、同じく無関係ではないフリッツ兄様にご案内をお願いできないかと。
今回は私の外出の許可と、フリッツ兄様をお借りするお願いですね」
フリッツは普段、ハインツと共にライオネルの補佐として働いている。
ライオネルが引退すればハインツがそのまま領主となり、フリッツは新たに爵位を貰うなどしてマルゴー領のどこかで代官として働くようになるはずだ。今はその勉強期間も兼ねている。
父の弟、つまり私の叔父もそうやってマルゴーのどこかの一地域を治めていた。私やフィーネは会った事がないが、兄2人は会っていると思う。
ちなみに父には姉、私にとっては伯母もおり、こちらは他家に嫁いでいる。会った事はない。
最初に女児が生まれた事で先代の子作りはその後の男2人で打ち止めになり、つまり私の先輩は親世代にはいないというわけだ。
王都の私の部屋を前に使っていた先輩はどのくらい昔の人物なのだろうか。みんな寿命が長いので、一世代空いただけで大昔である。
少し時間を置き、父が口を開く。
「……話はわかった。が、許可は出来ん」
予想外の言葉だ。
「……この件はお母様の提案でもあるのですが」
「ぐ。……し、しかしな。フリッツにはその、仕事があるのだ」
なるほど。
領主の仕事の手伝いがあるのなら、その予定を母が知らないのは当たり前だ。これは私の確認不足と言えよう。
クロードが片眉を上げているのが気になるが、そういう事なら仕方がない。
「わかりました。では日を改めまして──」
「待て、ミセル。しかしだな、お前の外出許可はだな、そう、今日しか出せぬ」
なぜだろう。
私は首を傾げた。
明日以降に何か用事でもあっただろうか。
まるで心当たりがないが、私も最近は王都で普通に表舞台に出るようになった身である。
もしかしたらそれに関連して、新たに社交などをする必要も出てきたのかもしれない。
「ですが、それでは……」
じゃあひとりで行くね、と言ったところで認められるはずもない。
早朝までは兄と一緒にいたユージーンやルーサーも、怒る母の剣幕を恐れてどこかへ行ってしまっている。
「うむ。そこでだ。仕方がないので──本当にこれは仕方のない措置なのだが、背に腹は代えられんので、案内と護衛にはこのクロードをつけようではないか」
屋敷の全てを主に代わって取り仕切る家宰クロードならば、駐在騎士の居所くらい知っているだろう。
それに力を信奉するマルゴーの、さらに中枢であるマルゴー辺境伯家において辣腕を振るう彼である。戦闘技術も兵士顔負けだと聞いた事がある。
道案内も護衛も彼なら申し分あるまい。申し分なさすぎてこっちが申し訳なくなるくらいだ。
「それは、助かりますが。ですが、それではこちらのお仕事が滞ってしまうのでは」
「それは問題ない。今日の仕事は全て終わったとさっき自分で言っておったからな」
それならフリッツも暇なのでは。
すると、ずっと片眉を上げたままだったクロードの眉間に皺が寄った。
「……お館様。確かに私めはそう申しましたが、それはあくまでお館様へ苦言を呈する時間を捻出するためであり──」
「そら見ろ! 今言ったぞ! 聞いたな? よし、では我が忠実なる僕クロードよ。我が娘のエスコートという大任、受けてくれるな?」
「……は。この身に替えましても」
主にそういう言い方をされては彼もさすがに断れない。
マルゴーは比較的礼儀や躾に緩い家だが、それでも使用人のトップに君臨する者であればなあなあで進めるわけにもいかない。
主に苦言を呈するのも人目につかない場所でのみ。そういう場所以外では、基本的に主の命令に逆らう事はない。
家宰のクロードがそれを体現する事で、緩い中であっても締めるべき所は締めるのだと部下に教えているのだ。
その切り替えが、父のあの仰々しい命じ方である。
つまるところ。
私がもし来なければ、父の今日の予定はクロードの説教で埋まっていたというわけだ。
似たような話を最近聞いた気がする。
実によく似た父娘である。
しかし、王都に出かける前ではこれほどまでに軽々しく外出するというのは考えられなかったものだ。
それを思うと、ある意味では公務とも言えるとはいえ、私もずいぶん気軽に動けるようになったものである。
四章はここまで。
次回から五章ですね。
五章にちなんで、後生ですから五つの星で評価をください(ネタ切れ感




