4-12
バレてしまったのなら仕方がない。いや別に隠れるつもりで隠れていたわけではないが。
このまま見つからなければ私もフィーネも叱られずに済むかと思っていたが、そもそも悪い事をしている自覚はある。叱られるのも仕方がないし、悪い事をしたのに叱られずに済むというのはフィーネの教育に良くない。
それに私はあまり母に叱られた事がないので、想像するだけで新鮮な気持ちにすらなる。
父にはよく小言を言われる私だが、母は私に近い価値観を持っているので──つまり美しいものが何よりも貴いと思っているので、父と母のいいところだけを凝縮したような美しさを持つ私は母には可愛がられた記憶しかない。
私ほどではないにしても、それはフィーネも同様なのだが、この子はどうもそれを帳消しにするほどのお転婆らしく、昼間も見たように良く叱られている。
そんなフィーネに目配せをし、立ちあがり茂みから出た──ところで、別の茂みからも誰かが出てきた。
「やはり隠れて──ミ、ミセル!? なぜここに!?」
ハインツとフリッツが驚いている。
私たちの存在に気づいていたからこそ、あれだけ芝居がかった口上を述べていたと思ったのだが、違うのだろうか。
「……お姉様、おそらくですけど、あちらのもう1人の不審者を炙りだすためにやっていたのではないかと。ポンコツかと思っていましたのに、実は正確でしたわね。……最初、2人だと判断したのはお姉様の気配が読みづらかったからでしょうか」
【鉄檻】の影響を受けない私だ。【鉄檻】の中の者を正確に把握できるフリッツの【感知】にも、私だけは外と同じ感覚で引っ掛かったのだろう。
それでフリッツも少し混乱したと。
「……なるほど」
これなら慌てて出てくる事は無かった、と思うが、もしあのもう1人が始末されてしまった場合は次は私たちの番になる。不審者を全員炙りだすまで兄はやめないだろうし、どのみち時間の問題だった。
「お兄様。申し訳ありません。これはですね──」
「いや、なぜここにいるのかは気になって仕方がないが、今はそれどころではない! 危険だミセル!」
ハインツは焦ってそう叫ぶが、先ほどまでの戦闘とも呼べないような残虐ショーを見ていた限りでは、1人残った襲撃者がハインツとフリッツを前に何かできるとも思えない。
見張りをしていた兵士もいるし、フィーネも一兵卒よりは戦えるだろう。
何を焦っているのだろう、と不思議に思っていると。
「──好機! 今こそ受けよ、我が権能! 【第四の騎士】!」
動きを止めている兄たちの隙を突き、襲撃者の最後の1人がスキルを発動した。
いつかのオッサン仮面と同じく、襲撃者に魔力が集まっていくのが見える。
「この力……! やはり、幹部クラスが混じっていたか!」
「これが奴の言っていたスキルか!」
フリッツとハインツがその圧力に押され、後ずさる。
見張りだった兵士も片膝をついているし、私の隣のフィーネも辛そうにしている。そんなにか。
これも以前と同様、私には特に何も脅威には感じられないので、皆でそういうごっこ遊びをしているようにしか見えない。もしそうなら、見張りの兵士が一番演技に熱が入っているとも言える。たぶん彼が一番年上なのだが、そう考えるとちょっと面白い。
しかし、幹部クラスが混じっていた、という言い方はちょっと格好いい。いかにも「事情に通じています」感が出ている。オッサン仮面を【支配】して情報を抜き取ったのだろう。
「この力、やはり」とか「こんな事もあろうかと」とか「ここは私に任せて先に行け」とか、私もいつか言ってみたいものである。
やがて魔力の集束が終わった襲撃者が、周囲に青白い謎の波動を放つ。
これがその【第四の騎士】とやらのようだ。
その波動に触れた庭の草木が次々と枯れていく。
植物が一瞬で枯れるなど通常では考えられない。
それを強制的に起こさせているとなると、これはもしかしたら、即死の波動なのかもしれない。
「これは! お兄様がた! これはまずいです!」
「こっちはいい! それよりも、逃げろミセル! フィーネ!」
ハインツは悲壮な面持ちで叫ぶが、感覚的にわかる。たぶん私には効かないし、私の後ろにいればフィーネも大丈夫なはずだ。
そしておそらく、この程度の力ではマルゴーの民には通用しない。
私がまずいと言ったのは、そんな事ではない。
説明しようと口を開くが、青白い波動はすぐに裏庭を駆け抜けたため、そんな時間もなかった。
ハインツたちの前に立ちはだかった兵士の男の身体を波動が通り抜ける。
彼は特別な体質やスキルを持っているわけではない普通の兵士なので、その後ろにいたハインツたちの身体も波動は舐めまわした。
しかし、何も起こらなかった。
私たちの方も同様だ。
「……何か、重い物が一瞬のしかかったような感覚はあったが……これは耐えきれた、ということでいいのか」
「……でしょうね。重い何かを跳ね除けたような感触がありました」
兵士の男も自分の身体を見下ろしているが、同じく首を傾げている。
たぶん、即死効果への抵抗に成功したとかそんな感じなのだろう。
「それよりミセルは!? ……無事か」
一方の私の方はそんな感覚すらなかった。
その様子を見てハインツと見張りの兵士が安堵する。
「──馬鹿な!? 兵卒どころか、小娘にもレジストされただと!?」
小娘というのが私の事なら、私は別にレジストしたわけではなく、そもそも効果を受けなかったとかそんな感じな気がするので、ちょっと違う。
しかし、どうやら襲撃者は今のスキルで殺せる程度の雑魚としか戦った事がないようだ。
ずいぶんと人数も多かったし、ほとんど無駄口も叩かなかったし、それなりに訓練も受けたプロフェッショナルだと思っていたのだが、見かけ倒しだったらしい。
「今のスキルの効果を見ると……。まさか植物だけを枯らす能力なんてことはないだろうし、生き物の死にまつわる能力か。となると、お前が『死神』だな。死を操る能力など、暗殺者としてならこれ以上ない選択だったが……残念ながら力不足のようだな。
わかっているとは思うが、すでに『悪魔』は我らが手の内にある。お前も諦めて投降しろ」
「……舐めるな! 大いなるアルカヌムに栄光あれ!」
襲撃者──モルスはそう叫び、腰から短剣を抜いて自分の首を掻き切ろうとした。
が、その刃がぴたりと止まる。
背後から回された何者かの指でつままれ、固定されてしまっていた。
フリッツだ。
モルスがハインツとの会話に気を取られている間に、すでに彼の背後に回っていたらしい。私も気付かなかった。
「あやしげなスキルは使うものの、君たちも殴れば気絶する事はわかってる。おやすみ。また後でね」
◇
やがて応援の兵士が駆け付けてきた。フリッツが【鉄檻】を解除したらしい。
兵士たちは倒れ伏す襲撃者たちの死体を手際よく片付けていく。
そして気絶したモルスは裏庭の隅の石造りの小屋へと運ばれていった。地下牢に入れるのだろう。
モルスは暗殺者のようだし、口の中に毒物を仕込んでいたり、思わぬところに武器や道具を仕込んでいないか調べるために、衣服はすべて剥ぎ取られ、体中の穴と言う穴を調べられていた。
屈強な男たちが男の裸をまさぐる光景など、あまり見たいものでもないので私は目を逸らしていたが、フィーネは顔を覆った指の隙間からちらちらと見ていた。
「──さてミセル。そしてフィーネ。そろそろ聞かせてもらおうか。なぜこんな所にいたのかを」
兵士たちへの指示を終えたハインツとフリッツが近寄ってくる。
「こんな時間に、未婚の令嬢が自室から出て歩きまわるのは感心しないね」
「ああ。闇に紛れて悪事を企む者などいくらでもいる。現に今夜も不埒者の襲撃を受けただろう。夜に不用意に出歩けば、そういう危険な目に遭う事もあるのだぞ」
そうは言うが、状況から推察するに今回の騒動はハインツの仕込みだ。
こんな事を毎日やっているわけがないし、本当に運が悪かっただけだろう。
とはいえ、ハインツの言う事は正論である。どう考えても、家の者に黙ってうろついていた私たちが悪い。
「お、お兄様がた……。これはそのう……。ト、トイレに行こうとしたら迷ってしまっただけで……」
「おやめなさい、フィーネ」
無理のあり過ぎる言い訳をしようとしたフィーネを止めた。自宅で迷う間抜けがいるはずがない。いや王城とかならあり得るかもしれないが、さすがにマルゴー邸はあそこまで広くはない。
それ以前に、ここに至って見苦しく言い訳をする行為は美しくない。
私たちも、まだ幼いとは言え誇り高くあるべき貴族の一員である。素直に非を認め、堂々と沙汰を受けるのが望ましい。
「申し訳ありません、お兄様。裏庭のあの小屋──地下牢、ですか? あれに少々興味がありまして、部屋を抜け出して探検しておりました」
私が頭を下げると、隣のフィーネも慌ててそれに倣った。
「ち、違うんです! 私がお姉様を無理やり連れ出したんです!」
「フィーネ、おやめなさいと言いましたよ……!」
「ですが……!」
「っふ」
頭を下げたまま、責任を奪い合う私たちを見て、ハインツが笑う。
「まあ、小言はこれくらいでいいだろう。私も長兄として叱らなければならないが、今はまだ他に叱ってくれる人もいる。後はその人に任せるとしよう。あまりうるさく言って、妹たちに嫌われたくないしな」
私がハインツを嫌う事など有り得ないと思うが、そういう甘いところも嫌いではない。
「そうだね。正直、フィーネにはもっとキツく言ってやった方がいい気もするけど」
「余計なお世話ですわ!」
フリッツにフィーネが噛みついている。
何かに似ている構図だな、と思ったが、ルーサーに噛みつくグレーテルに似ているのだ。
さておき、私も別に積極的に叱られたいわけではない。
叱る人間を一元化してくれるというのなら、それに越したことはない。
「ありがとうございます、ハインツ兄様。それでは、朝になったら皆で叱られに行くとしましょう」
「ははは。叱られるのはミセルとフィーネだけだよ。私たちは父上に報告だな」
「いいえ、おそらくそうはいかないでしょう。先ほど私が、まずいです、と叫んだのを聞いておられませんでしたか?」
「うん? そういえば、言っていたね。けれど、結果的に彼のスキルは私たちには通じなかったし……」
「はい。おっしゃる通り人的被害は皆無です。ですが」
私は無残に枯れ果てた裏庭の木々を見渡した。
ここはこれまで私も知らなかったくらいだし、地下牢への入り口なんて物もあるし、普段から接客だとか観賞だとかのために整えているわけではないのだろうが、それでも手入れされた草木が並んでいた庭だ。
こんな無残な姿を、屋敷の女主人たる母が許容するとはとても思えない。
「……なるほど。これは、しまったな」
「で、でも今地下牢は満員だし……」
同じく庭を見渡した兄2人が冷や汗を垂らす。おしおきは地下牢というのはフィーネだけでなく兄たちにも適用されていたのか。兄妹の輪には入りたいが、これはあまり羨ましくない。
何にしても、これは兄たちの自業自得であると言える。父へ報告するとか言っていたし、そうなると許可を出したのだろう父も叱られる可能性がある。
裏庭で火遊びなどするからこうなるのだ。




