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美しすぎる伯爵令嬢(♂)の華麗なる冒険【なろう版】  作者: 原純
レディ・マルゴーと若き支配者
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4-11





 ぐずるフィーネを諭し、屋敷に戻ろうと動いた瞬間の事だった。


 月と星の光だけが照らしていた裏庭に、豪炎がまき散らされた。


「──何事!?」


「わかりませんが、これは魔法攻撃です! お姉様! こちらに!」


 フィーネに肩を抱かれ、庭木の茂みの影に戻される。

 妹に庇われているようで情けなくもあるが、碌に鍛えていない私よりも毎日訓練しているフィーネの方がおそらく戦闘力は高い。母の言葉から察するにあまり熱心な生徒ではないようだが、それでもマルゴーに生まれ、マルゴーで育った子だ。それが英才教育を受けていて、弱いはずがない。


 実際、私の肩を抱くフィーネの手は力強い。

 そんなに力を込めて抱き寄せる必要あるのか、と言うくらいに強い。それでいて痛みはほとんど感じさせない。


 フィーネの言った通り、裏庭に逆巻く炎には魔法の光が宿っていた。

 このマルゴー家において、炎系の魔法と言えばフリッツだ。

 仮面をかぶっておどけていた時は氷魔法を使っていたが、次兄は本来炎魔法の方が得意である。


「……もしや、フリッツ兄様はこんな夜更けに庭で火遊びなんかをしてらっしゃるんでしょうか」


「いえお姉様。さすがのポンコ、フリッツ兄様でもそんな愚かな真似はしないと思います」


 と、そこにハインツの声が朗々と響き渡る。


「──やはり来たか! 結社とやらの手の者だな! あの仮面の男の口を封じるつもりだろうが、そうはさせんぞ!」


 しかし、その声に対する返事は新たな魔法攻撃だった。


「ふん! どうやら結社とやらには、言葉を解する文明人はいないようだな! 話が通じないとなれば魔物と同じ! マルゴー辺境伯家の名に懸けて、全て討伐してくれよう!」


 襲撃者は皆殺しだ、ということだ。


 おだやかではない。

 ハインツの言葉からすると、この魔法の炎はフリッツの火遊びではなく、例のオッサン仮面の属する結社が彼の口を封じるために我がマルゴーの屋敷に襲撃を仕掛けている、という事になる。

 そして状況から推察するに、私とフィーネが目指していた地下牢にいるのがそのオッサン仮面だろう。

 いつもはいるはずがない見張りが居たのはそのせいだったのだ。


 あの時のオッサン仮面の口ぶりからして、彼がその結社とやらである程度の地位にいる事は推察できる。そうでなければ「下っ端の尻拭い」などと言ったりはしないだろうから。

 であれば彼はマルゴーにとっても結社にとっても重要人物である。見張り1人に任せていいわけがない。


 そして深夜であるにもかかわらず、次期領主のハインツが普通に襲撃に対応して出てきているあたり、見張りを1人にしていたのはわざとだろう。

 屋敷の様子を探っているだろう結社の手の者に、あえて手薄な警備を見せ、襲撃を誘発した、といったところか。

 

 傍らを見れば、フィーネも私と同じ結論に達したようで、緊張していた手の力が少し緩んでいる。おかげで抱きよせられていた肩が少し楽になった。


「……どうやらフリッツ兄様の火遊びではなく、ハインツ兄様の火遊びだったようですね」


 どちらでもいいが、どちらにしても屋敷の裏庭でやらないでほしい。


 そうしているうちにハインツがさらに声を上げる。

 今度は襲撃者たちを一網打尽にしろという指示だ。ただ、その声に応じて行動を開始する気配はそれほど多くはないので、一般兵ではなく精鋭の数名で事にあたっているのだろうことがわかった。

 少数では、どれだけ戦闘力に優れていたとしても、敵を捕らえるのは難しい。殺すだけなら簡単だろうが。


 ハインツが陣頭指揮を執っているということは、おそらくオッサン仮面の心のうちは丸裸にされている。

 であれば新たな襲撃者にも情報源としての価値はない。全員始末しても別に困らないということだ。

 わざわざ罠を張って襲撃を誘発したのも、新たな情報源が欲しいというより、屋敷のまわりをうろつかれて鬱陶しかったとかそんなところだろう。


 一方の襲撃者たちは、罠だと悟るや否や炎を目くらましに逃走の一手を打つ。

 しかしそれは叶わなかった。


「──出られない!? なぜ……!」


「──見えない柱が! いや、これはまさか檻か!」


 それまで物言わず行動していた襲撃者たちが、うろたえてそう声を上げている。


「ははははは! せっかく罠に捕らえた獲物をみすみす取り逃がすほど、マルゴーの狩りは甘くはないわ!」


「……たぶん、フリッツ兄様のスキルですね。兄様の持っている物の中で、珍しくポンコツではない物です」


「……フリッツ兄様はかっこいいですし、センスもおありですし、優しくて強いので、そこまでポンコツというわけでも……」


「お姉様! ま、まさかフリッツ兄様を……」


 言いかけたフィーネの言葉の続きを待ってみるが、しばらくしても聞こえてこない。

 私がフリッツを何だというのだろう。

 もしや、上の兄たちをどうにかしてマルゴーの実権を握ろうと画策しているとでも思ったのだろうか。

 どう解釈しても今のわたしの言葉はフリッツを褒めているようにしか聞こえなかったと思うが。


「……フィーネ、別に私はフリッツ兄様をどうこうするつもりはありませんが」


「……それなら、よいのですが……」


 褒めているのがいけなかったのだろうか。

 あるいは、純粋なフィーネは「褒め殺し」という言葉を素直に受け取って、褒めたら人が死んでしまうとでも思っているのかもしれない。可愛い。


「……安心して下さいフィーネ。ちょっと褒めたくらいでは、人は死んだりしませんよ」


「……いいえお姉様。もしお姉様に直接褒められたのなら、あのお兄様がたなら心臓が止まってもおかしくありません」


 そうかな。そうかも。と思った。


 それはともかく。

 フィーネが先ほど言った、フリッツのスキルとは【鉄檻】の事だろう。

 仰々しい名ではあるが、実際に鉄で出来た檻が出てくるわけではない。

 ただし、本物の鉄を凌ぐほどの強度の見えない檻が出現し、効果範囲の中と外を完全に遮断するのだ。

 物理的な現象ではないからか、檻というだけあって不可視の鉄格子のようなもので構成されているらしいが、その隙間をすり抜ける事もできなければ、炎や水などの不定形な物でも通り抜ける事はできない。

 たぶんだが、この間フリッツ仮面がオッサン仮面のスキルを防いだのはこの【鉄檻】の効果だろう。

 戦闘系のスキルを持っていない私にはわからないが、一部のスキルは特定の動作や言葉を織り交ぜる事で効果を調整したりすることも出来るらしい。あの手の印はそういう類のものだったのだ。指を複雑に折り曲げる事で鉄格子を網目状にするとかそんなところだろうか。

 そういえば、教えてもらおうと思っていたがまだその機会がなかった。


 【鉄檻】の効果はまさに鉄壁で、何人たりとも打ち破ることは出来ないらしい。

 ハインツの【支配】や父の【威圧】も【鉄檻】の中にいれば完全に防げると言っていた。

 さすがに発動者であるフリッツを倒せば消えるとは思うが、【鉄檻】を発動中のフリッツが倒された事がないのでわからない。


「……となると、先ほど私が感じた違和感は【鉄檻】の効果範囲に入った事によるものでしょうね。あんな感じになるんですね……」


 【鉄檻】には何人たりとも入れない。

 しかし例外がある。それが私だ。

 これまでもいくつかあった、他の一部のスキルや魔法効果と同様に、私には【鉄檻】が効果を発揮しない。

 発動中でも全く何の抵抗もなく素通りすることが出来る。

 私だけ、と言っても、もちろん着ている服や持っている物も一緒に通り抜けることが出来る。

 今回はフィーネも「同行者」と判定され、共に侵入出来たという事だろう。

 鈍感な私は何も感じなかったが、敏感なフィーネは何者かのスキルの支配下に入った事を察知した、というわけだ。


「……では、この火遊びはハインツ兄様とフリッツ兄様の共同作業ということでしょうか」


「……それは……! 何でしょう……! なんだかわくわくしてくる響きです……!」


 フィーネは初めての感情に()だえている。

 身内である贔屓目をさしひいても、ハインツもフリッツも実にグッドルッキングな容姿をしている。しかも2人とも独身で、浮いた話のひとつもない。


 そんな2人が月明かりの中、手を取り合って火遊びをしている。


 美しさの前では年齢差や性別などさしたる問題でもないと考えている私は思った。

 なるほど。ないでもないな。


「……もしそうなれば、一気に2人も邪魔者が片付く事になりますね。やっぱり、男性は男性同士、女性は女性同士で仲良くするのが理にかなっていると──」


 実の兄2人を捕まえて「邪魔者」とは、これでは母に説教されるのも仕方がない。


 そうしているうち、進退極まった襲撃者たちは一か八かとばかりに自分たちの被害をも厭わない無差別魔法攻撃を始めた。

 あわよくば地下牢に崩落でも起きて、オッサン仮面が潰れてしまえばラッキーだと言わんばかりだ。


 しかし、襲撃者たちの攻撃によって土煙こそ巻きあがれど、地響きのようなものはまったく伝わってこない。


「……浅はかだなぁ。僕の【鉄檻】の床はこの大地だよ。そんな魔法で破れるわけがないでしょう」


「しかし、自爆覚悟で範囲攻撃とはな。手間が省けて何よりだ。さて、ダメージを負っているのは……あいつとあいつ、それにあの辺りかな。

 ──よし、お前たち! 無駄なことはやめるがいい! そんなに元気があるのなら、この私が有効活用してやろう! うけよ、【支配】!」


 ハインツが叫ぶと、自らの魔法攻撃でダメージを負っていた襲撃者の数名が突如として動きを止めた。

 そして困惑する仲間たちに今度は攻撃を仕掛けていく。


「──な、何をする!」


「──血迷ったか!」


 彼らはいきなり攻撃を受けながらも仲間を正気に戻そうとしてか懸命に話しかけるが、攻撃側は聞く耳を持たない。

 ハインツの【支配】への抵抗に失敗したならば、いくら話しかけても無駄だ。あれはそういうスキルである。

 数分もすれば効果は切れてしまうだろうが、それまでには大きなダメージを受けるだろうし、そうなれば今度はダメージを受けた方を改めて操り、【支配】の呪縛から解かれた方を攻撃させるのだろう。

 そうして自分たちの被害は全く無いままに同士討ちのみで相手の戦力を削る。

 しかも、相手は【鉄檻】の効果によってこの悪夢から逃げることも出来ない。


「……お兄様がたが揃った時の狩りの常套手段ですけれど……。2人の共同作業というふうに言い換えれば、これはちょっとアリですね。2人とも顔だけはいいですし」


「……お兄様がたは顔だけではありませんが、まあイケメンが手を取り合っている光景は悪いものではありませんね」


 やられるほうはたまったものではないだろうが、私にはどちらのスキルも通用しないのでやられる側の気持ちはわからない。


「……いけめん、ですか。お姉様はたまによくわからない事を言いますね。でも、お姉様が言った言葉ですしこれからは私も2人をいけめんと呼ぶことにしますね」


 また令嬢らしからぬ言葉遣いを教えてしまった。申し訳ありませんお母様。


 脳内で母に形ばかりの謝罪を捧げている間に、襲撃者たちが同士討ちにより倒れ伏し、裏庭は静寂につつまれた。

 今度こそ、これで今夜の冒険は終わりかと思っていると、ハインツとフリッツが声を上げる。


「──さて。これであらかたは片付いたか。あとは……」


「──あと2人……いや、3人かな。隠れてるよね。どうせ逃げられないんだから出てきなよ」


 私とフィーネは顔を見合わせた。


「……これ私たちの事言ってるんでしょうか」


「……たぶん、そうかと。【鉄檻】内部はフリッツ兄様のおもちゃ箱のようなもの。箱庭を見下ろすかのごとく、【感知】の精度も上がるとか聞いたことがあります。

 ですが私とお姉様の2人しかいないのに3人と勘違いするとは、やはりポンコツですね」





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― 新着の感想 ―
[良い点] 妹が兄弟で一番の危険人物だこれー! [一言] 絶対もう一人隠れてるでしょ。
[一言] もう一人いるんじゃない?
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