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両目を押さえて苦しんでいたシェキナがふいに、静かになる。
ケテルの言葉と状況から、力の枷とやらを解放したのだろう。
急に静かになって雰囲気が変わったせいですぐには気が付かなかったが、よく見るとシェキナの髪が淡い金色に輝いている。淡い金色というか、白金というか、妙に見覚えがある色だなと思ったら、これたまに私から立ち昇ってる魔イナスイオ素と同じ色だな。というか、普通にシェキナからも魔イナスイオ素が立ち昇ってるな。
私に似た輝きを持つ髪から魔イナスイオ素が立ち昇っているとなれば、考えられる可能性はひとつだけ。
シェキナはその髪のケアに、我が商会の商品を利用している、ということ。
だとするならば、私が彼女に裏切られていたとかいうケテルの妄言はもはや信ずるに値しない。
情緒不安定な上にストレスで本をむさぼり、あまつさえ女性を誘拐して誤情報を流布するとか、控えめに言って社会不適合者では。
「な、なんだ、どうしたメタトロン……。様子がおかしいぞ……」
枷とやらを外したのはケテル自身であるはずなのに、その彼も少し引いた様子でシェキナを見ている。
まあ、誘拐してきた女性がいきなり光りだしたらそれはドン引きもするか。
だから美人の誘拐なんてするべきではないのだ。
「……先ほどからワケの分からない事を……。私はシェキナです。メタトロンなどという、可愛くない名前ではありません」
シェキナもケテルの言葉を全否定した。
つまり、結局人違いだったということだろうか。
人違いで美人を誘拐してしまうとか、『愚者』の二番煎じかな。
この時点でもうケテルの末路は決定されたと言っていい。
「私はシェキナ。天使シェキナです。敬愛するマルクト神と──ミセリア様の下僕です」
シェキナはそう言って顔を覆っていた手を離し、両目を開いた。
彼女の両の目は、金色に輝いていた。
本来白目の部分まで。
なにこれ怖い。
あとその状態で私の下僕とか宣言されると私が何かしたかのように聞こえるのでやめてほしい。
白目がどうとか言っていたし、この怖い目はケテルの仕業だな。そうに違いない。
「……この、金色の魔素……いや、魔素ではないな。これは……変質している……? そうか、以前、直接接触したときに侵蝕していたのか!」
なにやら、とんでもなく人聞きの悪い濡れ衣を着せられたような気がする。
違いますよ。これケテルさんのせいですよ。たぶんだけど。
「イェソドの成れの果てはまだケセドの残り滓と遊んでいるようだが……。メタトロンが侵蝕されていたとなると、戦力の上でも我が不利、か……」
シェキナが私サイドの戦力としてカウントされてるっぽい。
ということはあれかな。この、シェキナが何の説明もなく浮いているのはまさか、ケテルの能力ではなくシェキナ本人の力なのかな。
私は何の説明も無く浮くような友達を作った覚えはないのだが。
「果実をふたつ、それも上位から食らえば、多少イレギュラーが混じっていようとティファレト如きすぐに食らえると考えたのが甘かったか。
……認めよう。今の我では、貴様を食らうことは出来ぬ、と」
ケテルはそう言い、また魔素を練り始めた。
先ほどの【召喚】のときより、その量も濃度も控えめだ。
ただやはり、僅かながら空間の歪みのようなものは感じられる。胸元のボンジリが居心地悪そうにしているから間違いない。
──聞こえるか、ラファエル。もうそろそろ、ホドの降臨に必要なエネルギーは集められた頃だろう。今すぐホドを降臨させ、地上に上がってこい。
ケテルが何かを言ってるのが私の脳に伝わってくる。
しかし私はラファエルではないし、この場にラファエルなどという名前の人物はいない。
先ほどの空間の歪みと合わせて考えると、これはもしかして遠くの何処かにいるラファエルさんとやらと、脳内で会話をしているのではないだろうか。
だとしたら。
「……混線している? 何か古いラヂオみたいですね」
──これは、ケテル様。ご無沙汰しております。
返事が返ってきた。
返事も私の脳内に混線してくるのか。
──なんだ、いつもよりもクリアに聞こえるな……? もしや、貴様も【念話】を修得したのか? そんな下らぬ事にエネルギーを使う余裕があるならとっとと果、神の降臨をだな……。まあいい。そこにハニエルもいるのだろう。ホドとネツァクの降臨を急げ。計画を前倒しする。
賢い私はピンときた。
ケテル。この男。
ホドとネツァクとかいう果実を受肉させ、それを食らうつもりだな。
すでに2個は食べているという言葉、そして美しい私を食べてしまいたいという言葉から、ケテルがお仲間である果実の捕食に全く忌避感を持っていない事は明らかだ。
そして、食べた数がたったの2個では私を食べるには力が足りないと言っていた。
つまりここでさらに果実を2個食し、力を増して私を食べるつもりなのだ。
ラファエル氏に言う「計画」とやらの内容は知らないが、それはおそらく彼らを騙すための嘘の計画だろう。
降臨させた果実を地上に呼び寄せ、そこで騙し討ちのように食らってしまうつもりだ。
ところが、ラファエル氏の返事はケテルの期待していたものではなかった。
──申し訳ありません、ケテル様。それは出来ません。
──な、なに? 何を言っている。ふざけている場合ではない。いいから早くしろ!
──我々は、気付いてしまったのです。この星に必要なのは新たな神などではなく……生きとし生けるもの全てを見守る、大いなる愛……大いなる生命の力であると。
──おい、ふざけるなと言っているだろう! 何の話だ!
──すでに我々の犯してしまった過ちは取り消すことは出来ません。だから、決めたのです。これからは、我々がこの星を見守り、導いていくと。そういう訳で、以前にお聞きした計画には、申し訳ありませんがご協力できません。では。
──おい! おい! ラファエル! ええい……! おい! ハニエル! いないのか! おい!
「……くそがあああ!」
【念話】を終えたケテルは手に持っていた本をソファに叩きつけた。
痛そう。天使の2人が。




