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「そして、だ。ケセドがたったあれだけの期間、信仰心とやらを集めただけで受肉に至ったにも関わらず、何百年もの間それを続けてきたというのに一向に受肉出来ぬ果実がある。それを不思議には思わなかったか?」
そんな呑気な神──果実など、いるわけが、と思いかけたが、そういえば知り合いにいた気がする。
知り合いというか、実際に見知っているのはその配下の2人であるが。
あと、ブロック栄養食が何からエネルギーを集めたのかも今さらりと教えてくれたみたい。
「そうだ。マルクトだ。しかし、「慈悲」という自らの存在に直結する概念に信仰を集めていたケセドと違い、マルクトが集めていたのは天使シェキナへの信仰心だった。両者の違いはそこにあり──そしてそこにこそ、我がこうしてここにいる理由も隠されている」
ちょっと何を言っているのかわからない。
それではまるで、シェキナへと集められた信仰心が、このケテルに横流しをされていたかのような言い方ではないか。
「ふ。教えてやる。これがそのからくりだ。──【召喚:メタトロン】!」
ケテルの傍らに、白い魔素が集まる。
先ほどの本や戦車の時と同じだ。
しかし、先ほどとは違う事もある。
それは魔素に宿る輝きだ。
本や戦車の時よりも、今集まっている純白の魔素の方がはるかに光り輝いている。
色が明るいから、というだけではない。
魔素一粒一粒に込められている、力の質が違う。いや、魔素の数え方一粒で合ってるのか知らないけど。
魔素を操る信号とは、すなわち意思の力。それは人間や魔物だけでなく、私たちでも同じ。
ならばこの白い魔素には、より強くケテルの意思が込められていると言っていい。
それはつまり、今から召喚されるのは、先の本や戦車よりも、ケテルにとって重要な腹心であろうということ。
世界の記録にアクセス出来る索引だの、何の説明も無く空を飛ぶ戦車だの、そんなものよりさらに強大な何かが現れるということだ。
そして、白き魔素が実体を為し、現れる。
私から見てもそれなりに美しい髪、それなりに美しい顔。それなりに美しいスタイル。
およそ、人が想像する「天使」にふさわしいシルエット。
「──よく来たな。メタトロン。いや……シェキナよ」
見覚えのある人物。
聖シェキナ神国の事実上の国家元首、巫女シェキナである。
以前に会った時よりも、さらに美しくなっている。私ほどではないが。
それは醸し出す存在感からも明らかだ。私ほどではないが。
これこそがケテルの加護、ということなのだろうか。私の加護の方が良いと思う。
「っ!? ここは……。貴方は!?」
そして、シェキナも何の説明も無く空に浮いている。なんなの。
「我が呼んだのだ。さて、シェキナよ。長きに渡る、我への意思の献上、ご苦労だった。我がこうして受肉した以上、もうマルクトから掠め取る必要はない。もっとも優秀なお前は、我の降臨を察してか、しばらく前から意思の献上は止めていたようだが……」
「なっ、何を……!? というか、貴方は一体……!?」
シェキナは不信感も顕わにといった様子でケテルを睨む。
まあ、いきなり空間を越えて呼びつけられて、しかも何の説明も無く空に浮かべられたら誰だって不信に思うだろう。
しかし、知り合いみたいな体で話しかけておいてこの反応とは。というか、知り合いでないのならこれ誘拐案件では。
私も誘拐されたことがあるからわかるが、下手に美人を誘拐すると最悪の場合本拠地が壊滅する恐れもあるので、迂闊にやらない方が良いと思う。
「おお、そうだったな。シェキナとメタトロンでは人格を分けているのだったか。では──我が許す。力の枷を外せ。そして、再び我に仕えよ」
「力の枷を……外す……? 何を……くうっ!」
ケテルの言葉を聞いたシェキナが、両目を押さえ苦しみ出した。
「……ふ、ふ、ふ。いかに巧妙に隠蔽しようとも、眷属たる天使の身体には主人の果実の色が出る。これは避けられぬ事。ゆえに我は、マルクトがシェキナを創造する際に仕込んでおいたのだ。その、白き結膜に、我の力をな。
これを解放することで、シェキナはメタトロンへと転身する。そしてシェキナが得た信仰の力は、メタトロンを通じて我に流れてきていたのだ!
ふはははは! 知っているぞ、ティファレト! シェキナとは、随分と仲良くしていたようだなぁ! どうだ! 信じていた者に実はずっと裏切られていた気分は!」
知らなかった。
私ってシェキナと仲良くしていたのか。
あまりそういう感じではなかったと思うのだが、第三者が言うのならそうなのだろう。
そしてもうひとつ。
私ってシェキナを信じていたのか。
彼女の何を信じていたのかはわからないが、少なくともビジネスの相手としてはそれなりに信頼していた。ミセリア商会の優良会員の名簿に名前があったし。
では、それが裏切られていた、とはどういう意味だろう。
論理的に考えるならば、我が商会の商品から別の商会の商品に乗り換えた、ということになる。
しかし私の知る限り、我が商会に完全なる同業他社は存在しない。
私の商品は誰にも模倣出来ないからだ。
結局のところ、やはりケテルの話は全く意味がわからないなという結論にしかならないのだが、私がそんな無益な事を考えている間にも、私を裏切った仲良しのシェキナの様子は変化していた。




