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「──ぅおおおおおおおおおおお!? なんだ、これは!?」
【暴虐の演武】、とか言う、なんだか妙に耳に覚えがある気がする名前のスキルを発動すると同時に、ケテルは突然本を振り回しながら踊り始めた。
しかも、それがまるで自分が意図したことではないかのように驚きの叫び声を上げている。
いや、いくらなんでも情緒不安定すぎでは。大丈夫かな。話聞こうか。
「ああああああああああ!?」
さらに、その状態で本を私にぶつけようと、戦車ごとこちらに突っ込んできた。
どうも自分自身の身体さえ制御しきれていないように見えるが、戦車は追従してくれるようだ。便利な戦車である。いや、天使を召喚するとか言って出てきた戦車なので、ああ見えてもあれは天使なのか。召喚されたということはケテルの配下とかそういう者なのだろうが、上司がこれではさぞや苦労していることだろう。同情する。
ともかく、ケテルは戦車の機動力を存分に発揮してまっすぐこちらに向かってきて──
「あ、そこは──」
「ぐがっ!?」
ちょっと前に私たちが通った場所、つまりボンジリによる不可視の道が残っていたところに頭をぶつけ、ひっくり返って落ちていった。
ケテルと共に律儀に落ちていく戦車と本から、心なしか哀愁が漂っているような気もする。
「……何がしたいんでしょうか。
ですがとりあえず、あの本をパラパラ捲ると色々なスキルが使えるらしい事はなんとなく察しました。それがたとえケテルさん自身が修得していないものであっても」
もし自分自身で覚えたスキルなら、今のような無様なことにはならないだろう。
そのスキルの長所や短所など、スキル修得の過程でその身に刻み込むはずだからだ。そうでなければ修得しても使えないし、そもそも修得など出来ない。
スキルを修得するには、そのスキルを使えると、使う資格を有していると、世界に──おそらくは宇宙怪樹に認めさせる必要がある。
しかし今のケテルの愚かな行動からは、あのスキルを理解している様子は全く見られなかった。
しかし発動者でさえスキルの挙動を制御出来ないとか、仮に本当に近接最強の効果を持っているとしても、これでは技としては致命的すぎる。
誰が何を考えたらこんな技が出来るのか。作った奴の顔が見てみたい。
私に縁があるスキルだとか言っていたような気がするし聞いたような名前であったが、それを言っていたケテルはご覧の通りポンコツで全く信用出来ないので聞かなかった事にする。
何にしても、あの哀愁漂う本にはそうした能力があるようだ。
スキルや魔法が宇宙怪樹に刻まれたルールであるとするなら、あの本はさしづめルールブックと言ったところか。いや、用語索引の方が近いかもしれない。
なるほど、天使を詐称するだけの事はある。
「──く、よもや、不可視の結界を周囲に張り巡らせていたとはな……」
さすがと言うかなんと言うか、落ちていったケテルはすぐに復帰し、空飛ぶ馬なし馬車で再び上空へ登って来た。
ダメージらしいダメージは見られない。治したのか、あるいは面の皮が厚すぎて元々無傷だったのか。
あと、張り巡らせていたとはな、って、私があれだけお空を駆け回っていたのだから、そのための道が残っているだろうことは考えればわかることでは。
もしかしたら、本当にサクラが空を駆けていたとでも思っていたのだろうか。だとしたら脳が沸いている。馬が何の説明も無く空を飛ぶわけがないだろうに。自分の戦車と一緒にしないでほしい。
「遠距離攻撃は無効化し、接近も許さぬ、というわけか。随分と臆病なことだな」
そんな事を言われても。
だいたい、見ての通り私はドレス姿のか弱い令嬢である。接近なんてしてほしくないのは当たり前だし、攻撃を無効化するのも身を守る上で当然の行動だ。
「……ふむ。ならば、貴様の精神から攻めるとしよう。いや、始めからこうすべきだった。何しろ貴様の権能は、制約を満たしておらねば一切振るえぬ類のものであるからな。その制約を乱すには、精神をかき乱してやるのが一番手っ取り早い」
いや権能とかいうものを振るった事もなければ、何かしらの制約を課された覚えもないのだが。
そんな曖昧で不確定な理由で勝手に精神をかき乱されてはたまらない。
たまらないのだが、精神をかき乱すとは、具体的にどうするのだろう。しかも、近づかずに。接近も許されないとは今彼が自分で言ったことだ。
「ティファレトよ。我がどうやって受肉するほどの意思エネルギーを得ることが出来たか、不思議に思わなかったか?」
思わない。
一般的に言って初対面の人間に対して「こいつなんで存在しているの」とかいきなり思う人はいないだろう。
いや、今私は確かにケテルに対してそう思い始めてはいるが。
しかし事ここに至っては、このケテルが通常の人間ではない事は明らかである。
その存在は人間や獣人よりも、巨大ケンタウロスやブロック栄養食、あるいは夜の校舎に出る露出狂に近い。と言うと何だかものすごい悪口を言っているように聞こえるが、まあつまりは人より神の領域に在るモノということだ。
彼らは皆、それぞれの方法でエネルギーを集めていた。
あるものは魔物を生み出す瘴気から。
あるものは天に煌く月への憧憬から。
そして──ブロック栄養食もそっち側だったとして、彼が何から集めたのかは知らないな、そういえば。




