22-53
【貪り喰らうもの】はギーメルに手取り足取り教えてもらった技術である。その際に実際にこの身に受けた事もある。
あの時は大した影響は無かった。僅かばかり奪われた私の魔素より、ギーメルの許容量の方が少なかったからだ。
しかし、今回はそうはいかないだろう。
このケテルと名乗る青年の内包する魔素の量は私と同じくらいだし、私の全てを受け止めきれるかどうかはわからないが、少なくとも私の体調に影響が出ない範囲で終わってくれるとは思えなかった。
ならば、馬鹿正直に受けるわけにはいかない。
「【G線上のミセリア】!」
私の声に続き、ペットたちが鳴き声をハモらせる。
もはや視認が可能なほどの高密度の魔イナスイオ素が、旋律に乗りケテルの放った【貪り喰らうもの】を飲み込んでいく。
これも吸収されてしまうだろうか、とも思ったが、旋律は問題なく【貪り喰らうもの】を霧散させ、その向こうのケテルにまでダメージを与えたようだった。
思うに、あの【貪り喰らうもの】は発動時に私自身を対象としていたからだろう。
あれが奪い取るものの対価に真実を必要とする事はよく知っている。であれば、複数対象に発動出来ない制約と同じ理由で、発動時の対象以外に効果を発揮するのは難しいはずだ。
ましてや、私たちの放った【G線上のミセリア】は5人による合体技だ。仮に私とケテルの実力が拮抗していたとしても、5対1では出力の差も明らかだ。
ただ、発動した後の【G線上のミセリア】を対象にされたら、もしかしたら吸収されてしまうかもしれない。5人で力を合わせて発動した技だとしても、発動した後はひとつのエネルギー体でしかないからだ。
そう考えると、【貪り喰らうもの】と【G線上のミセリア】はお互いに後出し有利の関係と考える事が出来る。
まあ、今後役に立つ考察かどうかはわからないが。
「──ぐうっ! なんだそれは! 【貪り喰らうもの】を飲み込むほどのパワーだと!?」
別に飲み込んではいない。吹き散らしただけだ。
もともと、対象のエネルギーを奪い取る事に特化した【貪り喰らうもの】と、対象をいい感じに破壊する事に特化した【G線上のミセリア】では、用途が全く違うのだ。
注射針と金砕棒で打ち合うようなものである。勝負にならない。
「……いや、単にスキルが強力というだけではないな。その馬らの力もか。まさか……天使か? 天使を3体も、それも全て魔物型で揃えているのか? なんという闘争心だ……野蛮な……!」
初手で【貪り喰らうもの】をいきなり撃ってくるような人に野蛮とか言われたくはない。いや、先に殴ったのは私だけど。まあでもあれはこのケテル青年をナイナイしてしまえばノーカンだし。
いや、それはケテルにとっても同じなのかもしれない。
私たちをナイナイしてしまえば、野蛮な令嬢(♂)に一方的に攻撃されたと吹聴することも出来るというわけだ。野蛮な令嬢(♂)とかちょっと意味がわからないので、それを聞いた人が言葉の意味を正しく理解してくれるかどうかは別としてだが。
しかしこれで余計に負けるわけにはいかなくなった。
相手を討ち倒し、自分にとって都合の良い事を言い触らすのは私の方だ。
「……貴様のような野蛮な果実でもこの身に取り込まねばならんとはな」
失礼にもほどがある。
そんなに嫌ならやらなくて結構ですが。
「野蛮な貴様に、人型でない天使の真の使い方を教えてやる。【召喚:ラツィエル】」
黙って待っていたらそうしなければならない理由を教えてくれないかなと思っていたが、それは教えてくれなかった。
代わりに別の事を教えてくれるらしい。
ケテルの左手に魔素が集まってゆく。
召喚とか言っていたし、どこか遠くから誰かを呼び寄せる術なのかと思ったのだが、どうもそういう雰囲気ではない。
長距離を理不尽に移動することについては、私もそれなりに審美眼があると自負している。例の渦を頻繁に利用してあちらこちらに行っているからだ。
ケテルの左手の魔素からは、なにやら妙な空間の歪みのようなモノが感じられた。私が普段使う渦ではそのようなものは発生しないので、これは厳密には転移系の術ではない、はずだ。
怖いもの見たさにも似た好奇心によって、私はケテルの左手を見つめ続けた。
それほど時間を置かず、ケテルの左手の魔素の塊が何かの形を取った。
それは本だった。
いやドヤ顔で「人型以外の天使の真の使い方を──」とか言っておいて本かよ、と思った。
うちのペットが天使かどうかは知らないが、仮にそうだとしたらどう見てもうちの子たちの方が可愛い。
可愛い子に対して、天使のようだ、といった表現を使うことがある。
その法則からすると、本よりうちの子たちの方が天使度が高いのは明らかだ。
「驚いているようだな。天使など、所詮は道具に過ぎぬ。ならば、初めから道具として使いやすい形状で創り出してやればよいのだ。ほれ、このようにな。【召喚:ザフキエル】」
今度はケテルの足元に魔素が集まる。
そしてそれは次第に何かを形作っていく。
これは、椅子だろうか。椅子というかソファに近いか。
さらに、そのソファには車輪がついていた。あれかな。古代ローマとかの戦車かな。馬はいないけど。
ケテルはその戦車にどっかりと腰を下ろすと、本を捲りながら空中を戦車で走り始めた。
だから、急に何の説明もなく空を飛ぶのはやめて欲しい。
厳密に言うと転移系の術じゃないのはお嬢の方なんだよなあ(
 




