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背後に庇うように、グレーテルたちの前に立つ。
するとサクラが寄ってきて私のお腹に鼻先を突っ込んできた。
たぶん、乗れという意味だろう。
サクラは普通の馬よりだいぶ大きいので一人で乗るのは難しいのだが、ボンジリがいれば問題ない。
私は見えない踏み台を登ってサクラに跨った。
地面に残っていたビアンカも私のドレスをすいすいと伝ってサクラの頭の上に乗る。そしてそのビアンカの上にネラがもふりと跨った。
ボンジリも私の胸元から顔を出し、ネラの頭を少し見たが、彼はもうそこに乗れるほど小さくはない。
寂しそうな顔をして胸元に戻った。
サクラに跨る私の隣に、ユージーンを乗せたフィレとユスティアを乗せたヴァラがやってきた。
共に戦ってくれるのか、と思ったが、ユージーンは馬上で首をブンブン横に振っている。フィレが勝手に来てしまったらしい。
さすがの私も、あの巨大なロボットと剣や魔法で戦わせるのは気が引けるが、フィレがいるなら大丈夫だろう。これはユスティアとヴァラも同様だ。
「皆さん、ありがとうございます……。では、やりましょう!」
「待って、その皆さんの中にさすがにボクは入ってないよね? ちょっと、何とか言ってよ──あれ? 『悪魔』たちどこ行った?」
『教皇』がなにか言っているが、今は彼に構っている余裕などない。
──来たか、ティファレトめ……。ち、すでにして恐るべき気配を放っておるな。直視も出来ぬ……。
パントマイムロボがそう言い、手のひらをこちらに向けた。
よく見るとその手のひらには人の顔が浮かび上がっている。
どこかで見たような、と思ったら、先ほどバレンシアと仲良くしていたアイドルユニットの顔だった。
なんてことだ。
ということは、このパントマイムロボはアイドルの顔をプリントした手のひらを前面に出して振っていたことになる。
私は前世でそんな光景を見たことがある。
そう、アイドルのライブ会場を盛り上げる、オタクと呼ばれる人々だ。
彼ら彼女らは、推しのアイドルの顔やニックネームがプリントされた団扇などを持ち、サイリュームなどと一緒にそれらを振りながら応援していた。
ではもしかして、このパントマイムロボが先ほどやっていた動作はパントマイムではなくオタ芸だったということなのか。
オタ芸ロボ。
パントマイムロボとどっちが強そうかな。
──だが直視はできずとも──【慈悲の一撃】!
こちらに向けた手のひらの5本の指が折り曲げられ、その指先から漆黒の槍が放たれる。
これは先ほど、死にたがりの宗教関係者が撃ってきた謎のスキルによく似ている。というか同じものだ。
直視できないとか言いながら、漆黒の槍はやけに正確に私を目掛けて飛んできた。
手のひらのアイドル団扇の目が私を睨んでいる。もしかしてだが、あれで照準をつけたのだろうか。
あの団扇と目が合うのは何というか、仏壇の遺影とやたらと目が合う現象と同じかなと思っていたのだが、もしかしたら違ったのかもしれない。
「──いえ、今はそのような事を気にしている場合ではありませんね……!」
また【貪り食らうもの】で吸収してやろうとして、やめた。
このスキルは天秤に載せた真実と同等のものを対象から奪う効果を持つが、その天秤に複数の対象を選べるかどうかはわからないからだ。
というか、おそらく無理だろう。真実というものは人によってその価値が違うからである。
たとえば、私が宇宙一美しいというのは疑いようがない真実であり、これにまさる価値のある真実などないが、それをすでに知っている者にとっては別だ。いわゆる「知ってた」というやつだ。
「ならばここは──【G線上のミセリア】!」
私が力ある言葉を放つと同時に、私の意思を汲み取ったビアンカ、ネラ、ボンジリ、サクラが各々美しい旋律を奏でる。
その旋律は魔素を震わせ、破壊の波となって周囲に伝播してゆく。もちろん、背後に守る仲間たちには影響はない。たぶん。
魔素を伝う破壊の波動を受けた漆黒の槍は一瞬でその形を崩して霧散した。
さらに波動は光を超える速さでオタ芸ロボに到達し。
──ぐぅわああああああ!
手のひらのアイドルの顔が至る所から、出血するかのように青い何かを吹き出した。
まるで彼の血が青くなってしまったかのような光景だが、あの青い何かはおそらくは魔素だろう。このオタ芸ロボの力の影響を受け、そのような色になっているらしい。
──おのれ小癪な! パージだ!
オタ芸ロボが叫ぶ。
するとロボの巨大な腕の肘から先が突然切り離され、青い煙を撒き散らしながらこちらに突っ込んできた。
まさかのロケットパンチである。いや、手のひらは広げたままなのでロケット張り手であろうか。
さすがに純粋な質量攻撃を防ぎきるのは難しいか、と身構える。
しかし、私の仲間はそんなに柔ではなかった。
「させないわ! 【狂気侵犯】!」
グレーテルが銀色の波動を迸らせると、ロケット張り手はあらぬ方向へと飛んでいってしまった。
青い涙を流すアイドルの顔に、若干の切なさを感じる。彼はどこへ向かっていくのだろう。
──ロイクは躱したか! だが!
オタ芸ロボは右手だけでなく、左手、右脚、左脚、さらには頭部までをも切り離し、それぞれ独立させて飛ばし、私たちに襲いかかってきた。
「急に何の説明もなく空を飛ぶのはどうかと思いますが」
「……いや、お嬢にだけは言われたくないでしょそれ」
なお、胴体はその場に寂しくずしりと転がっていた。
方向性の違いからバラバラになってしまったアイドルユニット。よしうまい事言ったなこれ(




