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──なるほ、ど。理解、出、来てきた、ぞ。これが、貴様らの言、語だな。
本当に理解できてるのそれ、と言いたくなる文節とイントネーションではあったが、ブロック巨人はついに普通にマルグレーテたちに話しかけてきた。
「くっ! ずいぶんと余裕があるじゃない!? 【ルナティック・フレイム】!」
幻想の炎がブロック巨人を包み込む。
しかし。
──くは、はは! 無、駄だ! もう効か、ぬわ!
マルグレーテの放った幻想の炎は確かにブロック巨人を覆った。
しかし巨人の言う通り、それは大したダメージにはなってはいない。
──イェソド、の幻、惑の力、は、例えそ、うと知ってい、ても抗うの、は難しい。だがはっ、きりと幻、だと、断言で、きる根拠があ、れば、幻はそ、の全ての力、を失ってし、まう。
ブロック巨人は笑いながら右手をかざし、その巨大な手のひらをゆっくりと開いた。
巨人の手のひらの中には小さな顔があった。
いや、小さくはない。巨人の手が大きすぎるためにそう感じられるだけで、これは通常の大きさの人の顔だ。
苦悶に満ちた表情はともかく、その顔立ちには見覚えがあった。
「ロイク!?」
バレンシアが叫ぶ。
そうだ。彼は確かバレンシアが刺したイケメン集団のセンターにいた男だ。名前は知らないが、バレンシアが何度かロイクという単語を口にしているのは聞いていた。普通に考えればそれがあのいずれかの獣人の名前だったのだろう。いずれかの、というか、今巨人の手のひらで人面瘡になっている彼の、だ。
巨人は今、「はっきりと幻だと断言できる根拠があれば」と言った。
もしそれがマルグレーテの銀色の力を打ち破る鍵なのだとしたら、この手のひらのロイク青年こそがその一翼を担っているはずだ。でなければこのタイミングで見せびらかす理由がない。
「……【ルナティック・サンダー】」
──ふん! 無、駄だ!
幻想の雷はブロック巨人の頭部を捉えた。しかし、効果がないようだ。
手のひらのロイク青年が、苦しげな表情はそのままに目だけを見開いて巨人の頭部を睨みつけている。
「……なるほど」
銀色の幻惑の力は対象の認識を歪める事で効果を発揮する。
物体を破壊するのは難しいが、知能のある生体であれば、認識を歪める事で肉体にまでダメージを負わせる事さえ不可能ではない。
しかしそれも、対象の感覚を完全に騙すことが出来てこそだ。
通常、人が見た光景は頭部に収められている脳という部分に送られ、情報を処理される、らしい。簡単に言えば、ここで初めて人は外部の状況を認識できるというわけだ。
ではあの手のひらのロイク青年が見た景色はどうなるのか。
あの顔部分にロイク青年の脳があるかどうかは不明だが、少なくとも身体は同じものを共有しているわけだし、手も巨人の意思で動いていたようだった。であれば、手のひらから得た外部情報も巨人の脳に送られると考えるのが妥当だろう。
そうなると、この巨人は現在手のひらと頭部周辺の両方から外部情報を得ていると考えられる。
巨人の言う「はっきりと幻だと断言できる根拠」というのはこの事だろう。巨人自身が主観的かつ客観的に観察出来ていると言うなら、これ以上はっきりした根拠はない。
つまり、幻惑の力で巨人にダメージを与えるには、頭部と手のひらの両方に同じ内容の幻を見せなければならないということだ。
ブロック巨人のサイズを考えると、これは正直に言って厳しいものがある。
枷のある今の状態のマルグレーテではおそらく出来ないだろう。
「……仕方ないわね。これだけはやりたくなかったのだけど」
巨人の頭部と手のひらに同時に幻惑を仕掛けるには、枷を外すしかない。
マルグレーテは自分の肩に手をやると、ドレスの上に羽織っていたケープを脱いで投げ捨てた。
今着ているドレスはノースリーブのものなので、これで肩から手首までが完全に露出したことになる。
さらにマルグレーテはドレスのスカートの裾を引っ掴み、力まかせに引きちぎる。仕立ての良いドレスはたいそう破りにくかったが、イェソドの力を取り込んで肉体性能も向上しているマルグレーテにとっては難しい事ではない。
むしろちょっと破り過ぎてかなり際どいミニスカートになってしまったが、たぶんギリギリセーフだろう。
問題はここからだ。
以前にイェソドに憑依された生徒会長の様子を思い出せばわかる通り、イェソドの力は全裸でなければ十全に発揮できない。
しかし王女である、いや王「女」ではないマルグレーテがそんな格好をするわけにはいかない。
「……イメージするのよ。私なら出来る。イメージ、イメージ、イメージ……!」
銀色の光がマルグレーテの足元から立ち上り、彼女の身体を包み込んでいく。
外気に晒したことですうすうする腕や太腿の感覚に意識を集中させ、その涼しさをイメージを固める一助とする。
自分は今、全裸だと。
何ひとつ身に付けず、生まれたままの姿でこの瓦礫の中に立っているのだと。
そう、マルグレーテは自分自身に幻惑をかけ、自分は今全裸であると認識を歪めようとしていた。
これが上手く行けば、服を着たまま全裸の力を発揮できるはずだ。
わかりやすく言うと逆・裸の王様みたいな感じですね。
全然わかりやすくないし何言ってんのって感じですが、本作はだいたいいつも何言ってんのって感じなので平常運転です(




