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ちらちらと後ろを振り返り遅れ気味になるバレンシアの首根っこを引っ掴み、それでも何とか全員を建物から避難させたマルグレーテは、十分に距離を取ったところで振り返った。
ちょうどそのタイミングで、崩れかけていた玄関が崩落した。
逃げ遅れた警備員や倒れている4人の若者が瓦礫の中に消えていく。
「……っ」
その光景にバレンシアは悲痛な顔をした。
マルグレーテには彼女らの会話は理解できなかったが、あれだけ普通に会話していたのだから知り合いだったのだろう。
バレンシアはしばらく前からマルゴーでメイドをしていたようだし、今回の獣人たちの侵略よりもかなり前にひとりだけマルゴーにやって来ていたのだろう。
今回の侵略における獣人たちの船舶の被害予想数を考えるに、このレクタングルから海を渡ってマルゴーに来るのは並大抵のことではない。
そうせざるを得ないほどの事情があったとすれば、それはかつての知り合いの腹に短剣を刺すに足る理由になるのかもしれない。
その境遇には同情するが、状況が状況だ。刺したタイミングが悪かった。
残念だが、彼らのことはもう死んだものと思ってもらうしかない。いや短剣刺しちゃってるし死ぬのが残念なのかどうかはわからないが。
崩れ行くブロック栄養食を、仲間たちと生き残った警備員たちと眺める。
ミセリアの捨て台詞にルーサーが言っていた通り、何か仲良くなっちゃってる感あるが、単純に災害被害者同士の謎の連帯感という気もする。
いずれにしろ少なくとも警備員たちにはもうマルグレーテたちをどうこうしようという気はなさそうだ。
というか、このブロック栄養食が国の政権中枢だとすれば、国に雇われているだろう警備員たちにとっては今更マルグレーテたちの相手をしている場合ではないのだろう。
それにしても、である。
何か違和感を覚える、気がする。
「……ねえ。おかしくない? 外、全然揺れてなくない? なのにまだあの──ブロック栄養食だっけ? 崩れ続けてるよね。……てかブロック栄養食って何なんだよどういう意味だよ。ブロックってのは形からわかるけど、栄養食部分て必要なのかよ」
『教皇』とかいう生意気なオスガキの言葉にはっとした。
確かに、足元が揺れ建物が崩れる気配を感じたから外に避難してきたのだが、いざ外に出てみると地面は全く揺れていない。
いや多少揺れてはいるのだが、それは目の前のブロック栄養食が崩れているからだ。少なくとも、地面が揺れたせいでブロック栄養食が崩れたわけではない。原因と結果が逆なのだ。
「そうね……それに」
「ああ。いくら何でもおかしいぜ。あの建物、瓦礫はどんどん崩れていくが……形は全く崩れてねえ」
よく見てみればバラバラと剥がれ落ちているのはブロック栄養食の表面部分と窓だけだ。
これと似た光景、どこかで見たことがある。
表面の殻が割れ、外形と同じ形の中身が現れるこの様子。
「……あ、ゆで卵だ」
建物の中から、つるりとゆで卵を剥いたかのように、ブロック栄養食と同じ形の中身が出てきていた。
そしてあらかたの瓦礫が剥がれ落ちると、そのブロック栄養食はさらに大きく振動を始め、ブロック型の体躯に無数の切れ目が生じた。
切れ目からは光が漏れている。
全ての瓦礫が剥がれたところで、その光に沿ってブロックが動き始めた。
ある部位はスライドし、ある部位は出っ張り、ある部位は内側に沈み。全体のシルエットにメリハリが出て、全長も高くなっていき。
「……ブロックで出来た……巨人……?」
──■■■■■■■■!
咆哮を上げた。
「──うるさっ!? なんだよこいつ! ブロック栄養食って喋んの!?」
「喋るっていうか、これ脳内に直接響いてねえか? まあ何言ってるかはわかんねえんだけど」
──■■■■■■……■■■■■■■……。
しかし、ミセリアのよくわからないセリフを日常的に聞いていたおかげか、マルグレーテには巨人が何を言っているのかが朧気ながら理解できた。
ザドキエルは消えてしまったのか……。
この巨人は今、そう言った。
ザドキエルというのが誰なのかはわからない。だが、巨人が人間と似た感性を持っているらしい事は理解できた。そうでなければ、誰かが居なくなって寂しい、というような感情を持ったりはしないだろう。
巨人には目は無いように見えたが、その視線がマルグレーテを射抜いたのを感じる。
──■■■■■■……■■■■■■。
ティファレトがどうとか言った。
その言葉には覚えがある。
今はマルグレーテと同化してしまった、この銀色の力。この力から教えられた事がある。
ティファレトとは、ミセリアのことだ。
──■■■……■■■■■■。
そして、今言われたイェソドとはこの銀色の力のこと。
つまり、マルグレーテのことだ。
「……これは……どうやら、私たちの敵のようね」
──■、■。■■■、■■■■■■■■■! ■■■■!
「狂ってるのは貴方のほうでしょ! 特にサイズ感とか!」




