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「とりあえずは2階への階段の近くから探しましょう」
警備員たちは相変わらず私たちを拘束しようと取り囲んでいるが、彼らに私たちを止めることは出来ない。
アイドルユニットが刺されたところをその目で見ていたからだろう。一定以上は私たちに近づかないようにしている。私たちが動くとその分彼らも動くのだ。なんか見たことあるなこういうシーン。凶器持ってる犯人を取り囲む警察官みたいな感じ。
そのまま警備員を引き連れ、宗教関係者が消えていった奥の方へと向かう。
奥にはやはり、二階へと続く階段があった。見上げてみたところ、階段は三階以上にも続いていそうだったが、下へ降りるものは無かった。
「……どうやら、下への階段は別の場所にあるようですね」
と私が言ったところで、何かを砕くような音がした。
なんだろう、とか考えるまでもない。
探すのが面倒な人が居たな、これは。
まったく誰が、と考えながら振り向いてみると、玄関ホールの床にいくつかの大穴が空いていた。警備員も何人かは吹き飛ばされて気を失ったり、穴に落ちかけていたりする。
下手人は一人じゃなかったのか。みんなで砕けば怖くない的な心理かな。
「……あーあ。これだからエレガントじゃない奴らはさ」
「だが、合理的だ。見ろ。地下だぞ」
クロウに促されて床の穴を覗き込むと、暗がりの中、古ぼけた石の壁が見えた。
地上階の準近代的な建築様式とは似ても似つかないアンティークなデザインの地下だ。ここだけ見れば、いつか『死神』と『悪魔』を盗み出しに潜入したマルゴーの地下室にそっくりである。
人間でも獣人でも、似た身体構造と似た文化様式を持つ生物は、同じ目的の施設は似通った造りにするという事だろうか。こういうの収斂進化とか言うんだったかな。地下牢の収斂進化とかちょっと嫌だな。
「──あっちだ! 行くぞ!」
クロウはそのまま地下に飛び降り、闇の中に走っていく。その後をアマンダが追いかける。
「私たちも行きましょう」
「行くってミセル、まさか一階分飛び降りるってこと──」
「さすがにサクラたちは入れませんし、グレーテルとユージーンたちはここで警備員さんと一緒に待っていてください!」
そう言って私も飛び降りた。
大丈夫。私には見えている。ボンジリが作った不可視の階段が。
「……もはや何の説明もなく空中を歩いて行くな、お嬢は……」
「……たぶん警備員を抑えておけって意味なんだろうけど、友達みたいなニュアンスになっちゃってるよね……」
背後にユージーンたちの言葉が聞こえたが、残念ながら説明している時間はないし、警備員に構っている余裕もないのだ。
地下まで降りてみればさすがに私でもクロウの妹の気配は感じられた。
かなり弱々しい反応だ。
というか先行しているクロウとアマンダの気配が濃すぎて余計にそう見える。これ普通にクロウ追いかけた方が早いな。
私の後を追って降りてきたディーとインベルを連れ、地下の通路をひた走る。
やがて追いついたクロウたちは、独房らしき部屋の中に居た。
独房には鉄格子が嵌められていたようなのだが、なんかぐにゃぐにゃに曲げられている。こんなに曲げる必要あるのかな。
「来たか、ボス!」
「ええ。来ました。こちらが妹さんですね」
鎖に繋がれた女性は、衣服も身につけておらず、両腕両足には痛ましい傷痕が見える。
どこか不自然な印象を受け、よく見てみると、左右の足は逆に接合されていた。
相当酷い拷問を受けたようだ。さすがにここまでの事はマルゴーでもやらない。と思う。
しかしその接合痕の上からも傷が付けられているところを見ると、あまり効果的な方法ではなかったらしい。いや、普通に考えたらかなりの苦痛と恐怖心を煽るだろうし、方法に関わらずこの女性に拷問めいた措置が通じなかったという事だろう。
「急いでくれ!」
「お、落ち着いてクロウ! ボスを急がせたってどうしようも──ていうか何を急がせるの!?」
「──わかりました。急ぎましょう」
私も何を急げばいいのかわからないけど。
とりあえず、王都の屋敷に連れて行こう。
話はそれからだ。
「今、渦を出します。妹さんの鎖を──あ、素手で千切れるんですねそれ……」
◇◇◇
「地下にゃあのクロウとやらの妹さんが捕らわれてるんだよな? 降りるのは飛び降りりゃ良かったかも知れんが、どうやって地上階まで連れてくるつもりなんだ?」
「んなの空中歩けるんだから余裕っしょ」
「いや、そりゃお嬢だけだろ。……だけだよな?」
確かに。
ミセリアが普通に空中を歩いていた件についてはもう突っ込む気も起きないが、クロウやアマンダたちにも同じことが出来るとは思えない。事実、ミセリアの後を追ったメイドと執事は普通に飛び降りていた。いやメイドや執事が普通に地上階から地下へ飛び降りるというのもおかしな話なのだが。
「被害者を地上に引き上げるために貴方たちが居るんでしょ。それか、待ってる間に正規の階段を探し──な、何事!?」
突然の振動にマルグレーテは言葉を止めた。
床にむやみに穴を開けまくったせいで今頃揺れているのか、とも一瞬思ったが、流石にそれはないだろう。
これは地震というやつだろうか。
インテリオラ王国ではほとんどないが、地域によっては日常的に地震が起きるようなところもある、とミセリアから聞いた覚えがある。
もし地震が起きた場合は、可能なら速やかに建物から出たほうがいい、とも。
「みんな! 外に出るわよ! ここは危ないわ! ミセルたちなら──何があっても大丈夫!
ええと、バレンシア、だったかしら? 自分で刺した相手でしょ! そんな奴ら放っておきなさい!」




