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「──話はわかった。それでこの手紙というわけか」
「手紙、ですか?」
ライオネルは執務室でフリードリヒの報告を聞くと、抽斗から一通の手紙を取り出した。
ミセリアから送られて来た手紙だ。
中央から通達された「マルゴー駐在騎士」とかいう懲罰的な閑職についての補足のような内容だった。
駐在騎士については、実情は懲罰だとしても表向き王家との友好をアピールする役には立つので、すぐさま了承し返信した。
ミセリアの手紙が明らかにその返信が届くよりも前に出されただろうことから、駐在騎士とやらの発案があの娘であることも何となくわかった。了承しておいてよかったとホッとしたものだ。
ミセリアの手紙によれば、今回送り込まれる駐在騎士というのは、フリードリヒが証拠や証人を全て掻っ攫ってしまったために騎士団が混乱し、結果的にそのせいで首を切られた憐れな部隊長との事だった。
だから自分の小遣いを使ってでもなんとか便宜を図ってほしいと、書いてあった。これから受け取る予定だった小遣いの前借りをする形でいいと。
同情的なその文面からは、せめて自分の力の及ぶ範囲で手助けしてやりたいという優しい気持ちが垣間見えた。
ミセリアの小遣いとは単なる遊興費ではない。
将来どこにも嫁ぐ事が出来ず、おそらく公的な職にも就けないだろうミセリアにとって、家から貰える給付金というのは今後の生活費に等しいものだ。
マルゴー家の一方的な都合で不便を強いている以上、将来に亘って給付金を途切れさせるつもりはないが、この先もそうだとは限らない。ミセリアをああしたのは前当主であるヴォルフガングと現当主ライオネルなので、その責任感から出来る限りの事はするつもりでいるが、次期当主のハインリヒも同じ事を考えるとは限らないからだ。
あの歳でありながらそれをよく理解しているミセリアは、まあ文句を言ったり問題を起こしたりはするものの、家の意向に本気で逆らうようなことはこれまでなかった。もちろん、自分から何かを要求したこともない。
貴族基準で言ってもわりと豪奢な衣装やアクセサリを持っているのは確かだが、それは周りが勝手に与えただけだ。容姿も能力のうちと考えれば、自分の力で稼いだものだと言えなくもないので黙認している。
そんなミセリアが珍しく、これから受け取るはずの小遣いを使ってでも便宜を図ってほしいと、後に残る書面という形で送ってきた。
であれば、親としてそれを叶えてやるのは吝かではない。
辺境伯としても、例え中央の思惑が懲罰だとはいえ、領主としての立場から歓待してやるのは悪い判断ではない。
いずれ、成人も近い事だし小遣いは増額する必要があると考えていた。そのための予算もすでに組んである。
ひとまずはその増額分を充ててやればいいだろう。
男一人くらいなら何不自由なく生活出来るはずだ。
「父上、もしや、ミセルから手書きの手紙を受け取ったので……?」
「手書き以外の手紙などがあるのなら教えてもらいたいものだが」
自筆ではないという意味ならまあわからないでもない。
街には代筆士という職業がある。
しかしあれは字を書くことが出来ない平民が、何らかの理由により字を書かなければならなくなった時に利用するサービスであり、貴族が使うことはない。代筆士を呼ぶということは字が書けないと宣言するようなものであり、この実力主義の王国においては貴族がそれをするのは恥とされている。
礼儀作法についてはともかく、そうした立ち回りについてはミセリアには一般的な貴族令嬢以上に厳しく躾けてきた。
そのミセリアが王都という知らない者ばかりの場所でそのような弱みをあえて見せるとは思えない。
従者のディートハルトや執事のブルーノに書かせた可能性もないではないが、理由がない。
何より、この手紙の字はライオネルもよく知るミセリアの字に間違いない。
「ずるいですよ父上! どうして僕には手紙が来ないんですか!」
「……お前は向こうで実物に会ったのだろう。ならそれでいいではないか」
「ですけど、ミセルはあれが僕だとはわかっていなかったはずです! なのに手紙を送ってこないなんて、僕に会えなくて寂しくないのか……!」
ただ報告のために呼びつけただけだと言うのに、これだけ騒がしく出来る人物である。
しばらく会えなければ、そして優しいミセリアならば、この騒がしさを感じられない事を寂しいと錯覚してしまう事もあるかもしれない。
しかし、そうではない事はライオネルにはよくわかっていた。
手紙にはっきりと書いてあったからだ。
「証拠はフリッツ兄様が持ち去った」と。
つまり、フリードリヒがどういう変装をしたのかは不明だが、ミセリアにはしっかりバレているという事だ。
であればつまり、ユージーンにも特別手当を支払う義務もなくなったと言える。
あれとは「正体がバレなかった時のみ特別手当を支払う」と約束してあった。
が、そうもいかない。
なぜなら手紙にはこうも書かれていたからだ。
「『餓狼の牙』の皆様にもっとたくさん報酬を払ってあげてはどうでしょうか」と。
間違いない。
ユージーンかルーサーかのどちらかがこのライオネルを裏切り、ミセリアに密告したのだ。
今回は仕方がない。
特別手当は多めに支払う事にする。
しかし、『餓狼の牙』には思い知らせてやる必要がある。
マルゴー辺境伯ライオネルを裏切った代償に、自分たちに何が降りかかるのかということを。
「父上、聞いているのですか!」
「すまぬ、聞いていなかった。ああ、別に繰り返す必要はない。聞く気もない。
それより、ミセルからの手紙にあったのだが、王都で現れた謎の仮面が証拠を持ち去ったせいで責任を取らされる事になった可哀相な騎士がいるそうだな」
するとフリードリヒは顔をひきつらせた。
「しょ、証拠というか、アレは仕方がないでしょう! ユージーン殿の推察通り、やはり『餓狼の牙』を狙っての犯行だったようですし、そこからいつミセルに辿り着くかわかったものではありませんでしたから! ここは敵首魁を領地へと連れ帰り、丁寧に拷も、もとい尋問にかけて、背後関係を洗い出して叩き潰さなければ!」
「わかっている。それについては良い判断だった。咎める気はない。
私が言いたいのは、その行動は仕方がなかったとしても、その結果起きた事の責任はやはり取るべきだという話だ。
我々の関与を隠した上で取れる責任となると、代わりに責任を取らされた可哀相な騎士とやらに可能な限りの便宜を図ってやるしかない。
ミセルの手紙はそういう内容だ」
「おお、なんと優しい……。控えめに言って天使かな? いや女神か」
「お前、それ外で言うなよ面倒なことになるから。
まあミセルの発案であるし、あれの言い出した通り、増額予定の小遣いから予算を組むつもりだが──」
そこまで話したところで、急に扉の外で気配が膨らんだ。
この感じは覚えがある。つい先日、そこのフリードリヒもやったことだ。
ただ、いきなり扉を開けないあたりはさすがは長兄といったところだろうか。次期領主としての自覚があるようで何よりである。
まあ盗み聞きをしていた点については言いたいこともあるが。
「──お待ち下さい、父上。入っても?」
案の定、扉の外から長子ハインリヒの声が聞こえた。
「だめだ。入るな。お前を呼んだ覚えはない。部屋に戻れ」
「失礼します」
しかし無視して扉は開かれ、ハインリヒが颯爽とエントリーしてきた。
ここにきてさすがに、ライオネルは自分の子育てについて疑問を感じ始めていた。
何しろ、いい歳をしている上の子たちもまだ未成年の下の子たちも、どいつこいつも人の話を聞こうとしないからだ。
正確には、おそらく全て聞いてはいるのだろうが自分に都合が良い部分しかまともに受け取ろうとしない傾向にあると言うべきか。
この悪癖はライオネルの妻コルネリアに似ている。
結婚前はそれも可愛らしく思えたものだが、まさか子供たち全員がその資質を受け継ぐとは思ってもいなかった。今となっては頭が痛い。
戦闘力だけはいずれはライオネルをも凌ぐものを身に付けるだろうから、それについてはマルゴーの血をしっかり受け継いでくれたようで安心であるが。いや、誰にも止められない力を持ちながら人の話を聞かないとか、けっこうヤバいやつなのでは。
本当に頭が痛い。
「……はぁ。何の用だ、ハインリヒ」
「は。父上、ミセルの小遣い増額の件について進言がございます」
「小遣いについて? 進言だと?」
てっきり「話は聞かせてもらいました! 王都に行きます!」とかそういう内容なのかと思ったのだが、違うのか。
「ミセルはまだ成人しておりません。しかし父上は、その成人を待たずして小遣いの増額を検討していらっしゃる」
「……それは、そうだが。しかし駐在騎士はもうじきに王都を発ってしまうし、今から別枠で予算を組むには時間がたりない。いずれにしても金が必要であるなら、ひとまずはミセル用にプールしておいた資金を使うしかあるまい」
「別に私も、その事自体に反対なわけではないのです」
「ではなんなのだ」
「未来のミセルへの小遣いから捻出すると決定したのであれば、現在のミセルがいずれそれを受け取るにふさわしいレディに育っているかどうか、それはしっかりと見極めておくべきだと考えます」
「そのために王都の屋敷にブルーノを執事として置いているわけだが。奴からは立派な令嬢に成長しているという報告がきちんと来ているぞ」
「父上、もちろん私もブルーノを信じていないわけではありません。しかし、ミセルに支払われる小遣いは我が領民が納めてくれた血税なのです。ここはやはり、領主かその代行足り得る者がその目で確認すべきかと」
もう言いたい事はわかった。
つまり王都にいるミセリアに会いに行きたい、と。
結局それではないか。
このやりとりはなんだったのか。全く無駄な時間だった。
「兄上! 兄上はミセルを信じておられないのですか!」
「それは違うぞ、フリッツ。信じているからこそ、それを確かめにいかなければならんのだ。そうでなければ、領主一族として領民たちに示しがつかないというもの」
元々そのための予算は組んであったのだし、別に示しが付かないと言うほどのものでもない。
しかし言っても無駄な気がしたのでライオネルは黙っていた。諦めたとも言う。
ハインリヒはフリードリヒよりは大人だし、そのフリードリヒもそこまで大きな問題は起こさなかったのだ。
少々話を聞かないきらいがあるのは不安だが、そろそろ子供たちを信じて任せてもいい時期なのかもしれない。
ついでにミセリアとマルグレーテ姫を橋渡しに、王家の嫡男と繋ぎを作ってくるのもいいだろう。
こればかりは次期当主であるハインリヒにしか出来ない仕事だ。
「わかった。少し待て。今、ミセル宛に書状を書く。
……ハインリヒ。わかっているな。マルゴー辺境伯家次期当主として、恥ずかしくない振舞いを心掛けるのだぞ」
「父上! 兄上の言い分をお認めになるのですか!」
「前回ゴリ押ししたお前が言えた事か。目的はともかく、理詰めで来るだけハインリヒの方がまだましだ」
「もちろんです。お任せ下さい父上。
──ふっ。フリッツよ。これがお前と私の差だ」
「ぐぬぬ……」
なぜ余計な事を言うのか。
ミセリア宛の手紙を渡し、王家との繋ぎについての指示を出す。
「は。委細承知いたしました。では父上。行ってまいります。吉報をお待ちください」
「……うむ」
簡単に言えば「妹の友達のお兄さんと仲良くしておいで」という話だし、そんな言うほどたいそうな任務かな、と思ったが、やる気に水を差すのも何なので黙っていた。
ハインリヒという名前には「家の主」という意味があるそうです。次期当主になるべくして付けられた名前ですね。
それもあって【支配】とか持ってる感じです。
フリードリヒは平和の主とかそういう感じなので、若干柔らかいイメージですね。
一人称も「僕」ですし、前章ではそんな感じが出せたんじゃないかと思います。え?
ちなみに兄2人はドイツ語圏の名前ですが、ミセリアは古典ラテン語で「不幸」、フィーネは同じくラテン語で「最後」です。
そういうところだぞマルゴー家。




