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「『……すでにどうしようもないほど狂っている上に、強力な天使までいる、となると、私では荷が重いか……!』」
何か勘違いしているようだが、この宗教関係者が言っている「狂っている」というのはたぶん私のことなのだろう。
となると、天使というのは私のことではないことになる。誰のことを言っているんだろうか。
私は頼れるメンバーを見渡した。
まずユージーンとユスティアは違うだろう。天使という柄ではないし、彼らは現在警備員たちの牽制をしている。宗教関係者とは積極的に関わっていない。
サイラス、レスリー、ルーサーは宗教関係者を警戒しているが、逆に宗教関係者は彼らを気にする様子がないので、こちらも違うと思われる。
『死神』と『悪魔』からは警備員たちを全員殺したい気持ちがびんびん伝わってくる。彼らも違うだろう。というか、一般的に言って天使から最も遠いところにいる連中だ。名前からしてすでに。
クロウとアマンダはどこかソワソワしているように見える。これはたぶん、妹の気配を探り続けているクロウと、それを見守るアマンダという構図だろう。これアマンダ要るのかな。
インベルは私の側に控え、いつでも私を守れるように静かに立っている。
そしてその陰に隠れるように『教皇』がいるが、彼は時々言わなくても良いことを言ったりするので隠れている意味はない。どうせ聞こえても通じないだろうが、通じていれば警備員たちのヘイトは『教皇』が全て受け持っていただろう。無自覚天然系タンクかな。
そうなると、残った候補はグレーテルかディーしかいない。
まあこの2人、特にグレーテルは天使と言っても過言ではないくらいには美しいし、勘違いするのもわからないでもない。
しかし、強力な、とはどういうことだろう。
グレーテルもセコンドから毒霧を噴射しているだけだし、最大限好意的に見ても天使の振る舞いとは到底言えないだろう。リング脇から毒霧を吐く天使なんてものがいるなら見てみたい。
ディーに至っては何もしていない。
普段は私の心配をして、いろいろ世話を焼いたり小言を言ったりするのだが、こちらの大陸に移ってからは礼儀作法はともかく安全という観点から何かを言ったりしたりすることは無くなっていた。
どことなく澄ました様子で「その程度でお嬢様をどうにか出来ると思っているのですか」みたいな顔をずっとしている。ドヤ顔とも言う。これも天使とは程遠い。いや、これはこれで可愛いのだが。
じゃあ一体天使って誰のことなんだ。
何か、彼にしか見えないお友達というか、はっきり言うと幻覚でも見ているのかな。やっぱ宗教って怖いな。
などと私が考察を進めている間にも、サクラと宗教関係者との戦闘は続いていた。
しかし私へのちょっかいを諦めた宗教関係者はやはり強く、サクラとの肉弾戦も余裕を持って進めている。馬と優勢に格闘出来る人間なんて初めて見た。しかし「馬と殴り合える神父」と言うとそれなりに居そうに聞こえるので困る。
彼らの戦闘が長引いているお陰で、その宗教関係者の名前も判明した。
と言うのも、馬と戦う彼の姿を見ているのは私たちだけではないからだ。
そう、私たちを取り囲んでいる警備員たちである。
「『……あれは、慈悲の教会の……?』」
「『間違いない。教主ザドキエル様だ……』」
「『まさか、モンスターと徒手でやりあえるほどの実力者だったとは』」
「『冒険者どもに慈悲をかけているのも、ご自身の経歴からの事なのか……?』」
そのような会話が漏れ聞こえてくる。
彼は慈悲の教会とかいう宗教組織のトップで、ザドキエルという名前らしい。
しかし、そうした警備員の会話を聞いていたのは私たちだけではなかった。背後でバレンシアとじゃれ合っているアイドルユニットの耳にも届いていたのだ。
「『──ザドキエル様!』」
「『ここは、共闘してこの魔物たちを抑えましょう!』」
「『いくら強いっつっても、本職は聖職者だろ!? こちとら専門の戦闘職だぜ! アンタの助けになれるはずだ!』」
「『貴方と我々が力を合わせれば、殺さないよう制圧する事も不可能ではないはず!』」
まだ殺さないように手加減するつもりでいるのか。
バレンシアも微妙に迷いがあるようだし、これはまだまだ長引きそう──と思っていたが、今の言葉を聞いてバレンシアの方は少し容赦が無くなった。どれがおこポイントだったんだろう。魔物呼ばわりかな。生け捕りかな。
「『……戦闘職だと? 我が神の供物ごときが烏滸がましい……』」
ぼそり、とザドキエルが呟く。
つい声に出てしまうほど忌々しい、といった感じだったが、今のはアイドルユニットの事だろうか。
我が神というのがどこのどなたかは存じ上げないが、供物とはまた穏やかではない。
ザドキエルとアイドルユニットは知り合いのようだが、ザドキエルは知り合いを自身の信仰している神への生贄に捧げるつもりであるらしい。やっぱ宗教って怖いな。
「『……だが、目眩ましにはちょうどいい』」
ザドキエルはほとんど聞こえないくらいの小声でそう言った後、サクラの巨体を蹴り飛ばして距離を取った。
いかに強いと言ってもザドキエルは人間サイズだ。サクラに比べれば体重は非常に軽い。蹴り飛ばされたサクラも、少々体勢を崩した程度で倒れたりはしていない。ただ、その分軽い方のザドキエルは大きく後退している。
よもや逃げるのか、と思いきや、ザドキエルは警備員たちの包囲の外側を回り込むように走り出した。
そうされてしまうと、対戦相手のサクラも警備員の壁が邪魔で突撃も出来なくなる。
まあやってやれない事はないのだろうが、相手の意図が不明だったので無闇に動くのは避けたようだ。
ザドキエルはそのまま建物の奥へと走り去って行った。
この建物、ブロック栄養食の間取りは知らないが、玄関ホールの奥と言うと、たぶん階段とかそういうものがある方ではないだろうか。
逃げるのであれば、彼の背後の破壊された玄関から外に出ていけば良かっただけだ。
それをわざわざ回り込み、階段を目指すというのは普通に目的がわからない。
「『ザドキエル様!? ……行ってしまった』」
「『……何で上に? 教会の執務室に何か、有用な道具か武器でも置いてあるのか?』」
政権の中枢に宗教組織の執務室なんてあるのか。やっぱ宗教って怖いな。




