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しかしバレンシアはアイドルユニットの漏らした声を聞くと、その複雑な表情を次第に怒りの表情に変えていった。
「『……僕のことがわからない、のか? それとも、ふざけてるのか?』」
何かおこである。
アイドルユニットの彼らの言葉はバレンシアの容姿を褒める内容だったと思うのだが、何が気に入らないのだろう。
「……あちゃー。あっちの彼らの好みはバレンシア先生か。残念だったなお嬢」
私と獣人枠以外で唯一彼らの言葉が完全に理解できているサイラスが茶化してくる。
が、私は動じない。
「違いますよ。単に彼らが身の程を弁えているというだけです。美しすぎるというのは、やはり罪なようですね」
「身の程、ね。個人的な思い入れもあるかもだけど、俺としてはバレンシア狙いでも十分身の程知らずに見えるけどな」
確かに。私と母がプロデュースしたバレンシアは可愛いからな。
そんなバレンシアに手取り足取り言葉を習ったサイラスからすれば、ぽっと出のイケメングループが可愛い師匠にコナをかけようとしているように感じられるのかもしれない。
「『──君! 君は……いや、君も魔物なのか!?』」
アイドルユニットのセンターが叫ぶ。
それを耳にしたバレンシアはひどく顔をしかめた。
まあいきなりの魔物呼ばわりは確かにひどい。私もされたけど。
私の場合は美しすぎる私に対する嫉妬心みたいなものかなと思えば腹も立たないが、ちょうどいい感じのバレンシアではそういう現実逃避もしにくいはずだ。いや私のは現実逃避じゃないけど。
「『……魔物呼ばわり……か。僕と君たちの立っていた場所は……それほどまでに違っていたというのか……? あの時の君の涙も……嘘だったのか……?』」
うつむいてしまったバレンシアが何かポエミーな事を呟いている。
彼らはバレンシアの知り合いであるようだし、知り合いに魔物呼ばわりされたのならそれは現実逃避のひとつもしたくなるだろう。
このポエムの行く先は少々気になるが、あまり悠長にしている時間はない。
私たちはいいのだが、警備の人たちが焦れて徐々に包囲を狭めてきている。
アイドルユニットは皆バレンシアしか見えていないのか、仲間である警備の動きには気づいていないようだ。
「……今範囲攻撃を撃ったら一気に片付きそうですね」
「お、やっていいのか?」
『悪魔』が両手に魔素を集め始めた。
彼も昔は剣のほうが得意だったはずなのだが、いつの間にか魔法メインの戦闘タイプになっている。だからといって別に剣が使えなくなるわけではないので、常に数本の剣は佩いているが。邪魔じゃないそれ。
「──待って、くだサイ」
「バレンシア……。ポエムはもういいのですか?」
「ポエ……? 知らない単語デスが、さっきのはそういうアレではありまセン。
ここは──ワタシにやらせてくださいまセンか?」
まあ確かにいちいちインテリオラ語の「ポエム」なんて教えたりしていないが、私の言葉は意味だけは正確に伝わるため、何を言われたかわからないということはないはずだ。
とすると、純粋に「ポエムではなかった」と思っているのだろう。つまり素だ。素だとすると、これはちょっと患ってますね。中学2年生的なやつを。
そういう病を患っているのなら仕方がない。やりたいようにやらせてやろう。
私が頷くと、バレンシアはひとり前に出て、アイドルユニットと対峙した。
空気を読んだのか会話を聞いていたからか、サクラたちもカポカポと蹄を鳴らしながら私たちの後ろに回った。
「『……僕のことを……覚えていないか? この顔に、見覚えはないか?』」
バレンシアがそう言うと、アイドルユニットは色めき立った。
◇ ◇ ◇
「『……僕のことを……覚えていないか? この顔に、見覚えはないか?』」
意を決し、かつての親友、ロイクたちに問いかける。
もしロイクたちがバレンシアの、ヴァレリーの事を話してしまえば、自分を拾ってくれたミセリアお嬢様に不信感を持たれてしまうかもしれない。
しかし、聞かずにはいられなかった。
そうしなければ、ヴァレリーは先に進めない──真の意味で、マルゴーの民にはなれない気がしたのだ。
レクタングル共和国にも、ロイクたちにももう未練はない。
しかしマルゴーでもどこかお客様感というか、雇ってもらっている感覚が抜けなかった。
それはヴァレリーが勝手に感じているだけかもしれない。マルゴーの人々はヴァレリーに優しく、親身に向き合ってくれている。
ヴァレリーの心のどこかに、このレクタングルに対する郷愁のようなものが残っているからこそ、マルゴーの人々の好意を素直に受け取れないのかもしれない。
ならばこそ、ここでその郷愁を断ち切るのだ。
この問いかけにロイクたちが何と答えたとしても、それを以てヴァレリーは今度こそ自分自身の立ち位置をはっきりと示すつもりだった。
ヴァレリーの言葉を聞き、改めてその顔を見たロイクたちは驚いたような顔をする。
「『まさか……』」
「『そんな事って……あるのか……?』」
「『会ったことがあるか、って、そんなの……』」
どうやら思い出したようだ。
ヴァレリーは我知らず、息を呑む。
これから彼らに、決別を告げなければならない。
あるいは、いや高確率で戦闘になるかもしれない。
その時、自分は彼らに剣を向ける事が出来るだろうか。
いや、向けるのだ。そして倒す。
ヴァレリーはすでにマルゴーの民。そしてここは敵地だ。
情報収集というミセリアお嬢様の目的とは違ってしまうかも知れないが、ロイクたちは現時点で侵略を受けている相手国の要人の孫である。どうせいずれは敵対する者たちだ。
「『そんなの……逆ナン……てやつじゃないのか? お、俺に言ってるんだよなあれ』」
「『馬鹿、俺に決まってんだろ』」
ヴァレリーは無言でスカートの中から短剣を抜いた。
いや、これはこれで良かったのかもしれない。
ヴァレリーなんて人間はもう、どこにもいないのだ。
ここにいるのはバレンシア。
マルゴーのバレンシアだ。




