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首都内部の建物や区割りは、クロウやバレンシアの記憶と比べてもかなり様変わりしてしまっていたようだが、方角と距離、それからクロウの妹レーダーを頼りに連盟本部を目指す。妹レーダーとか冷静に考えなくてもちょっとやばいな。シスコン極まってる感ある。うちのお兄様方とかに教えたら大変な事になりそう。
連盟本部は建物のその独特な形状から、国民から「ブロック栄養食」と呼ばれて親しまれているらしい。
いや実際にそう呼ばれているわけではなく、ブロック栄養食に似た形のお菓子がレクタングルにはあるそうで、正確にはその名前で呼ばれているのだが、同じ物がインテリオラに無かったため、私が勝手に決めたのだ。
「インテリオラ語で言うブロック栄養食のことですね」と。
もっとも「ブロック」も「栄養食」もあるものの、「ブロック栄養食」はインテリオラにも無いのでみんな釈然としない顔をしていたが。
交通事故が多発する中、我関せずとばかりに馬車を進ませていくと、やがて名前の通りの巨大な「ブロック栄養食」が見えてきた。
「──近いな。やはり、妹はあの地下だ」
クロウの言葉に、アマンダが馬車の床を見て悩ましげにため息をつく。
「場所がはっきりしたのはいいのだけど……。地下なんて、どうやって行くのよ。どのくらいの深さなのかがわからないと、大地も割れないわ」
何そのダイナミックなエントリー。
建造物やオブジェクトの破壊を前提に作戦を練るのは良くないと思います。
「あーやだやだ。脳筋はこれだから。すぐ腕力で解決しようとする。全然エレガントじゃないよね。エレガントじゃないってことは美しくないってことだよ。建物の地下なんだから、普通に入って階段探せばいいじゃん」
「いや、腕力で解決したほうが合理的であるならそうするべきだ。突き詰めた合理性には美が宿るからな。機能美と同じだ」
『教皇』が言うことにもクロウが言うことにも一理ある。あるかな。
「いやどう考えても階段探したほうが合理的──」
「探させてくれるのならな。──見ろ」
とか言いながらクロウ自身は全く見ていないが、彼の視力は有視界範囲に限らない。
おそらく魔素の動きを見ていたのだろう。
確かに、私たちの馬車と騎馬の前に立ちはだかる人影があった。
これまでの、馬車に注目しようとして目を逸らす一般人とは違い、明らかにこちらを認識し、その進路上に立っている。
御者台からグレーテルが銀色の光を飛ばしているが、それを受けてもなお、こちらへの視線を逸らそうとはしない。
距離があるのではっきりしたことは言えないが、ゆったりとしたローブと背の高い帽子をかぶっている。
一瞬コックかな、とも思ったが、コックにしては帽子もローブも色が濃いし、特にローブは無駄に幅広で非常に動きにくそうである。あんな格好で料理などをされて「あっスープに袖が入っちゃいました」とか言われたら即解雇してしまうだろう。
となると、宗教関係者だろうか。そう考えて見てみると、いかにもボス戦で即死魔法を無駄撃ちしそうな帽子に見えてくる。いや、詳しくは知らないけど。
「お嬢様、そんなに身を乗り出すと危ないですよ。あとはしたないです」
「あ、ごめんなさいディー」
つい馬車の窓から身を乗り出して見つめてしまった。
「──どうするの、お嬢!」
サクラを御するルーサーが叫ぶ。
しかしそんな事をいちいち聞いてくる意味がわからない。
「どうする、とは?」
「いや、このまま行くと轢いちゃうよ!」
「何か問題が?」
元々、周囲の人々の注意をグレーテルに逸らしてもらっているのは、自分たちのためではなく周囲の人々のためだ。
交通法規が未熟なせいと、あとグレーテルが意識を逸らせたせいでちょっとした事故が起きてしまっていたようだが、それにしたって彼らがあのまま私たちに注目し続ける事によって起きる未来よりはマシだったはずである。
より直接的に言えば、注意力散漫でサクラに轢かれるよりは事故に遭った方がマシなはずだ。
サクラに轢かれてしまえばほぼ確実に原型を留めない形で死んでしまうことになる。
何しろ、サクラはただ一頭であっても、人だろうと馬車だろうと魔導車だろうとレンガの壁だろうと何でも轢いてしまえる力があるのだから。
それは御者台のルーサー自身も言ったことだ。
「……わかった。覚悟を決めるよ。
──ユージーン! それからええと、女騎士の人! お嬢の許可が出た! このまま突っ込むよ!」
ルーサーのその声に応えるかのように、馬車の速度が倍ほどに上がった。
私はもう一度窓から顔を出し、乱れる髪を手で押さえながら前方の人影を見た。
思っていたよりめちゃくちゃ近くまで来ていたのでちょっと驚いた。
しかし、驚き具合で言えばその人影の方が遥かに大きかったようだ。まあ、今まさに馬車に轢かれそうになっているとなれば当たり前の話だが。
多分、直前で止まるとか思っていたのだろう。それが逆にスピードを上げ、あっという間に避けようもない距離まで近づいてしまったからびっくりしている。そんな感じだ。
「『ま、待てっ──!』」
と、言ったのかどうかはわからない。
ただ何となくそんなような意思みたいなものが私に伝わって──来たのと同時に、その人影はサクラに撥ねられ天高く飛ばされていった。
凄いな。サクラに蹴られて原型を保っている。只者ではないな。




