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前話にて、グレーテルがレクタングル語を話せない事を忘れていましたので、ラストを修正いたしました。
18時~20時くらいにお読みいただいた方はお気をつけください。
と同時にネットの海に消えた失われしエピソードを記憶している選ばれし読者様でもあります。
「──っ! 感じるぞ……。この感じ、おそらく妹の魔力だ」
レクタングル首都の門をくぐってしばらくした頃、クロウが急にそんな事を言い出した。
魔素の細かい内訳はよく視えないんじゃなかったのか。
いや、感じるとか言っているし、あのサイクロプスゴーグルとは関係ない感覚なのかもしれない。血が繋がった者同士特有の感覚、とでも言うべきか。
クロウは以前に死にかけた影響で半魔素生命体みたいな存在になっているし、そういうこともあるのかも。
「どうやって探そうか、と思っていましたが、問題解決ですね。これは僥倖でした」
「まだ解決はしてないでしょ。問題はその場所がどこなのか、ってことよ」
と、冷静にアマンダに突っ込まれた。
まあ確かに。
しかし仮に物理的に侵入困難な場所であったとしても、この首都を囲う城壁を見た限りでは私たちにとってさほどの障害になるとは思えない。レンガの壁など、当たり判定をバグらせてユージーンに斬ってもらえばいいだけだ。たぶんユスティアとかインベルとかにも出来ると思う。アマンダなら拳で破壊してしまえそうだし、『悪魔』なら魔法で一発だ。『死神』はよくわからないが、何とかしてしまいそうな気がする。『教皇』には無理っぽい。期待してないけど。なおディーとバレンシアはメイドなので建造物の破壊は業務に入っていない。
ちなみにサクラたちなら、レンガの壁ごときただ歩くだけで破壊するだろう。マルゴー産の木材で作られた厩舎も破壊しちゃうくらいだし。そもそもわざわざ中の人が攻撃とかする必要がなかった。
また魔法的な障害などがあって侵入困難だったとしても、クロウやバレンシアの話からするとレクタングルの魔法技術のレベルは低いらしい。
今回こちらに転移してからクロウが測定した魔素濃度から考えると、クロウたちが知っているよりは進歩している可能性があるそうだが、それでも何百年と連綿と受け継がれてきたインテリオラの魔法技術には及ばないはずだ。
一方で魔導具の技術、魔導技術はインテリオラとは比べものにならないほど高いが、これは言うなれば魔法と物理の融合の産物である。
魔法も物理も上から破壊出来るのなら考慮に値しない。
ただ、純粋に距離が遠いとなるとちょっと面倒だ。
こちらの移動手段は馬と馬車だし、門でもわかったとおり、これはレクタングルでは非常に目立つ。
遠ければそれだけ移動に時間がかかる事になり、その間ずっと目立ち続けるというのはよくない。だいたい元々隠密で魔大陸の調査、ついでに妹救出、が目的だし。だったはず。
実際に今も馬車の小さな窓から見える風景では、道行く人々がこちらに目をやり──すぐに銀色の光に囚われてあらぬ方向を向いていたりする。
そしてそのまま対面から歩いてきた人とぶつかって揉め事になっていたり、魔導車が街路樹に突っ込んでいたりと事故が多発している。交通安全意識の低い街である。魔導車も普及し始めたばかりだろうし、交通法規はこれから整備していくのだろう。
よく見てみると、周囲で多発している交通事故の方が衆目を集めていて、思ったほどには馬車は目立っていない気がする。
ならいいか。
「それで、場所はどこなのでしょう」
「少し待て。今が門を通過して、しばらく進んだところだから……。おそらく、これは首都の中心部、連盟本部だな。しかも地下だろう」
連盟本部というのが何なのかはわからないが、首都の中心部にあるくらいだし、おそらく政権の中枢か何かだろう。寡頭政治であるなら、前世の日本で言うと国会議事堂と首相官邸を合わせたようなものに当たるだろうか。
「連盟本部の……地下?」
「何か知っているのですか? バレンシア」
「ええと、噂で聞いたことがあるだけデスが……。連盟本部の地下にハ、政治犯や思想犯を収容しておく特殊な施設がアルという噂が……」
政治犯に思想犯。
これは凄い話が出てきたな。
一般的に、前世で言う現代国家において政治犯や思想犯というのは、政権や社会秩序を侵害する罪を犯した者や、国家体制に批判的な思想に基づく罪を犯した者の事を指す。つまり、実際に行動に移して初めて犯罪者として断罪されるのだ。
しかし専制政治や寡頭政治においては、ほとんどの場合では実際に罪を犯す前に逮捕されてしまう。犯罪者予備軍とかそういう形でだ。
これは前世でさえも稀に起きていたことで、とある国では政権に対して批判的な事をSNSに書き込んだだけで公安警察が来るといった事案もあったそうだ。生活が苦しかったとある半島が大国に併合されるということで諸手を挙げて喜んでいたら、併合後には生活はさらに苦しくなるし言論の自由も制限されるし話違うくね、などといったこともあったとか。
このレクタングル──何国かは知らないが、ここも寡頭政治によって運営されている国家であるなら、政治犯や思想犯の定義はある程度当局にとって都合がいいように設定されているものと思われる。
つまり、権力者にとって都合が悪い者は取り敢えず逮捕して収監してしまえるということだ。
クロウの妹もおそらくそれだろう。
あの日、身体が薄くなっていたクロウに縋って泣いていた女性に、国体を揺るがせるような過激な思想があるようには思えない。
しかし、それはそれとして。
クロウの妹って政治犯ないし思想犯なのか。
「妹は思想犯」って中々キャッチーなワードだな。属性的に美味しいというか。これまでにないジャンルだ。




