22-23
「グレーテル、それはちょっと大人げなくないですか? 相手は獣人さんですよ。人間ではないのですよ。グレーテルは王城に小鳥が飛んできただけでナイナイしちゃうんですか?」
「……一見慈悲深い事言ってるように見えるが、ナチュラルに相手を下に見てねえかそれ。人間にしか見えない相手を畜生扱いしてるってことだろ。そういうところだぞマルゴー家」
そうではない。
私たちと彼らとでは文化どころか、種族からして違う。まず、国家という形態が何に依って成り立っているのかもわからないのだ。もし土地に縛られない形で国家の枠組みが決められていたとしたら、我が国の領土について説いたところで意味は薄いだろう。
土地に縛られないということは土地を必要としないということでもあるが、一体どういう価値観であれば土地が必要なくなるのか、私の頭ではわからない。
例えばそれこそ小鳥のような生活様式であれば、土地よりも大空の方が遥かに重要であるはずだ。
が、ユージーンはどちらかと言うと脳筋枠なので、そういった事を話しても理解してもらえるかどうかわからない。
マルゴーの基準に従うのなら「話が通じない奴は魔物」ということになるので、あまり難しい話をしてユージーンを討伐する事になっても困る。
仕方なく私は誤解をそのままにしておくことにした。
「いや、ボスは俺を雇った時点で、レクタングルの、獣人の技術力の高さは知っているはずだ。別に下に見ている訳じゃない。これは多分……素だろう」
黙った私の代わりにクロウがフォローしてくれた。
「……素で他人の神経逆撫ですんのか」
「……ああ、まあ、そういうところあるよねお嬢」
フォローしてくれた、はず。
まあこの際『餓狼の牙』の心証はどうでもいい。
重要なのはグレーテルを説得できるかどうかだ。
「その小鳥が私に爪を立て、嘴を向けるのなら当然殺すわよ。さっきの彼らを見たでしょうミセル。彼らは剣を取り、魔法を唱えながら、我がインテリオラの地に踏み込んできたわ。あの剣はすでに私たちに向けられているのよ」
「いえ、彼らの剣が向けられているのは私たちではなくここらの魔物ですよ」
「ここらの魔物は我が国の資源よ。それはマルゴーである貴女の方がわかっているはず」
「それは……そうですが」
一部の魔物の肉は食用になるし、毛皮は衣服に使われることもある。大型の種の骨が建材になっている建物もあるくらいだ。衣食住全てを賄える万能資源。それがマルゴーの魔物である。
「ミセル。私たちは王族、貴族よ。為政者に連なる者なのよ。貴女が獣人たちに慈悲をかけたい気持ちはわかるけれど、自分の感情よりも民の安全と財産を守ることを優先するべきだわ」
確かにそうだ。
これまでは、マルゴーにとってはあの山脈が「世界の果て」だった。だからその向こうで何が起きていたとしても、マルゴーの民の生活には何も関係しなかった。
しかし今はこうして山脈の向こう側にも進出できるようになっている。そのきっかけはバレンシアたち獣人が入り込んできた事だったかもしれないが、可能にしたのは父が魔王を征したからだ。
あれ、その理屈で考えると、海と山脈に囲まれたこの地の占有権を持っているのは、最初に足を踏み入れたであろうバレンシアたち、つまり獣人なのでは。
獣人の国の法律がどうなっているのか知らないが、もしこの地に最初に足を踏み入れた者が権利を有しているとするなら、それはバレンシアになるのだろうか。
それともバレンシアを置いて走って逃げ帰っていったいつかの猿獣人の4人なのだろうか。
そう思ってバレンシアを見てみると。
「──ワタシの事ならご心配なく。もう、あの国を故郷だとも何とも思っておりまセンし、獣人たちも仲間だとも思っておりまセン。お嬢サマのお好きなようになさってくだサイ」
なにそれどういう意味なの。
権利者がバレンシアだとするなら、マルゴーに仕える者としてこの地を私に献上してくれるという事なのだろうか。
それとも権利者は逃げ帰った猿獣人たちだが、彼らはもう知らない子なので好きに蹂躙しちゃっていいよという事なのだろうか。
「──そうだな。俺の事も気にしなくていい。まあ、何とか妹だけは助けてやってもらいたいが……」
クロウも何か言い出した。いや最初から気にしてませんが。
しかしこのまま獣人たちとこの地を巡って争いが起きるとしたら、獣人の国に居るだろうクロウの妹も戦禍に巻き込まれる可能性はある。
クロウの妹というと確か、クロウの作った巨大ロボットのコクピットで泣いていた女性だ。
「ま、ああは言ったけれど、インテリオラ王国としてだったらそういう対応をするってだけよ。ここはマルゴーだし、マルゴー辺境伯には独自の裁量権が与えられているから、貴女がどうするかは貴女次第よ」
「……マルゴー辺境伯は旦那であって、お嬢じゃないんだが……」
「……そうだね。本来ならライオネルの指示を仰がないと。でも、報告するのは諦める事にしちゃったしな……」
「……ああ。報告を諦めた以上、判断はお嬢に任せる必要がある」
いや、『餓狼の牙』の皆さんはちょっと諦める範囲広すぎでは。これ本当に大丈夫なのかな。後遺症とか出ないのかな。というかすでに後遺症が出てる気がしなくもない。
しかし今更言っても仕方がない。
皆がそう言うのなら、獣人たちに対する対応は私が責任を持って当たらなければ。
「──わかりました。
そういうことでしたら、私はマルゴー領とインテリオラ王国の利益と安全を守るために、侵略者である獣人たちには毅然とした対応をする事にしましょう」
とりあえず何かの拍子で巻き込んで死なせてしまっても可哀想だし、獣人の国のクロウの妹の身柄の確保が最優先だろうか。
それさえ済めば、あとは適当でいいだろう。
『正義』も置いてきちゃったな……




