22-18
「ですが魔大陸からこちらの大陸に来るための道は、スーパー干潮とかそういう特別な潮の時しか現れないのですよね?」
「確かにそうだが、干潮になっただけで道が現れるということは、その周辺は相応に浅瀬であるという事だ。
海には大型の海洋生物が生息しているから船で航行するのは危険だが、浅瀬であればその危険度も低い」
「では、獣人さんたちが船を用立てて渡ってきたのですか?」
それが可能なら、わざわざスーパー干潮の日なんて待たずとも船で渡ってくればいいのに。
「そのようだ。調べさせたところによれば、海岸にはいくつか破損した船のような物も流れ着いていたらしいから、何隻も出航させたうちの数隻だけが辿り着けたという事のようだな。まあ、浅瀬とは言え少し離れれば水深も深くなる。大型海洋生物も水がなければ即死亡というわけでもないし、船のような目立つものが海面を泳いでいれば、浅瀬にだって突撃してくる事もあるだろう」
なるほど、船はリスクが高すぎるということか。
魔大陸とこの大陸の間のどの辺りで大型海洋生物とやらの襲撃に遭ったのかはわからないが、破壊された船がすべてこちら側に漂着したとは思えない。
それでも漂着物から複数の破損した船があった事がわかったのなら、相当数の船が海の藻屑となったのだろう。
これまでは獣人たちに、そこまでのリスクを冒すだけの価値がこちらの大陸に無かったという事だ。
しかしそうだとしたら、今回に限ってはそれだけの価値が突然生まれたという事になる。
それは一体何なのだろうか。全く心当たりがない。
「ところで、お前は確か、猿獣人は内包する魔力が少ない、と言っていたと思うのだが」
「え、ああ、はい。まあ直接見たことがないので想像ですけれど」
マジカルな渦を使って山脈を越え、直接見に行ったこともあるが、あれは内緒である。
「想像か。バレンシアから聞いたのかとも思ったのだが、まあいいか。
今回魔大陸から渡ってきた獣人たちだが、調査によるとそれなりの魔力の保有量があるようだ。個体によってバラつきはあるが、おおよそ一般的な人間と同程度だな」
え、そうなのか。
確かに、私が見たことがある獣人というのはバレンシアとクロウ、あとクロウの知り合いらしき女性を入れても10人に満たない数だ。
死にかける前のクロウとクロウの知り合いの女性、それに浅瀬をバシャバシャやって魔大陸に帰っていった4人組は魔力をほとんど持っていなかったようだが、バレンシアは出会った瞬間からかなりの魔力保有量だった気がする。
すべて平均すれば、確かにマルゴーの一般人と同じくらいにはなるだろうか。
と言っても父がそんな大雑把な考え方をするとも思えないので、おそらく今回やってきた獣人たちは本当に一般人レベルの魔力があるのだろう。
「バレンシアに聞き取り調査を行なったところでは、確かに魔大陸の獣人たちには魔力はないはずという話だった。犬獣人であるバレンシアが特別だったらしい。
ところが、今回やってきた者たちには魔力がある。これは元々魔大陸の住人だったバレンシアからしても、明らかに異常な事態だそうだ」
「どういうことでしょう」
「わからん。が、もし本当に獣人たちにはもともと魔力が全くなかったとして、だ。この数年で、突然一般の人間並の魔力を彼らが得ることになったとしたら……どうなるか」
考えてみる。
魔力がゼロということは、当然魔法やスキルを使うことは出来ない。それどころか、修得することさえ不可能だろう。
魔石を使った魔導具でそういうアレコレを解決する手段もあるみたいな話も聞いた気がするが、私たちにとっては息をするように出来る魔法やスキルをいちいち道具を使って行なうなど、非効率極まりない話だ。常に人工呼吸器を付けて生活するようなものである。
そんな制限がある日突然消えて無くなったとしたら。
さぞかし気分が良いだろう。
あるいは調子に乗って、普段だったら絶対にやらない無謀な事にも挑戦してしまうかも知れない。
あるいは、本人たち以外にも変化はあるかもしれない。
これまでは自力で魔法が全く使えなかった市民たちが、たった数年で魔導具なしでの魔法の行使が可能になる。
数年かけて一般家庭に給付金のような感覚で銃と弾薬が取扱説明書付きで配布されたようなものだ。
例えばこれが獣人だけの話であるのなら、敵対勢力である魔物たちに対して非常に大きなアドバンテージがとれた事になる。魔物を脅威と見做していたにしろ、魔石を産出する資源と見做していたにしろ、その討伐の勢いは加速していくはずだ。
「……つまり、こちらの大陸にやってくる際に見込まれるリスク、それを負うだけの価値が生まれたというわけではなく、魔大陸側の戦力が充実したからリスクを飲み込むだけの余裕が生まれた、という事ですか」
「そんなところだろうな……」
それは心当たりがないわけだ。
要因はこちらではなくあちらにあったのだから。
「ところでどうしてその話を私に?」
「お前が聞いたんだろう……。
バレンシアは言葉も話せるし我々に隠し事をする様子もないが、まだ細かいニュアンスが怪しいところがある。あれが言葉を話すより前から意思疎通をしていたお前なら、獣人たちについてもう少し細かい情報を聞いていないかと思って聞きに来ただけだ。それに……」
「それに?」
「さすがのお前でも、山脈を越えて北側の海岸線まで行く手段は無いだろうからな。知らせたところで無茶はすまい」
ええと、そうですね。




