22-16
早く春が来ればいいのに、と何気なく考えながら日々を過ごしていると、やがて私たちの卒業の時期がやってきた。
結局、催事運営委員会は、一部のお金も地位も能力もある高位貴族の子女たちが気まぐれに祭を開催する委員、というイメージが定着してしまったようで、後輩も、弟のフィーニス以外に入ってこなかった。
さすがにフィーニスひとりに押し付けるわけにもいかないので、私たちは私たちの卒業パーティの企画も自分たちで行なった。なんなの。
私の願いが通じたのか、例年よりもかなり早く春がやってきたようで、卒業の日にはすでに満開の桜──に似た木が咲かせる謎の花──が花吹雪を舞わせていた。
式は私のセンスにより厳かに、その後のパーティはその分華やかに執り行われた。これは前世の大学の卒業式をイメージしている。節目節目に行われる式典はやはり厳かな方が思い出が鮮やかになるし、これからの新しい生活にメリハリを付けられる気がする。
パーティでは皆思い思いに、会場外の桜(仮)に負けないくらいに話に花を咲かせていたが、その誰の目尻にも光るものが浮かんでいたのが印象的だった。
だいたいの場合、今のように着飾った私を無視する事ができる人間はいない。
良きにつけ悪しきにつけ、美しい私を見れば人は必ず何らかの強い感情を揺さぶられるからだ。
美しさとは、何より強く人の心を支配する、ある種呪いのようなものなのである。
ところがこの日、私に注目している学生は少なかった。
それは3年間同じ学び舎で過ごしてきて、多少は私の姿に慣れていたからなのかもしれない。
けれど、おそらくそうではない、と私は思っていた。
なぜなら、彼ら彼女らの零す涙の美しさと言ったら、私をして見惚れずにはいられないほどだったからだ。
そんな至上の装飾品を目元にあしらった学生たち、教職員たちの笑顔。
その美しさは例えるなら、ええと、その、まあ、そう、例えようもなく美しい。
「……みんな、楽しそうね。大変だったけれど、これなら頑張った甲斐があったわ」
ひとり、壁の花となっていた私に、グレーテルが声をかけてきた。
私にはクラスメイト以外に知り合いがいないが、グレーテルは名目上は王女であるため、それなりに挨拶をしなければならない人間がたくさんいる。学生もそうだし、教職員も、来賓もそうだ。
これまでは学園の学生ということで公的な立場としては明確でなかったグレーテルだが、卒業すればそうはいかなくなる。
インテリオラ王国王女として公の場に出なければならない事も増えるだろうし、王族の一員として与えられる仕事も出てくるだろう。そしてそれに付随する権力も有する事になる。
その節目となるこの卒業の日ならば、少しでも繋がりを作りたいと考える人間なら声をかけないはずがない。
グレーテルはそうした人たちの相手をしていたのだ。
グレーテル以外にも、例えばユリアの周りにも人がたくさん集まっている。
彼女の場合、卒業してもすぐにタベルナリウス商会で重役に就くというわけではないが、それでも侯爵にとって大切な愛娘だ。グレーテルのように本人と繋がりを持ちたいというより、ユリアと懇意にすることでタベルナリウス侯爵と知己を得たいと考える人が多いようだった。
ちなみに壁の花となっていた事でわかる通り、私のところには誰も来ません。
私自身、今やミセリア商会という新進気鋭の美容ブランドを背負って立つ身ではあるが、まだそこまで知名度がないのだろう。
とはいえ、私はうちゅ、世界一美しいので、例え繋がりを持ちたいといった下心がなくても、もっと純粋な下心で私に声をかける者も本来ならばいるはずだった。
しかし今日、この場においては、私に並ぶかもしれない美しさを持つ者がここに大勢いる。
別れと思い出の涙を讃えた参列者たちだ。
美しいものに惹かれずにはいられない人たちは、そうやって他の参列者たちと談笑する。そうでない人たちは、グレーテルやユリアなどの実利的な人物のところへ行く。まあ、グレーテルやユリアの美しさに惹かれている人も居るかも知れないが。
そういった様々な要素が絡み合い、私のところには誰も来ないというわけだ。
「……あれがマルゴーの……」
「……何と美しい……」
「……馬鹿、近づくな! アレの親が……」
「……しかし金だけは持って……」
「……話が通じないという噂で……」
「……王都に鬼の生首を……」
今回はお忍びというか、サプライズ的なアレで父も来ているが、それは多分関係ないと思う。
ちなみに父と話している王太子クリストハルトの周りにも珍しく人が全く居ないようだった。
普段は周りに人が溢れているせいか、静かなパーティというのが新鮮なようで、クリストハルトは交流の薄い私の目から見ても非常に楽しそうに会話をしているように見える。
私とグレーテルが近付いたのが、元々がインテリオラの次代を担うクリストハルトと我が父ライオネルとの親交を目的としていた事を考えると、これはかなり良かったのでは無いかと思う。
「グレーテル、もう他の皆様のお相手はよろしいのですか?」
「ええ。彼らだって、顔を繋がなければならないのは私だけではないしね」
グレーテルはそう言うと、再び会場を見渡した。
「……色んなことがあったわね。こうして見ると、結構知り合いも増えた気がするわ。3年前はこんな風になるだなんて、思ってもいなかった」
「そうですね。私なんて、まず学園に入学する予定さえありませんでしたから」
クリストハルトと父の思惑がなければ、私は王都に来ることさえなかったはずだ。
「そう考えると、私がここでこうしていられるのもグレーテルのおかげですね」
「そっ……んなの、お互い様よ」
「そうかもしれませんね」
グレーテルは照れている。
「卒業しても、ほとんどの知り合いは王都に暮らしていますし、私も商会がありますから王都にいます。たまには皆さんで会ったりして、いつまでも仲良くしていられたらいいですね……」
 




